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南仏 マルセイユ暮らし
http://Pig-Cow2007/archive/200710

10日にアテネからパリへ来た。


東南アジアへ移動する途中、パリ~NY~成田を経由して行く予定。

パリでは友人達との嬉しい再会があり、連日楽しい時間を過ごさせて頂いている。

25年ぶりに会う友と 1年ぶりに会う友と。。。
世界は狭くなったと つくづく感じる懐かしい夜。

31日の早朝に成田へ。

マイレージで貯めた得点航空券利用のANAパリ行きだったが、チェックインでモメタ。。。 
4ヶ月前に発券/予約しておいた席がない。。?
手元にはチケットがあるのだが、どうも予約が落ちていたらしい。。。(そんなことってあるんだ??)
          う~~む。。。 

幸いにも満席じゃないので チェックインにすったもんだで2時間もかかってしまったが、出発ギリギリに搭乗出来た。が、帰国便も同様に予約が落ちてしまっていて席が無いらしい。。。 そんなことがあっていいものか??? 

かなり強気で文句を言ったが、事態は未だ好転しない。




     パリまで12時間。



   シベリアの永久凍土の上空を飛び、    

  


ガラ空きの機内で無料のシャンペンを楽しみながら、
(ANAはアルコールも無料だったのね。。。)       
新作映画を4本も見て、長々と横になってゆったりの空の旅だった。
ANAの機内食は美味い。


パリでTGV(超特急列車)に乗換え、さらに3時間半の旅でマルセイユに着くはずだったが、名も知らぬ駅で突然止まってしまった。
延々止まっている。。。 どうやら故障らしい。。。

23時半到着予定が 3時間遅れて 夜中の2時半になってしまった。フランスが誇る 新幹線より早いと自慢のTGVだが、当てにならないもんだ。以前も遅延していたし、ストは多いし、ま、フランスはこんなもんでしょ。





まぁ、さんざんなスタートだったが.....
     なんとかマルセイユ到着。
             雨で寒い。。


エイプリールフールの4月1日は我々夫婦の結婚10周年記念日だった。


なんせマルセイユ着が夜明け前だったので かなり疲れていて 祝おうという気力も失せていたのだが、ま、ピザでも食べに行きますか。。。と出掛けて 結局 高級レストランで豪華贅沢ランチをいただいてしまった。 あれあれ。。

マルセイユはブイヤベースが有名だが 中でも『FONFON』(フォンフォン)という老舗のレストランが有名で、由緒正しく当然ながらお値段もかなり。。

     
左)由緒正しい正統派ブイヤベース   右)ニンニクのみの白いブイヨンのブイヤベース
        

10年に一度だぜぃ、とばかりに勢いで行ってしまった。とかいいながらもこの店には色々と、もっともらしい理由をつけて 過去、けっこう何度も来ている。東京で言うならマキシムで昼飯する感じか??? ま、ヒトによっては「大したことないじゃん」と思うヒトも居るだろうが。。(ワインがブイヤベースのコースより高かった。。。)


A型肝炎の予防接種を受けた直後にワイン一本開けるのもなんだかねぇ~~ と一瞬 心配したが、何の反応もなかった。
(余談だが マルセイユに来ると大概予防接種を受ける。日本より安いからである。今回これで全て終了。もう10年先まで受けなくてもOK)

         

左)親豚からの祝いのシャンパン        右)街角の魚屋



さて、
ダイヤモンドはないが、10周年、よくまぁ続いているもんだと感心する。
奴豚はどうか知らんが、牛美は我々が“夫婦”だと思った事がない。
(??? と 思う方だけ続きをご覧下され)

▼続きを読む▼



  雨続きだったマルセイユにも日差しが戻って来た。

  晴れると いきなりの青空に夏の日差しでまばゆいほどだ。

      溢れるプロバンスの光。
        かつてゴッホが愛した太陽。。。



サマータイムの始まりは 一時間進めてしまった分、7時でも薄暗く肌寒い。
日の出がサマータイムに追いつくまでには もう数日必要だろう。。。


我々はまだ日本の時差を引きずって生活しているので 夜9時にはオネムで、 午前4時にはシャッキ~~ンと目覚める。
     というわけで 朝も早よから走りに出る。
日が昇りつつあるマルセイユの港から地中海沿岸の道沿いを走るコースは本当に美しい

普段は黙々と足下を見ながら走る牛美だが 朝の日差しを浴びながらこんなに美しい景色に溶け込んで走っていられる事を心から感謝するひと時である。


4月5日(日)TVでパリマラソンの中継を見ていた。

先頭集団が17名の大グループで、未だかつて無いハイペースでレースが進んでいた。
珍しい光景だった。

ケニア、エチオピア、モロッコ。。。アフリカ大陸出身の細身で美しい筋肉を持つランナー達

我々普通の人間が全速力で走っても追いつけない程の早さで42.195キロを走り抜けた。
その足運びは同じ二足歩行者とは思えず、豹かチーターのように美しかった。蹴り上げた足がお尻に付くかと思う程で、その足がそのまま前に無重力のように繰り出される様に 延々と見とれていた。。。
レースを制したのは21歳 初マラソンの若者。
ゴールしてもさらに尚 まだまだ走って行けそうな様子だった。

ベルリンと東京オリンピックのマラソンで優勝したアベベ選手の生い立ちを読んだが、エチオピアやケニアの人達にとって、遠く離れた隣村へ野生動物に襲われずに、「生きて」日暮れまでに辿り着く事の方が オリンピックのマラソンで優勝することよりも よっぽど現実的で必要なことだったので 当時オリンピックでの優勝など取り立てて大騒ぎすることではなかったそうである。。。

それにしてもTVで見るパリマラソン、沿道の応援者のあまりの少なさが気になった。
日本が異常なだけだろうか。








パリマラソンの日曜の午後、庭付きの家に引っ越ししたばかりの奴豚の友人夫婦を囲んで懐かしい顔ぶれと再会ランチ。

それぞれ持ち寄り。ワインだったり、チーズやケーキだったり。
メインコースは鹿肉のステーキ。







  午後の日差しは強く 色白の皆さんはすっかり真っ赤に日焼け。
     牛美は赤くならずに そのまま黒ずむ。。。







 左)繊細なチョコレートケーキについつい手が出る。。。
                 
                       右)我が愛するヴィックも参加
            


          お気楽放浪再開してます。。。

すこしずつ身体から時差が抜けつつある。

4時にシャッキ~~ンはなくなったが、夜明け前何度も目覚める。
ぐずぐずして起きだすのは6時ちょい前。
東京滞在中ご無沙汰だったヨガをきちんとやる。

26日のフルマラソンに備えて 二日走って一日休んでを繰り返している。奴豚は東京マラソン後なので 軽く準備期間なのだろうが、牛美は今年に入って長めのラン(3時間強程度)が出来ていなかった事が今になって少し不安。。。初心者だからね。。。

奴豚は毎回違うコースに連れて行ってくれ、まさにジョギングで巡るマルセイユ観光..という感じ。
山登りのトレイルあり、海沿いあり、城のような建物が建つ公園ありと変化に富んで楽しい。とりわけトレイルの草木の匂い、緑や花の色、小山を登りきったあとの地中海の眺めも美しく、吹き出す汗に風が心地よい。(今度はカメラ持参で来ようといつも思いながら ついつい忘れてしまう。。。)


ところでフランスでマラソンを走るにはメディカルサーティフィケートという医者からの証明が必須なのはご存知だろうか? 訳すと〈健康確認書〉みたいなものか? イタリアやモロッコも必要だと聞く。車のレーサーも海外レースの際に必要らしいのだが。。。
マラソン参加は自己責任と信じて疑わない我々にはこれがどうも医者の金儲けに加担しているだけの気がして腹が立つのである。
きょうび、マラソンを走る際 ゼッケンの裏に自己申告で「レース中に起こる身体機能の不調に関して一切の責任は自分にある云々。。。」という項目にチェックして(大概の場合)レースに挑むし、それでいいと思う。

まして初対面の仏人医者に「最近気分は?」とか「マラソンの経験は?」とか 二三質問されたくらいで、何の検査もせず問診だけで発行してもらう証明書に何の意味があるというのだ??
さら~に! 健康を証明してもらったところで レース中に不調をきたさないとも限らず、もしもの場合、太鼓判を押した医者が責任を取るか?というと もちろんそんなことはありえない。
ご丁寧にも マルセイユマラソンは海外からの参加者でさえ、英語の証明書を認めず仏語のものしか受けつけないというアホさ加減である。

    だめだ、書いてて 熱くなって来た。。   というわけで本日これまで。



12~13日はイースター(復活祭)で三連休。


マルセイユから高速を北へ飛ばして、エクサンプロバンスの北東Jouquesジューク)という村にある 奴豚家所有の田舎家へ行ってきた。
ここぞプロバンスという雰囲気たっぷりの実にのどかで静かな景色。
まだ肌寒く春浅い感じ。
親豚がここを売りたいと言い始め、生涯の思い出が詰まったボロ屋を手放す気になったその心を想像して切なくなる夜。。。もうこれでこの家とも最後かもしれぬと想い、大切に過ごす数日。。。



今は丁度菜の花と梅が満開。
  





5月には ここはラベンダー色に染まるだろう、初夏を待つラベンダー畑。



St.Victor(サンビクトール)山でトレーニング。
登りは心臓バクバクでも 途中花畑があったりで和む。
(サンビクトールはセザンヌが生涯のテーマとして描き続けたプロバンスで有名な山であります)

      



ヒストリカルロード(プロバンスで最も美しい村を巡るルート)を回ったりとしっかり観光もしたし。。。

           



こんな景色の中で食したいと思って 恩師TK氏から頂き日本から持参した「黒豚みそ」をここぞ!と穫れたばかりの村の野菜達にたっぷりつけて美味しく頂く。
       「うっま~~!」(感謝、感謝)  元気百倍!
   



プロバンスのトレーニングは順調に進む。。。





週末、田舎屋へ行っている間 ネット接続がなかったので、戻って怒濤のブログアップ。。。???


目につく色々な事について書きたくて仕方なくなる。
あまり沢山、多岐にわたって書いているとタダの口うるさいおばはんになりかねないので自粛。。。でも、書きたい。。。   


今日は フランス人の喧嘩上手について。。。

お国柄、性格柄? フランス人は議論好き、へ理屈好き、自己中心で偏屈な人ばかり。
   付き合うには難しい人種である。
      ほとほと閉口する。
         胃が痛くなる。。。
             親戚に仏人がいなければ 一生 お近づきにはなりたくない人種だと信じて止まない(未だに。。)が、、、、最近気付いたことがある!?


          喧嘩には慣れが必要である! ということ。


喧嘩の下手な我々日本人は、ちょいと喧嘩や議論をするとすぐにカッとなり「あいつ、殺してやりたい!」と 怒りを抑える事が難しい。
もちろん誰でも喧嘩の佳境/最中はとっくみあいをも辞さない構えである。刺すか刺されるか、丁々発止の掴み合いを言葉のうえでしているのであるが、例えば奴豚の家族の例を取ってみよう。。。

   。。。顔を合わせれば5分と経たずに口論である。

見て、聞いているこちらは呆れて、(驚いて)、事の成り行きに息をひそめている。
顔を真っ赤に染めて 激しい口調で言い合いになる。
『コレってまずくない~??』言葉のわからぬ牛美はこれ以上小さくなれないほど身体を堅くして、事態を見守っている。
時々 奴豚のスネをテーブルの下で蹴飛ばしてやる。(いい加減にせい!という暗黙の合図である!)親に対してなんちゅう口の利き方しとんじゃい!という戒めの意味である。

ところがどうだろう。。。 どんなにエキサイトしても双方翌日はケロッとしているではないか。。。? 

初めは これは血のつながった家族だからだろうと思ったが、実は最近理解したことがある。

喧嘩 というのは 慣れである。

場数を踏んでこそ初めて喧嘩しても尚、後腐れ無く 笑って次に進めるのである。

口論、喧嘩をして、言いたい本音を出し合って、その後 普通に話せるという大人の対応が出来てこそ喧嘩上手と言うものだ。
奴豚は激情型で敵も多いかもしれない、が、直後に打ち解けられるチャーミングさも兼ね備えているのは否定出来ない。


    う~む、、、早く 上手に喧嘩が出来るようになりたいものだ。。。









今週末はモナコとニースへ行ってきまする。


ニースハーフマラソンの10キロの部に参加。
奴豚の友人宅に泊めてもらい彼等と一緒に走る。
ニースの大通りから海沿いを走る気持ちのいいフラットなコースらしい。



         天気予報は  だけど。。。


4月17日(金)午前中早いうちにマルセイユを出て、カンヌ~ニースを経由してまずモナコ入り。高速だと約3時間程度。

   




快晴、穏やかな初夏、英語圏の観光客も多く モナコだなぁ~と感心する。
5月24日開催のモナコF1グランプリの準備中。観客席が着々と出来上がる。

所狭しと山の斜面に高級マンションが立ち並ぶ。
地下23階建ての駐車場なんてあったし。。。ちなみにほこり被って停まっていた車はフェラーリ、そのとなりもフェラーリ、でもってロールスロイスにポルシェ、ポルシェ、マセラティ...etc..  ははは。。。







牛美のお気に入りの車。。。








   → こんなカラリングもある。牛でしょ、こりゃどう見ても。。 ヨーロッパの狭い道にはこんな車が似合う。駐車スペース見つけるのも楽だし。Smartという車。名は体を表す。




モナコでは用事を済ませてちょっとだけカジノへ行ったり。。。昼食、散歩して 夕方にはカンヌの友人宅へ。



18日(土)ニース会場へゼッケンピックアップ。

会場ではピアノの生演奏なんてあっておハイソな感じ。

           


       




         コースマップ →

           我々は10キロを走る
            (地図上赤ライン)




その後その足で我々が向かったのは モナコのサッカー場。
友人が応援するFCレーヌ対地元ASモナコの一戦を観戦。
閑散とするモナコ競技場。
ほんの一握りのレーヌサポーター側観客席には冷たい風が吹いていて寒かった。。。



      




                          


さて、翌19日 
          ニースハーフマラソン当日

明け方 強く降った雨もスタート前にはあがり次第に青空に。

      
  敷居が高くて「トイレ貸して下さい。。。」とは言えなかった超高級ホテル“ネグレスコ”のロビーを見学。
オーナーのデブ猫が我が物顔で徘徊していた。(猫がオーナーではなく、オーナーの飼い猫ね)



軽くウォームアップして スタートは9時30分
  

行ってきま~す。  こんな参加もあったり。。。「Just do it 山羊」は足取り軽く。

   





10キロとハーフのスタートが同時、さらに6車線の大通りからすぐに小道に入るというかなり無理なコース取りの御陰で、スタート直後はランナー同士がぶつからないように走るのに気を取られてしまう。
タイムを期待するなら、前列からスタートしないと無理がある。。。
   (あ、我々の話ではありません。。)





カモシカ足のエリート達。
さっさとハーフ走り終えて歓談中。







その頃 一般ランナー達は。。。

 

楽しく走れば それでいい。 
     奴豚50分。牛美55分
                (伸び悩み...?)


アバウトな人達


奴豚の親宅から徒歩2分にある車庫を改造したロフトに仮住まい中の現在、キッチン付きで便利快適。難つけるならコンクリートなのでロフト内は常にひんやり。。。(晴れた日は外のほうが遥かに暖かい)

健康管理には自炊が一番。野菜中心の毎日。
ガスコンロはマッチで火をつけるタイプ。

         そのマッチがちょいと気になる。
              何が___ というと

                       これ 


拡大すると。。。 

かなりアバウトなマッチ作り。。。  はっきり言って左は一度では火がつかない。。。
マッチ箱のなかには こんなアバウトなマッチ君達が仲良く収まっている。

                          
日曜のマルセイユマラソンの掲示がやっと新聞や町に出た。
察するに、関心度ゼロに近い。
大会開催側も急にスタート時間を変更したりで 『大丈夫か?』 と思っていたのだが、今になって同日開催予定だったリヨンマラソンが中止発表。リヨンはマルセイユからそう遠くはない。
スポンサー1社が降りた為の資金不足だそうだ。リヨン参加ランナー達がマルセイユへ移行されることになった。
それでなくても大会組織内部にいる知合いから ランナー全員をまかなう水と食料の用意がないから気をつけろと言われていた矢先。。さらに飛び入り参加ランナーが多数予想されている。それで数千人も増えたら 私のようなランナーでは給水所には何も残っていないだろう。。。(それにしても根本的にアバウトすぎ?) 

と、言う訳で 無理矢理 ランニングベルトをあてがわれた。


いらん!」っちゅ~のに、自分の水は自分で持ち運べ、との奴豚からのお達しだ。
装着テクでまた一悶着。あ~でもないこ~でもない。(うるさいったらありゃしない)



おまけに、大会当日、まさにスタート地点から出発する長距離バスに乗る知合いの母上がいるのだが、道路規制ないのか? 
本当に大丈夫かいな、この大会。。。アバウトすぎないかぃ?




正直に言うと、、、 3月上旬頃は密かにフルマラソン完走4時間半を目標に掲げていた。

     近づくにつれ次第に 『5時間でもいっかな~。。。?』 になり、

        今の気持ちは(謙虚に)完走出来ればよろしいのではないか? 
          という大変軟弱なものになっております。。。


       情けない。。。 と お嘆きなさるな


    天気予報は これです。。。  
                  BBCニュースから拝借した雨のロゴ
             これってちなみにヘビーレインのロゴ




ゼッケンピックアップで旧港のEXPOへ

        


             
ゼッケンの裏にマイクロチップが貼付けてあるので、靴に装着するチップなし。
総参加者は5千人弱と聞いている。

    


交通規制あり、給水の準備万全、警備も万全、との話であったが。。。 
ローラーブレード、ベビージョガー(伴走可能のベビーカー)、自転車、犬や ゼッケンなしのランナーは禁止 とのこと。(ホントかなぁ~~とちょっと疑ってみる)



   奴豚といとこのP氏 
    グッディーバックを覗き込む姿は子供の様。。



  テーマカラーはブルー


大雨にそなえてipodの防水対策
ラップで巻いた上からビニールをかぶせてテープで止めてみた。
       
製品自体が湿度95%まで耐えうる仕様のようだが95%ってどれほど??






第一回 マルセイユマラソン 
後日談:公式HPにて公式タイムが発表になったので更新。(5月15日)


予報通り雨と風。。。

   人気のない朝の町をスタート地点まで徒歩30分


  旧港で友人達と合流           防水加工のipod仲間

           
     スタート前、皆さん本当に楽しそう          亀チーム発見!
      
4千人もいるとは思えないほどスタート直後にすぐばらける。。。御陰でとても走りやすい
雨は降ったりやんだり、10時半過ぎから強風で向かい風になった

    
奴豚は私がいつも笑顔ニカニカで走っているのが癪に障ると冗談を言う。すれ違うたび ニコニコ顔。
左)の女性は初マラソンの笑顔、  右)の牛美も もちろん終始笑顔!

    
いくつものランドマークや像の前を曲がり、観光コースとしても楽しめた。
   こんなに景色を見ながら走ったのは初めてだ。
          マルセイユっていい街!を再確認。


雨のせいでレンズがくもる。温度も低く途中バッテリー切れサインまで出たようだ。気温は確かに低く手に持っていたボトルの感覚が無くなる程指先がかじかんだ。
我々には暑いより良かったのだろうと思うが、強風に押し戻される度に「チクショー!負けるもんか」と叫んだ牛美。



      
  
     マラソンは精神力だ。

それに付き合える脚力はむろんだが、足が上がらなくなり始めたとき「歩きに来たんじゃない、走りに来たんだ」と自分を叱咤する。。。

奴豚は手元の時計では自分は4時間8分と主張するのだが。。。(時計は4時間10分を示している)

     
左)フィニッシュ後のこの顔をご覧頂ければ今回の大会がご理解いただけるであろう。。。

       右)ネットで交流のあるマラソンの会 フランス地区メンバー達


  
 雨と風、それでもこれほどマラソンが楽しいとは再発見だ。
   『痛い』 確かに足が痛い。ハーフに慣れた足は32キロ後は怠けそうになる。不思議に時々ふわりと軽くなったりもする。
フィニッシュ前1キロは嬉しくて身体が喜びを表したくて自然とスパート。気持ちが前へ前へと出て行く。
自分の満面の笑みと応援がなんと嬉しいものだろう。





   マラソンは癖になる




       牛美4時間44分(公式タイム結果)
       奴豚4時間08分(奴の主張は正しかった)
           サブフォーは遠い。。。


              マルセイユマラソン2009オフィシャルサイト

車で移動開始

フルマラソンの足の痛みは不思議に一日で引いてしまい 翌日にも走りに行きたいところだったが 荷造りと片付けに集中する。
  (痛みがあまりないというのは手を抜いて走っていた、ということだろうか。。。)

   コースを頭の中で反芻。
      あそこではもっとこう走れば良かったとか。。。
         もっと頑張れただろうとか。。。

               もっと もっと  もっと   

こうやってみんなハマって行くのだな。。 ふむふむ


4月28日 マルセイユから北へ。
アネシーというスイスに近い町を目指す。とても可愛らしい町。

   


もうすぐそこはジュネーブ。景色もスイス的。





これからスイスを抜けてオーストリアへ入り、日曜はザルツブルグでハーフマラソン。

   一日の終わり まだ高い夕日を浴びて、
        ビールを一杯だけ飲む喜び。



本日の移動距離:392km
マルセイユ~アネシー

アネシーからローヌ川沿いにシャモニーを目指す。

モンブラン山が目前に迫る。
お菓子のテッペンの頂がちょっとの間 雲から顔を出す。




  スイス入国は税関のビル脇を軽~く素通り状態。
     呼び止められる事もなく。。。



   

豪雪地帯は山道が閉鎖中。カートレイン(?)とでも言うのか 車ごと電車に乗り、トンネルを凄い早さで通過。(ちょっと遊園地気分)

   



     暗くなる前に飛び込みの宿に泊まり、
          今日も夕べのビールを一杯。
             Erstfeldという町にて




本日の移動距離:310km
アネシー ~ シャモニー ~ Erstfeld


コルシカ島


6月1日。
リボルノからフェリーで4時間。

着いたバスティアの港町は雨。

    


狭い町をぐるぐる回って星二つの宿に決める。
最初に聞いた宿は 家主が多分 元漁師だったのだろうと想像するお年寄りの男性で、かなり散らかったロビーで、値段を聞いたら フランス語が不確かな私に広げてくれた両手の指が三本なかった。
おじさん、それじゃ、いくらか解んないよ。。。

それでも 着いたバスティアという港町はとても綺麗な港であった。

しかし、奴豚はかなり警戒ムード。
護身用の唐辛子スプレーを常に出せる所に持てと言う。
「なんで~~?」と能天気な牛美はノロノロ散歩しながら聞いてみると、港の先の公園で、「今まで 乗り捨てられて ガラス割られて ボロボロにされてる車をどこかの国で見たか?」と聞かれる。 そ~言えば、どの町も治安は良かったように思う。目の前には何台もナンバープレートを剥がされボロボロにされた車が捨てられている。。。 と、今、まさに警官のトラックがやって来たところだった。数人で取り囲んでチェックしている。
何故フランスって 治安悪いの? と聞くと、「馬鹿者が多いからだよ」と言っていた。心のうちに秘めた憎悪や不満が他の国より多いのだろうか。。。

それでもコルシカ島の第一印象は「自然と村と人々の調和の取れた 美しい自然の島」である。

     


          


雪を頂いた2700メートルの山あり 谷あり、澄んで光る海、村々は目立たず 静かで 牛と山羊の沢山いる素晴らしい島である。
今まで ハワイが素晴らしいと思い続けて来たが、コルシカの夏も かなり肉薄する素晴らしさがある。トロピカルではないが ここの夏はかなり点数高い。 牛美にしては これは絶賛に近い。

二日と三日目は奴豚の父(親豚)の戦友だった知人の家にお世話になる。

    

モロッコ戦線を共にした戦友という話だったが 実は戦うよりサッカーをしている時間のほうが多かったそうだ。
        


今は弟夫妻が山羊のチーズ作りをしており、同居しながら年金生活。月600ユーロの年金で暮らせる生活が羨ましくもある。。。

    

犬と沢山の猫達に囲まれ、山羊の世話をしながら暮らしている。

    山の中腹、静かな場所。




これは町のカフェにて一杯の図。
   コルシカ産ビール


5月3日にザルツブルグでハーフを走って以来、リカバリーモードと称して好き放題に飲み食いしていたせいで 腹回りがゆるゆるになってしまった。

膝の痛みがひくまでは、と あまり走らなかったし。。。

お腹をつまんで 「これはまずいだろう。。」と我に問う。。。
コルシカに来たらダイエットとトレーニング! の目標を掲げて来たので さっそく走り始めた。

   


向こうの山の上には くるくる。。。

車通りの少ない道を選んで奴豚の運転する車を後ろに従え 山道を快走。 気分よいよい。
久々の10キロ走。







翌日は奴豚と一緒にバック担いでオフロードのガタボコ道をのんびりアップダウン。

コルシカは 走りたくなる道が沢山。






牛、山羊、豚があちこちに居るが、この牛はかなり大型。。。








コルシカの道はこんな景色が多い。

山の中腹に道路が走る。
どこを走っても絶景かな絶景かな。。。



コルシカ島には美しい小さな村々が沢山あり、どこも心引かれる愛らしさがあり、ひとつひとつ巡っていると何ヶ月あっても足りないのだが、それでも毎日ずいぶん色々な村を訪れている。
    


どの村にも必ず教会があり、どの村でも必ず教会を訪れる。
思えばずいぶん沢山の教会を訪れて、ふと巡礼している気持ちにさえなる。



ある時からふと十字架に磷付に処せられているキリスト様の像なり、絵なりをしげしげと見るようになって気付いたのだが、どの教会も少~しずつどこかが違う。イエスキリストの首が右に項垂れていたり左だったり、右足が上だったり左足が上だったり、腰にまとっている布の大きさやなびき方や巻き方がそれぞれ。
だからって何がどうした?と言われても別に何という事はないのだが。。 
 個人的には、心の中に信じる神はいるが、私には決まった宗教はない。



これは珍しい女性が十字架に磷付られている絵。
  (キリスト教の知識がなくて説明出来なくてすみません。ご存知の方にとっては 当然の絵なのかもしれませんね。。。)


全ての村の全ての教会を回るお遍路のような習慣はないのだろうなぁ。きっと。。。





話はチト変わるが コルシカには有名なトレッキングコースGR20という山道がある。
コルシカ島を斜めに横切るゴールデントレッキングコースでメジャーな山々のピークを訪ねるハードなコースである。
山小屋を渡り歩きながら健脚者で約2週間はかかるだろうか。。。





これもある種 かなりスピリチュアルでストイックな巡礼にも似たものを感じる。
いつか機会があれば是非歩いてみたい。。。


  →(コルシカ島のシルエットを斜めに横切るのがGR20のルート)


コルシカ GR20ルート詳細はこちらから

連日 快晴。

走らない日はトレッキング。

           



今の所 2カ所歩いて来た。
どの道もダイナミックな自然がむき出しで美しい。
ハードな峠越えもあったりでいい感じにコースがつけられている。
万人が登れる観光コースじゃないのがさらに嬉しい。
きちんと装備を整えて山靴で気持ちを正して望むコースである。
階段や鎖場もあってスリル満点。

           

最近牛美はクラシックをハミングしながら歩く。
奴豚は。。? とっととずっと先に行ってしまうので一緒に歩かないから 知らない。。。 



山頂に近い場所で救出作業中のヘリを見ていた。

その手際の良さに驚く。

まず、スルスルとロープで救出隊員と思われる1人を降ろした後タンカを降ろし、しばしヘリはホバリング旋回しながら待ち、
 → これはタンカに人を固定し、その横にサポートするように1人が付いてつり上げられているところである。その間数分。




牛美はと言うと、歩きながらふと「鮭のおむすびとなめこ汁が飲みたいな~」とか思ったり、いや カツカレーも捨てがたい、、とか思い直したり。。。
    
       もっと知的なコトを考えながら歩けんのか??? (情けない)




   素晴らしい滝が沢山の爽快なコースだった。










   もちろん 本日の一杯は山をバックに。。。


            “ うまい !! ”


コルシカ島内にはそれほど沢山の道はない。



風光明媚でスリル満点の崖のカーブが連続するバイカーには涙物のコースが多いが、すっ飛ばしていると要注意! 



 この島には放し飼いや野生の動物達が沢山道路をのんびり歩いているのである。





       


     奴豚は家族とリユニオン(再会を喜ぶ)
       




マウンテンゴート(野生の山羊)は どんな高い岩へも平気でとびうつる。重力なんて関係ないみたいだ。。





奴豚がまだ若かりし頃、コルシカ島でユースキャンプのリーダーを勤めた事があり、長期間テント泊していた時代があるそうだが、今から約20年程前の話。。。 

若さ故、連日 車で凸凹田舎道をすっ飛ばしていたある日、カーブを曲がった所に猟銃を構えた地元男性が何人も道路の真ん中に立ちはだかってとうせんぼをしていて、まさに全員の銃口が奴豚に集中していて心臓が止まるかと思ったそうだ。

何事?!!」と急ブレーキで止まると、中央の男性が「俺の羊を一匹でもひき殺してみろ、お前の命はないと思え」 と 言い放った。。。 

もちろん その日以来 ノロノロ運転をしたことは言うまでもない。

 




コルシカ島で最も有名なトレッキングコース(先日のブログで紹介したが。。)GR20に毎回ちょこっと絡みながら、あちらこちらでデイハイキング。

適当に1時間程歩いていたら 前方に良さげな滝を発見。

        

とりあえず滝まで行ってランチにする。



のんびり休んでいたのだが、滝の清々しさと冷たい水の気持ちよさに我慢出来ず 滝壺にザブン! ものすごく冷たかったが いやぁ~~滝壺で泳ぐなんて何年ぶりだろう。。。
すっかり冷えてあがってきてから熱された石の上で身体を伸ばして暖める心地の良さよ。



ふと気がつけば この滝は何段にもなっていて、すぐ上の滝壺にも別のカップルが泳いでいて、その上の滝壺にもまた別のカップルがいて。。。と、帰り際に見たら数段に分かれた滝壺にそれぞれくつろぎ状態だった。
さながらプライベート滝壺の午後だった。


ここはGR20ルートを歩く人達にとっては格好の水浴びスポットになっているようだなぁ。



それにしても大自然の滝のプールで泳げる贅沢さに 大満足の午後だった。


4月28日から始まった車で巡るヨーロッパの旅も予定通り6月15日のフェリーでコルシカ島からイタリアのジェノアへ渡って 一応終わりとなる。

数えれば 訪ねた国は全部で10カ国。
フランス~スイス~リヒテルシュタイン~オーストリア~ドイツ~スロバキア~ハンガリー~スロベニア~クロアチア~イタリア

コルシカ島はフランスから独立したいと願っているナショナリストが沢山住んでいるがフランス領だ。
道路標識はフランス語とコルシカ語の二本立て。
愛国心ならぬ愛島心がとても強く、なかなかよそ者を受け入れない。島民同士の結束が堅い。

コルシカ人を風刺した漫画があるのだが、よそ者がコルシカ島内に別荘でも建てようものなら、冬の留守中に爆破される。。。という少々過激な対応をする人達である。
あるコルシカ人に「それは本当か?本当に爆弾使うの?」と聞いてみた。

  答えは: 自然保護地区に著名人だか有名人だか知らないが金にもの言わせて豪邸建てて、自然を保護するどころか友人まで招待して隣にさらに豪邸建てて、島民と馴染もうともせずにいるとしたら、そんなこともあるかもしれんなぁ~~ と言って訳あり顔でにんまり笑った。
はっはっは。。。 こりゃぁ 本気だわ。。


             コルシカの地ビールピエトラ(Pietra)は美味
   




 さて、これからフェリーでコルシカ島をあとにするということで最後のランチはムール貝。

コルシカは海の幸も山の幸も豊富で野性味たっぷりの味がする。
イノシシや豚の料理は私には少々野生的過ぎだったが。。。







コルシカ島のバスティア港からフェリーで約5時間。
イタリアの巨大な港ジェノアに着いた。

      


ここから約400キロ 夕日に向かってマルセイユへひた走る。。。
ジェノアからニースまで沿岸を走ってみたが、町はどこも小綺麗でお洒落。ホテルは高級そうだった。

あ~ぁ、これで旅も終わりかなぁ、とか 休みが終わったような なんだか少し寂しい気分。 変だよね。




ただいま 、、、 おかえり。

ジプシーとは言えども世界各地にハブ(ハブ空港=拠点)がある。
マルセイユ ハブは奴豚の生まれ故郷、両親健在、離れの家もあって着替えも常備され快適な「おうち」気分に浸れる。
マルセイユ以外には カリフォルニアのサンノゼ、シンガポール、東京にもハブがある。

フェリーのジェノア到着が19時半だったので近辺で泊まろうかとも思いながらゆっくり走っていたのだが、ピンと来ない町から町を通り過ぎているうちに、こんなことならマルセイユに帰ろう、というワケで、零時に決意の高速道路走行となった。
眠気に負けない様に面白くもない話題で会話を続け(これって結構くたびれる。。)、着いたのは午前3時。ガレージに車を入れたら、そのままベッドに倒れ込む様に眠った。。。



今回の足跡マップを作成しようと努力してみたのだが、どうも努力不足で。。。 
上手に出来ず、ひとつの地図にまとめられずに二枚になってしまった。。。

           今後の課題だ。

ひとまず 自分用の記録として残しておこう。

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旅の食:

旅先のあちらこちらで『きっと美味いもの食ってるんだろうなぁ』と思う方もいるかもしれぬ。
「美味いもの」の基準が何であるかは人それぞれであろうが。。

例えば今フランスで「蛙の足やうさぎにエスカルゴが美味で美味で。。。」と言ったところで (どれも食べてないが。。)『ウマそうだなぁ』と思う人は少なかろう。。

例えばシャンペンは日本のほうが安いし、こちらでお得感があるのはチーズとロゼワイン。ロゼはキリリと辛口で安くて種類が豊富。チーズは日本の半額以下か。

【食】は何と言っても日本が一番である! と信じて疑わない。

   あったかご飯にひじきや切り干し大根なんて 想像するだけで脳がとろけそうだ。ねっとりしたイカの刺身に冷酒もいいなぁ。菜の花のひたしもちょっとつまみにしてーー。 と 頭は日本食のことで一杯になる。

   じゃ、なに食ってるか? というと

お気に入りは 「フロマージュブラン」

  
   チーズとヨーグルトの中間。   これが結構はまる。こちらの人はデザートに食べる。

日々の自炊は基本は色んなサラダで野菜が主。
これに魚やたまに肉、あとはパスタ料理。人様にお伝えするような料理は作っていない。外食に出てもサラダに山羊のチーズがのったものやムール貝をたまに食べるくらいか。。。


旅のコスメ:

日々のコスメも移動中に気に入った基礎化粧品を手に入れるのは面倒かと思われるかもしれぬが、旅に出てから一度として困ったことはない。
ありがたいことにThe Body Shop製品は (ボディショップ)ほぼ各国どこでも同じ値段で手に入る。肌トラブルがないので合っているのだろう。

コルシカ島を巡っているときに宿の管理をしていた71歳の女性からシリアの石鹸を貰った。
私の顔をじ~~~っと見て「そのシミとれるよ」と言って土産に持たせてくれたのが シリアのアレップ石鹸。
ネットで検索すると解るが石鹸の原点だね。
その71歳女性の肌も髪もつやつやで綺麗で、その本人からそう言われたら信じる気になるもんだ。
髪も身体もこれで洗う。シミが減ったら御の字。

彼女は奴豚にも「あなたの目には緑のレモン汁をさすといいよ」と言われていた。緑のレモンって ライムのことか???
でもレモン汁 目に入れたら死ぬ程しみるだろう。。。??



牛美の犬好き(動物好き)は自他ともに認めるところだが、(そんなこと誰も気にしてないって言えばそうなんだけど。。) ワンちゃんブログ“旅のワン"のサイトを別に作っているところからしてかなりの犬好きである。(最近更新を怠っている。。。)

将来は犬と暮らすのが目下の所の贅沢な夢である。
さて、どんな犬と暮らそうか、、と奴豚と時々話しては盛り上がっているのだが、先日 運命の出会いをしてしまった。。。!


  このコである。。。

                    名前:ウルグアイ 5歳 ♂

          


もともと大型犬好きだったが。。。

フランスのボースロンという犬種。
これがまた なんて賢く可愛い事か。。。 
子供の頃の躾をしっかりしなければならないが、それはどの犬でも同じことだろう。猫や子供と戯れる彼を見ていて 心が溶けてしまった。。。なんて寛容で優しい犬だろうか。
大きな筋肉質の身体をど~~ん!と預けてくるところなんざ、もう、抱き抱きしてスリスリして、離したくな~い、と言っていたら 飼い主に 「ちょっと そのコ あたしのコだからね、言っとくけど。。」と笑われてしまった。 

いつ、何処で 夢の暮らしが叶うか未定だが、ともかく一方的、徹底的にボースロンに決まり。

3ヶ月のマルセイユを中心としたヨーロッパ滞在も 思い出せば色々あったが 過ぎてみると早い。

奴豚の親とお別れランチ第一弾に出掛けた。(これが第二、第三と続くのである。なんか別れ方、だらだらだよねぇ~)
母豚はやはりすこ~し寂しそうだ。が、流石ラテン系家族。
外食に出ようが自宅でテーブルを囲もうが 口論にも似たアグレッシブな会話が交わされる事に変わりはない。
父豚はイタリア系、母豚はスペイン系。



さて、、この鍋はいったい何か? というと。。。

 ふたを開けるとムール貝。
                           ふたはそのまま殻入れに。




左)これはマルセイユではかなり人気のある“アイオリ”

アイオリとはニンニクベースのマヨネーズ状のペースト。アイオリを知らないマルセイユ人はいない。

これを野菜やパンにつけて食べる。



移動の準備開始。
次なる目的地は,,,, なんとまた日本。
今度はスクーターで日本一周(時間の許す限り。。。)の予定。
     7月22日は皆既日食だそうな。
         まずは南を目指すか__??




1月12日。  ロンドンには定刻に到着した。
エアアジアX便は予想に反して、意外と快適だった。(悪くない悪くない)
深夜着なので空港の近くの宿に一泊して翌日マルセイユに飛ぶ予定だった。。。



    だった。。のだが、、、、             飛べなかった。。。



1月13日。   ロンドン郊外のスタンステッド空港は雪だったが、ラガーディアやルートン空港が連日閉鎖されるなか 健気にスタンステッドだけは離発着していた。
朝、TVのニュースでフランス空港管制官のストライキと聞いて、いやぁ~~な予感 で 早々に空港に詰めた。
午前10時から 30分おきにカウンターで情報収集しながら延々と午後8時まで待って やっとこさゲートが決まって なんとか飛べそうだなと思った矢先、「やっぱりストだってさ。。」 って ど~ゆ~ことよ?!

     そんなもん ずっと前から解ってたんでしょ  ライアンエアーさんよ~。



結局
、チェックインした荷物をターンテーブルから受け取り、チケットカウンター前に集合して 振替便の手配をしていたら また深夜になってしまった。

          でもって 取れた振替便は二日後だ。。。  やれやれ。。。

ぽっかり空いてしまった翌日、とあるロンドンの郊外にて 雪の中ジョギングしておったとさ。 
ネットも繋がらんし、近所にはKFCとかマックとか、ファストフードレストランしかないし、百人一首の暗記をしておった。


1月15日。   予定より丸二日遅れてマルセイユに到着。
疲れとデトックスには走るのが一番。ひと山超えるトレイルラン2時間して身も心もすっきり。
気温は東京と同じくらいかな。


2月9日深夜、マラケシュからマルセイユへ定刻に着き、仮住まい宅に戻ってまずしたことは、奴豚両親と共にシャンペンを開けた事だった。
  とりあえずマラソン祝いの意味で乾杯。
  キラキラ輝く泡をさらりと開けた後に間髪おかずに赤ワイン。ふっふっふ。。。満足。

さて、モロッコから戻ってホッとしたのか、気が緩んだのか、、、二日体調を壊したりもして、あっと言う間に十日近くが経ってしまった。

その間 何をしていたかというと、
 ジョギング再開した..... (路面が凍っていて滑って尻餅ついたが、)
 洗濯した..... (親宅の洗濯機フル稼働)
 料理した..... (野菜主体の食生活に戻してダイエット作戦)
 友人達と再会した..... (ホットプレートでお好み焼きならぬクレープパーティー)
 生ガキを食べに一泊旅行へ行った.....(マルセイユの西、モンペリエ近郊の牡蠣養殖場の牡蠣は安くて旨い)
  
 

これが二人前の生ガキ3ダース。
  プラス ムール貝1ダース。

  セットメニューで白ワイン一本ついて お二人様38€(4500円くらい)は お値打ちだと思う
 










セットメニューには このチーズ焼き8個(二人で)も含まれている。うふふ。
 ぷるぷるで海の香りたっぷり。。

    誘ってくれた友人に感謝。








 。。。。。。。戻って来てからの近況と言うと そんなところか。



2月14日バレンタインデー、こちらマルセイユではバラの花を持って歩いている人を沢山見かけた。
そして中国は旧正月。恭喜發財中国では閲覧禁止になってしまった我がブログではあるが。。。
そして、お誕生日だった人に「おめでとう」


マルセイユに戻ってからモロッコで感じた事を整理してみた。

 :モロッコはアフリカ大陸にありながらアフリカ連合に加盟せず、気持ち的にはかなりアラブである。国民の意識のなかにアフリカと一線を画している雰囲気があるのを感じる。
 :女性のタブーは (人前で踊る、髪を見せる、夜の外出、男性の目を直接見る、カフェに一人で入る等)は徐々に変わりつつある。
 :街路樹はオレンジの木である(たわわになった果実は取って食べてもいいらしい?下から無くなっている所を見ると。。?)
 :駐車すると路肩であろうとどこであろうと誰かが必ず駐車料を取りにくる。
 :荒野のまっただ中で誰もいないような場所であっても、車を止めるとお土産を売りにくる人が必ずいる
 :タダ、というのは口ばかりである
 :子供は口々に金をくれとせがむ
 :老人達は大半がいい人である
 :土産物屋にいい人間はほぼ居ないと思って間違いない
 :話しかけられても相手にしないのが一番である
 :レストランのメニューは モロケンサラダ(トマトとタマネギ)、タジンとクスクスである。まぁ多少は串焼きとかヤギの頭の料理とかもあるが。。
 :手作りヨーグルトは美味である
 :実はアルコールは家庭では飲んでいるらしい
 :アーモンドは桜科である
 :全体的にどんよりして覇気がないムード。生き生きとした感じがない。アフリカ第4位と比較的裕福な国のはずだが貧富の差は大きい。中規模都市には物乞いがとても多い。

以上がモロッコの感想。



モロッコ滞在中にアメリカ人作家 ロバートBパーカーが亡くなった。30年来の大ファンだった。合掌。



次回はスペイン便り


2月18日 マルセイユを出て車で西へ。
約2週間程度の予定でスペインはバルセロナへ向かっておりまする。

まず18、19日は城壁の町 カルカッソンヌ。
人様のブログを読んで観光計画を練る。

残念ながら19日は早朝から冷たい雨。
寒さに震えながらも“ラ・シテ”(城壁内の町)をぐるりと散策。
   
左)強風の吹く城壁の上、ガイドツアーでぐるりと一周。  右)カルカッソンヌの町

ユネスコの世界遺産になったお陰か、入城料は『ちょっと高いんじゃないの?』という8.5€。強気の料金。

夕方 雨上がって川沿いを約1時間程ジョギングして汗かく。

当初、マルセイユからバルセロナなんてすぐだから。。と思って出発したものの、未だスペインに到達せず。

ピレネーに寄って、アンドラ(アンドラ公国=独立国家。モナコとかリヒテルシュタイン同様)に寄って。。。と、どんどん目的地が増えて行く。

本日もまた立ち寄り。
     
「天空の城ラピュタ」のモデルになったというコルドという村へ行き、アルビという町ではロートレック美術館の入り口まで行ってきた。          
     (、、、が実際には中には入らず隣りのカテドラルに感心してきた)
             

いくつもの小さな綺麗な村々に寄り道寄り道で まだまだバルセロナどころか アンドラも遠い。。



中央の教会の鐘を見てすぐに思ったのは和田アキ子が歌う「あの鐘を鳴らすのはあなた」だった。。。

     .....という訳で、歌いながら鐘をくぐって上の方へと向かうPenneの町



明日はトゥールーズ。



フランスの場合、日曜は見事に店が閉まっていて散策が面白くないのが残念。いつまでもこのしきたりを守り続けるのは経済活性に良くないと思うのだが。。。
クリスマスなんてマクドナルドまで閉まるそうで旅人には不便なお国柄。

午前中は朝市へ行って来た。
モントバンの宿の親切なフロントの女性から、近くで日曜朝市が開催されるから是非行ったらいい、と教えてもらったのだった。珍しく大規模な市で パン、チーズ、ハムを買って朝/昼食代わりにしたが、サンドイッチを持つ手が寒さで凍えてしまった。お~~寒!


午後トゥールーズに来た。
すみれ色の町だそうな。

閉まりきった町の中心では なにやらカーニバルのような音楽が鳴っていたので、音につられて行ってみたら、市庁舎の前の特設ステージでイベントをしていた。
唯一 にぎやかな場所だった。

何故かエネルギー不足の本日はジョギングもせず、今朝、市で買った残りのパンとチーズで簡単に夕飯を部屋ですませてTVでオリンピックを見ていた。

以下は昨日と今日のルート地図。


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明日はやっとピレネー

スペインの国境に迫るか???


奴豚は早朝トゥールーズの町をジョギング。
牛美は元気が出ずに寝坊。最近胃痛が気になる。胃潰瘍か? (気の使い過ぎ?)

町を早めに出てガバルニーというピレネーでは絶景で有名な地へとひた走る。
途中Lourdes(ルルドという日本語表記が多かったがロードという発音に近い)という「奇跡の泉」で これまた有名なキリスト教徒の巡礼地を通る。
この奇跡の泉の水を飲むと病気が治るそうな。。。 胃潰瘍ぽいこの胃痛も治るかな。。。と密かに考えていたのだが、今日は通過。後日機会もあるだろう。
奴豚はむか~し昔に飲んだ事があるそうだが、「馬鹿の治療には効かなかった」と。。。『同感。。』
ローマ法王さえ認めた奇跡だそうだけど、馬鹿につける薬はないって日本でも言うしね。

ガバルニーに着いたが 山は黒々して シーズン中のスキーリゾートにしてはやけに雪、少なくない?? どこにゲレンデがあるんだろう。
でも町はスキー客で賑わってる様子。雰囲気はとってもスキーリゾートだ。

我々はスキーをしに来た訳ではない。 
        じゃ何しに来たかって? 実は牛美もよくわからない。が、絶景の滝を滝好きの牛美に見せてやりたいと言うのが どうやら奴豚のもくろみのようだ。
    (ただ どうも滝までのトレッキング道が雪で閉鎖されているらしいという噂もあるのだが..) ま、明日 行ける所まで行ってみよってか??

 取り合えず 冬山重装備で早朝出掛けてみますわ。




昨夜、結局麓のLUZの町の方が賑わっていて楽しそうだったので戻って宿泊。

夕闇せまるLuzの町。

      
店も多いし人も多い。寒いときは人が多い方が暖かく感じる。。?? (と言っても21時には町はシーンと静まりかえってしまう)


今朝は早くにスノーシュー(こちらではラケットと呼ぶ)を借りて(1人9€也)滝を見に行く。
約1時間登って避難小屋に着き、景色を眺めながら昼食にする。
           



さて、そのヨーロッパ最大級と言われる滝はと言うと。。。







  ☜ 凍ってまっせ


       写真中央のうっすら青く見える所が滝ですわ。





かんじき履いて4時間半、雪遊び。
他にも 沢山凍った滝を見て 堪能してきました。

上の写真ではあまりよく滝の位置がわからないので 観光局から写真を拝借して春の景色をば。。


ビクトル・ユーゴーが自然のシアターと呼んで誉めたたえたUシェイプにぐるりと囲まれそびえ立つ岩壁を堂々と落ちる豪快な滝。
ちなみに世界の滝、高さランキングで20位だった。
じゃぁ1位はどこの滝? と 知りたがりさんは 是非以下のページからお調べ下され。
http://mapx.map.vgd.gov.lv/geo3/Ukr/Pamatlapas_Slices/Arzemes_E/Pasaules%20augstakie_E.htm

どこのお国もそうだと思うのだが、オリンピックの中継で自国の選手が出ていない限りなかなかTVで映そうとしない。

   「真央ちゃんを出せ」  TVの前で焦れていた。。。

待ちくたびれてネットで調べ物をしながら横目で見ていたら、ふと気がついた時に真央ちゃんの滑走が終わってしまっていた。

     「あれ。。。」気が抜けてしまったではないの。
 せめてキム・ヨナだけでも見れて これで少しは落ち着いて眠れる。。。
何を一生懸命検索していたかと言うと、北米からオーストラリアへ飛ぶ格安航空券の比較研究であった。なかなか、むずかしい。。。



3連泊したピレネーの雪も十分楽しんだし、名残惜しそうな奴豚の背を押して次へ移動することにした。



こんな景色を見ながらピクニック

すっかり雪焼けしてしまった





ゲレンデへも行ってみた。 

ぐるりと回ってトレッキングも出来るようになっていたのでお散歩。




スペイン・バルセロナへの旅行のハズが、ここまで西に来たついでに、このまま西へ行って海まで出てしまおうという大幅な予定変更。
バルセロナは又別の機会にすることにして、明日は西へ。


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雪山に送られながら西を目指す。





まずは先日ちょいとふれたルルドの「奇跡の泉」に寄って、持参したペットボトルに給水する。

写真(左)は ルルドの総本山 




蛇口からジャージャーと流れてくるというのが イマイチありがたみに欠ける気がしてしまう。。。

         
写真左)ペットボトルに詰め詰めの図。   写真右)こんな感じで蛇口が並んでいる



胃潰瘍(決めつけてドウする。。。)と 右手首が痛いので、飲んで、手首にかけてみる。これって『信じる者は救われる』って感じだろうなぁ。疑ってかかっては始めから拒否したのと同じだからね、一応 治るように、と 心に訴えかけてみた。
    余談だが胃潰瘍は女性の50代に多いそうだが更年期の一種か?
 

それにしても 泉の前には何故か椅子が設置してあって、一見すると病院の待ち合い室みたいだった。
ひそひそと声を落として話す仕草といい、なんだか どこかみんな不幸せそうな表情といい、なんでだか、名前を呼ばれるのを待っている患者さん達みたいだった。
まるで、あそこに座っていると 神様から呼ばれるかのようだったなぁ。奇跡の順番待ち???

道中 つまらんことで奴豚と大げんかしながらバイヨンヌへ向かう。

途中、雨上がりの空に二重の大きな大きな虹。
くっきりはっきり虹の足下から大空をぐるりとまわって、絵に描いたような虹だった。

バイヨンヌはとてもシックで素敵な町。一目惚れする。
知らずに立ち寄った教会が世界遺産とは知らず、さらに フランス語がわからない事をいい事に、立ち入り厳禁の教会の奥、バイヨンヌの守護聖人である聖レオンの聖遺物を保管している棺の前まで へろへろと歩いて行ってしまう。
丁度ミサ中で誰もいなくて、わからんかったのよ。。。すまんすまん。


夜、聖水のお陰か、単に時間がきて治癒したか、右手首の痛みと腫れは引いていた。(それとも今朝塗った筋肉痛の薬のお陰かも)


バイヨンヌには二泊の予定。
バスク地方は肉料理とチリが有名のようで 家々の壁には大っきな大っきなチリが干してある。
     

どの町へ行っても、白壁に赤い雨戸、或いは青か緑、と決まっているようで、最初はそのととのい具合が綺麗で可愛いのだが、どの村も全部おんなじに見えて、しまいには、小さな村を訪ねても『どこも同じ』に見えてしまい それはそれなりに 飽きるものだなぁと実感する。。。





マルセイユに戻ってすぐさま近くのコリンへ走りに行った。

 「コリン」とは何ぞや? う~~む 和訳すると小山か? 

こちらの山は白い岩肌がむき出しで、日本のように高い木が青々と生い茂る山という感じではない。ちょっと小高い山も楽に登れてトレッキング用の小道がついていたり、ロッククライミングが出来るカランクという切り立った絶壁とかがあるのだが、そのコリン(小山)の自然のトレイルのアップダウンを楽しんできた。最近お気に入りのトレーニングコースだ。

でもって、今朝はマルセイユから車で30分程度の小さな町Coudoux(クドー)のトレイルランニングクラブ主催の その名もずばり「コリンレース」に参加してきた。
大会オフィシャルホームページ

6時半起床でささっと支度をして 朝日を見ながらお隣の町へ。
寒くて静かな朝。

       
                当日受付で1人11€払って参加エントリー完了。


9時半スタート。13.2キロのトレイルコースだった。
スタートして始めの3キロが登りだとは知らなんだ。。。

    げっ。。。

 いくら最近アップダウンのトレーニングをしているからって やっぱキツそう。

去年と一昨年の結果が張り出してあって、年齢欄を見ると 約450人程度の参加者のほとんどが我々よりも人生の先輩達である。なのに タイムはとても早い。。。 
『や~だな~~。 タイムリミットあるのかなぁ。。』とすでに気持ちで引き気味の牛美。




「日本からの参加者は初めてなのよ!」  

       と喜ぶ主催者には悪いが、

             “あたくし 亀 なんですのよ。” 





        最初の4キロは確かに登りだった。キツいのも緩いのもあったが なんとか登りきり さて コリンの尾根に出て、強風に凍えながらも自分に甘くならずにちゃんと頑張って走ってみた。

登ったからには下りがやってくる。これを待ってました!とばかりにラスト3キロは脱兎の勢いの大挽回。 ここで前に行かずしてどこでタイムを縮めるんだと思いっきり下って来た。


    GO!!!

冷たい風で涙が出る出る。
涙で視界がくもるので足下の石ころに注意しながらも気分良く飛ばして下って来れた。

          あぁ楽しかった。

久しぶりにきっちり走ったレースだったが、結果はというと 人生の諸先輩達には遠く及ばず、261位。下から数えた方が早いな。。 
表彰台に登るには1時間を切らねば無理無理。
女子の優勝はなんと元オリンピックフランスチームのトレイルの選手。足の筋肉なんてほれぼれする程綺麗で見とれた。
我々はと言うと、ベテラン女子の二部(50歳以上)で5位。表彰は3位までだった。
牛美は1時間16分。 奴豚は1時間9分。

60歳以上の部でも入賞者は1時間5分とか、ともかくみんな早いんだぁ。
登りがなくて下りだけだと早いんだけどなぁ、、わたくし。

レース後は 沢山のおつまみにワインもあって、参加賞にTシャツもあって小さな大会にしては充実していて、大変満足でありました。

      



今、フランスではKISSの「I was made for loving you」がリバイバル大ヒット中である。
1970年台に登場した白塗りのヘビメタバンド。その風貌に似合わず バラードでも結構いい曲を作っていた。。。の、KISSである。
マルセイユでは日に何度もかかっている。むろん仏語である。ポップに乗せるのが難しい仏語が なんとなく軽快にうまくマッチしてる。



さて、あっという間に一週間が過ぎてしまった。。。

先週の日曜にコリンを走ってから あれよあれよと言う間だった。

  よく聞かれる「毎日何してんだ?」と。 よっぽど暇かと思われそうだが、
          予想に反して 忙しい。

互いの母国に居る間は出来るだけの用事を済ませておかねばならぬ。というわけで奴豚は連日 あちこちへ出掛けて行き 何かしらの用事を済ませ、(あるいは済ませられずに怒って戻っては 翌日出直す。。)それに牛美も合わせて行動している。中には二人雁首揃えねばならぬ用事もあるので。。

どれも一度ですんなり用事がすまないのがお国柄。
アポ取りからして時間がかかる。仏人の仕事ぶりというのが言っちゃ悪いが 非能率、非効率的で それなのに“エラそう”である。
銀行、郵便局、お役所の仕事ぶりがまずそうで さらには買い物に行った先のスーパーのレジなんざ、あなた 30分以上立って並ぶのは当たり前である。
ともかく全てに無駄に時間がかかる。加えていつもストしている。


ここ数日はゴミ収集のストで 通りにゴミが溢れてしまっている。

通りに設置された大型のゴミ用コンテナが満杯になり その上に積み上げられたゴミがくずれて、通りに氾濫してきているから、車の往来まで支障が出始めている。まだ気温が低いので匂いはしないが。。。


                    


   週末を利用してカンヌの友人から日曜のレースに招待されたので走りにきた。
昨日(金曜)モナコへ行き、その夜 友人宅に泊まって、明日(日曜)10キロ弱のレースを一緒に走ってくる。



  懐かしい顔にも出会え、快晴の週末である。

   一年ぶりの再会のあゆさんとロアン。
   お二人共 ますます魅力的になって 元気を貰えた。

     再会出来て 嬉しかったです! 


                          レースの様子はまた次回。



3月14日(日) 

     SENTIERS de MOUGINS トレイルレース


 ある日 カンヌの友人ヤン&パオラから
「9.6キロのトレイルレースがあるんだが、この程度なら君達にも可能だろうからと思ってエントリーしといたよ」
とのメールをもらった。




「よぉし、やってやろうじゃないの」と やって来ましたコートダジュールはカンヌの町。

この時期 南仏はミモザ色に染まっている。


参加者 約300人。9.6キロ。
先週末に引き続き、今週もまた少規模のこぢんまりとしたトレイルレース。

   

登ったり下ったり登ったり下ったり、登ったり下ったり登ったり下ったり。。。(しつこい?)

    
ともかく 登りきって『あぁ』と一息つく間もなくすぐ下り、息を整える間もなくまた登り、『あぁ、しんどい。。』と思いながらもぜいぜいと登りきったら これまた凸凹の石ころだらけの足下危ない下りを転げるように下りと、、、『足の筋肉つるんじゃないか?』と思った。

   

登りを制するものはトレイルを制すんだなぁと感心しながら 皆さんに遅れまいとくっついてなんとか走ってきた。

   

(左)チャーミングな大会関係者のお嬢さん達。みんなウィットにとんで美人で素敵。
          (右)ヤンとフィニッシュ後に記念写真 

  
   写真上 左から ヤン49:43 奴豚55:31 牛美1:01:14 の タイム

南仏はすっかり春の陽気。さわやかなトレイルレースであった。

          

この話にはオチがある。

奴豚から スタート前に「少人数の大会だから あなたの場合ひょっとしたらひょっとするってこともあるんだからね、気合い入れて走んなさいよ」と言われていたので、自分でも怠けずきっちり走ろうと思っていたのだが、、、 登りにくたびれ、同年代と見られる女性にも抜かれ、1時間を切れなかったし、と何の期待もせず順位も確認せず、走り終わってすぐ帰って来てしまった。
アップダウンのトレイルとはいえ、9.6キロで1時間きれなきゃ駄目でしょ、と勝手に思っていたので マルセイユに戻って夜 カンヌのヤンからVF2(ベテランクラス2部)で1位だったよ」とのメールを読んでびっくりしてHPで結果をチェックしたら「あんれま、ホントだわよ


     ・・・すでに遅し・・・


表彰式で名前が呼ばれていただろう頃、彼らの家に戻ってすっきりシャワーも浴びて、庭で
   ヤン特製炭焼きハンバーガー 
に舌鼓しながら 美味しいワインを楽しんでいたんだった。



      
友人達の心優しいもてなしが 私達には何よりかけがえのないトロフィーだ。。。。と 格好よく決めたいところだが、クラス別だろうが何だろうが、初めての1位の表彰に居合わすことが出来なかったのはやはり少し残念かも。。。

              ま、次回 また頑張ろう!


と言う訳で、今週末はエクサン・プロバンスでのハーフマラソン!!


トロフィーは翌日ヤンが事務局まで受け取りに行ってくれたので、これで又彼らを訪問する楽しい理由が出来た。


VF2ベテラン女子クラス2部 一等賞 への  いのメールをありがとうございました。
真っ先に「おめでとう」を送って下さった元子様、いつもブログを読んでいただき「感謝!」

何万人もが参戦する大会では有り得ない事だが、地域の小さなレースでは 参加者皆が楽しめるよう、年齢別の表彰をしたり、到着順位で賞品が当たったりするものもある。
普段は強豪揃いのベテランクラスだが、今回はアップダウンの多いトレイルで流石に登りは疲れるとあって ベテラン女子の参加が少なかったに違いない。



さて、話しかわって;
        

  マルセイユから約100キロ、アビニオンの北にシャトーヌフドパプという優良ワインの産地があり、ここに好みのシャトーがある。
テーブルワインにはもったいない価格帯で 普段気軽に飲めるワインではないのだが、特別な機会に空けたい実に素敵な白ワインを作っている。
主は赤ワインなので白は樽数が少なく国内消費分のみで輸出は一切していない。まさに、ここに来ないと手に入らない白ワインだ。

東京の友人O嬢から「もし行く機会があれば是非白を」というリクエストを貰ったのを口実に、奴豚の親豚二人を誘って日帰りドライブ。

   ちなみに この友人O嬢というのは(たびたびこのブログにも登場しているのだが、) 3泊5日で東京から遠路遥々マルセイユまでブイヤベースを食べに来た日本人として 巷ではちょっと知られている人物である。

ポールオータードPaul Autardというシャトーには外見は熊だが 甘えん坊のテルヌーブの“シラー”という名前のワンちゃんがいる。
       


写真下左)シャトーの内部。テイスティングテーブル 下右)ここのワイン畑が美しく見えるのは思入れ強過ぎ?

     





   OMI様、
 
      この子達の到着を少々お待ち下さいましね。




マルセイユ滞在も残りわずか。


今では牛美にとってもすっかり馴染みになった心優しい地元の友人達とも もうすぐお別れ。

持ち回りのように 招待したりされたりで共にテーブルを囲んだ。
  

   元々 柔道クラブで知り合った者同士なので年齢が様々だ。

いつもサンノゼ(カリフォルニア)でお世話になっている夫婦も元はこの仲間で、このサンノゼ夫婦の夫の実家がマルセイユにあり 今は年老いた母上が独り住まいしている。
この仲間達の素敵な所は 彼の母親をいつもさりげなく気遣い、集いには必ず誘う事である。
近所に行く際には何か入り用はないか連絡をして、独り住まいを厭味なくサポートしている。
    

なんて優しくていい連中だろう。年老いた親を残して故郷を離れている者にとって、こんな友人が居てくれたらありがたいことだろうと心から思う。
(まぁ、ウチの場合 80を越えて尚、両親共に元気なので感謝感謝。まだまだ大丈夫)

  


写真上 左)カンヌの友人達

    写真 右)マルセイユ ガレージの輪



週末ハーフマラソンを走ると書いたが、実際には17キロであった。

10時スタートというゆっくりめのスケジュールがありがたい。

天気予報は雨だったが、雲間から陽の光も見え 雨の心配は全くなかった今朝の午前8時。
車で隣町 エクサンプロバンスへ向かった。

8時半には着いてしまい 早々に当日エントリーを済ませ、スタートまでウォームアップしていた。

     


今回も参加者は200名程度か??? う~~む 小さい大会である。
コースがまったくわからない。得に予習もせず 「どんなコースであろうと スタートの合図がきたら ともかく前へ向かって走りますよ~~」という気持ちでやってきた。
今更 コースが登りばかりだと聞いても 『そんなもんど~でもええわな。』

     

10時きっちりスタート。
いつもながら 皆さん スタートから速い速い。 始めはゆっくりなんて思っていたら、牛美の後ろには しんがりの救急車が迫っていて びっくり。 「へ??」てな感じ。

     

救急車に抜かされると困るので 自然と速めのペースでスタート。
う~~む、スロースターターの私にこのペースが持続出来るか??? 


登りがほとんどであった。。。 き、キツい。

緩やかなのだが、なが~~い登り。終わると平坦。でもって今度はまたゆる~い登り。
唯一 4キロから5キロ地点の1キロだけ ず~~と下りであった。
水を得た魚のように ドッドッ!と 鼻息荒く下って行くと、ムッシュが「おぉ、頑張るね。一緒に行こう。」と誘ってくれたが 一転 登りで極端に遅れて、次の下りでやっとこさ追いついたら ”マダム デサント(下りの女王)” と 名前を付けてくれた。




途中 同年代と思われる女性に二度抜かされるも 抜きかえし、ぜーぜーと息荒く なんとか辿り着いたフィニッシュライン。

頑張ったわりには 今一のタイム。。。 ま、実力と言えば実力である。。。




表彰台に登るには ちと遅過ぎた今朝のレース。

VF2(ベテラン2クラス)では 5位であった。
白熱のデッドヒート(?)を繰りひろげて2度抜き返した女性が VF3クラスで一頭賞を取ってトロフィーを授与されていた。
ま、そんなもんでしょ。 
ラッキーな時もあり、そうでない時もある。




     奴豚 1:28   牛美 1:39

参加賞のTシャツ(写真右)は
Lサイズのみにて親豚へのお土産に。
フランス 走り納めのレースであった。

3月26日にパリからレイキャビク(アイスランド)へ飛びます!
火山噴火中のアイスランドの生情報をお伝えいたしますね。



マルセイユに居た間、奴豚の従兄弟氏と三人で週に二回夕方の港周辺を走り、それ以外にも我々だけで午前中に小山を走りに行ったり、続けて日曜の朝のレースと、連日よく走った。

昨日23日、夕方 珍しく濃い霧が出ていた。
港から海沿いのコルニッシュと呼ばれる景観のよい道を走っていると、遠くの沖の方から濃霧が近づいてくるのが見え、肌にもしっとりと海の湿り気がまとわりついて、徐々にイフ島や沖の船が見えなくなっていった。
急に午後から温度が上昇したからだろう、珍しい濃霧であった。
濃い霧を通した夜の港町は いつもと違って見え 新鮮だった。

さて、本日24日は荷造りと家の片付け。
いよいよアイスランドへ向け移動。とは言え、アイスランドは単にボストンへ向かう途中のストップオーバーで一週間滞在するだけなのだが、かなり楽しみにしている。(とても寒そうだが。。。)

旅の楽しみは食の楽しみ。
レイキャビクには回転寿司の一種で、寿司電車(正確にはOsushi Train)という名前の店があるらしい。(ふっふっふ)

マルセイユでは自炊が多かったが、外食した際 撮っておいた写真を紹介。

 


一般的な前菜のひとつ シャクトリ(虫のことではない。こちらで肉類のことをそう呼ぶ)の盛り合わせ
   




          
     左)蛸料理で有名な地域のランチセット    右)牡蠣盛り合わせ        
     
  左)魚のバターソテー風    右)バスク地方特産の白インゲン豆と猪/鴨肉煮込み
     
シャトーヌフでのランチ 左)イワシの詰め物グリル 右)サーモンのムース どちらも美味! 
      
左)マルセイユ伝統料理のアイオリ漁師の味  右)ラム肉の煮込み
   
     
一般的なデザート二種 左)ムースオショコラ と 右)クレムキャラメル(プリンね)

              しばらくフランスの味ともお別れだなぁ。。



マルセイユ

日本の猛暑とは比べ物にならないと思うがマルセイユの夏も結構暑い。
湿度が低いので朝晩は涼風も吹き、寝苦しいといっても大したことはない。

25日、午前1時発、レイキャビクからの機内で隣の席の太っちょのおばちゃんの肘を脇腹に食らいながら眠れぬままパリへ。シャルルドゴール空港でTGV特急に乗り換え、座席で窮屈に首をひねりながらも昼にマルセイユ駅へ。タクシーで寝床へ向かう。疲れのせいかやけに暑さがこたえる。
家ではなく寝床と言う表現は、我々が寝泊まりしているのがガレージ倉庫を改造した所で、家と呼べるほどたいそうな建物ではないからである。生活に必要なものは揃っており不自由はしない。窓もある。

着替えてすぐ、徒歩3分程の所に住んでいる奴豚の両親に会いに。
老いは確実に訪れて、ひとまわり小さくなった二人を見てちょっと切ない。笑顔にほっとする。
シャンペン抜いて再会を祝う。21時には気絶するように眠りに落ちた。


二台ある車の一台は故障、もう一台も車検をパスするには修理をせねばならぬ箇所があるとわかり 今後の予定が大幅に狂う。
9月10日のメドックマラソンへは車で行けるが、そのままスコットランドのネス湖までドライブする予定は変更せざるを得ない。急遽マルセイユからロンドンへの飛行機やレンタカーの予約取ったりする。



      
28日、奴豚の母のバースデーを祝い 観光客で賑わうマルセイユの風光明媚な名所ヴューポート(旧港)でバケツ一杯のムール貝を食べる。


ヨットが係留されている港と地中海を望むように高台に立つセントマリーラメール教会の金色のマリア様が輝き、マルセイユの象徴的景色だ。
何度見ても美しいと思う。

この景色を見ると「帰ってきたなぁ」と実感する。






メドックマラソン用の仮装衣装をどうしようかと頭をひねる。

どうひねったところで 空っぽの頭では何のアイディアも出てこないのだが。。。 

    メドック 今年のテーマは動物。 
            困ったなぁ、どうしよう。


カナダの100円ショップで 豚の帽子を買った。
せっかくピンクの豚なので 奴豚の母からピンク色のシーツを貰い受け身に巻き付けてみた。これでなんとかしてみよう。。。


メドックでタイムを競うランナーは極々一握りだと思う。
皆、途中の給水所で出されるワインやら生ハムやら生ガキ、ステーキを楽しみに炎天下、仮装までして参加するのである。
さらに制限時間6時間半以内に完走すればメダルとワイン一本がいただけるのである。
普段入れない超高級、敷居の高いシャトーを巡るコース。

という訳で 気分は楽。
特にメドック用にトレーニングはしていない。


、最近になってやっと 少しはタイムを縮める努力をする気になってきた。5月のビッグサーマラソン エキスポでお目にかかったバートヤッソー氏にサインして貰った氏の著書を開き よっこいしょ と 重い腰をあげたところである。
       ー ちなみにこの本はかなり面白い ー


朝か夕方に走りにでる。マルセイユも日中は走る気にならないほど暑い。



海岸沿いのコルニッシュと呼ばれるあたりを走っているのだが、スピードワークをしに800メートルトラックの取れるボレリー公園へ。
トラックとは言っても噴水の周りを回ると800メートルになるだけなんだけど。。。


30分程 軽くジョギングをしたあと800メートルを思いっきり走ってみた。初心者なので とりあえずは800メートルを5本だけ。本来は10本をインターバルジョギング入れながら行うとだいたいの自分の実力が把握できるそうなのだが。。

ボレリー公園は 今や同じようにスピードワークをする人でいっぱいである。びっくりだ。
以前来たときはこんな風にファートレックテンポランヤッソー800をしている人など一人として見かけなかったから。

1本目 3分45秒、悪くないじゃん? 
 2、3、4本と タイムはどんどん遅くなり、心臓バクバクで続かない。それでも 5本目は4分8秒。 ものすごい汗である。


翌朝のジョギングは足が重くてまいったぁ。。。
普段使わない筋肉達が「いい加減にしてくれよー」と訴えている声が聞こえるようだった。




9月5日(月)マルセイユを車で出てボルドー方面へと走る。

メドックマラソン用に8日(木)はボルドーに、9、10日(金、土)はメドックに宿の予約を入れているが、それまでは行き当たりばったりで行く予定。

アルルArlesで軽くランチ休憩を取りミヨーMillauの橋を見て、ロデスRodezで泊まる。
宿はバジェットチェーンのプレミアクラス。一泊49€也。


6日(火)カオルスCahorsを抜け進路は西へ西へ。
マルマンデMarmande、ランゴンLangonを抜けて州立公園方面へ。たまたま牛美が見つけたヴィランドラウドVillandrautという小さな村のシャレーが自然に囲まれ静かでいい雰囲気だったのでそこに泊まる。
家畜が沢山飼われ池があり川が流れ、テニスコートやプール、バスケットボールコート等施設が充実しているが 夏休み終わって子供連れの家族が去った後は静かでのどかだ。


  
ロバちゃん達と会話中。  ロバのつぶらな瞳はなんて美しいんだろう。



マルセイユは暑かったが ここらあたりまで来ると肌寒い。
長袖 一枚しか持参しなかった。失敗。

朝晩 かなり冷える。   

Fast Hotel Villandrautはおすすめ €59





7日(水)さらに西へ。ビスケー湾に出た。すぐお隣はスペインのサンセバスチャンだ。

フランスに砂丘があるとはしらなんだ。

それも大砂丘。ここらいったい全部砂丘だ。ワイナリーのすぐそばが砂丘だとは思わなかった。
天気予報通り小雨。メドックマラソンは晴れの予報だが、8、9日と雨らしい。

雨の砂丘を風に煽られながら登って下りて。
        

今宵は近くのアルカションArcachonという観光港で泊まる事にした。
観光地なので少々お高く€65。


生ガキが有名らしいが、マラソン前なので止めておく。




初めて来たボルドーの町。

ワイン好きだが詳しいわけではない。
飲んで美味しければ それが良いワイン。
特に好きなワインがひとつだけ存在するが、メドック産ではない。


普段からお値段ソコソコの割安、お買得モノしか買わないのでボルドーに来たからと言って 高級ワインに手を出す事もないだろう。マラソン中はどんなワインが出されるのかな? 楽しみ。

ユネスコ遺産の教会を見学、古い建物の残る町を散策。
マルセイユより路上のゴミは少ないようだ。

あさってメドックマラソン。

ボルドー駅でチェンマイ在住マラソンご夫妻とビッグサー以来の再会。
ボルドーの町を散策し、翌日は大西洋に足をつけに行った帰り車が故障
     あちゃー、ゼッケンピックアップに行く予定なのに、こんな田舎町で立往生かい。。。


幸い近くの整備工場に持ち込む事は出来たが直る見込みなくレンタカーに乗り換えてポイヤックPauillac村のマラソンエキスポへ着いたのは遅い夕方だった。

大幅な予定変更。

シンガポールから参加の知合いと合流してボルドーの町でパスタでも食べようと思っていたがそれどころではなくなる。


        


予約の宿は、マラソン期間中だけランナーにベッドを提供するという普通の民家の少々狭めのベッドをお借りする。四部屋に大人8人、トイレとシャワーはひとつだけで順番を待たねばならぬ。ちと不便。スタート/フィニッシュに近いので文句は言えぬか。。。


だいたいこんな小さな村にランナーが何千人も集結するというのが、そもそもクレイジーである。
キャンピングカーで来る人あり、エキスポ会場の隣の芝生にキャンプする人あり、いつもは静かなシャトーの村が人で溢れている。勿論、レストランだっていっぱいである、もともと数軒しかないんだから。



 というわけで、大会主催のシャトーでのパスタパーティーが開かれるのだが1人45ユーロは高くないか?? とは思ったが、レストランを探して回る時間を考えれば、選択のひとつではあったなー。。。とは後日談。
で、我々は結局どうしたかと言うと、ポイヤック村のユースキャンプ支援組織が補助金集めのために企画したボランティアのパスタパーティーに行ったのだが、うどんのようなパスタであった。

17ユーロ全額が寄付になるとの事だったから、まぁーいいか。



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