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バンコクからシェムリアップへのカオサンバス詳細


午前8時。MPツアー社の前に集合。我々の他に日本人男性ひとり。
バンコクでは過去2回、申し込んだツアーにふられている経験があるので今回も『本当に迎えにきてくれんのかな~』と半信半疑。と、時間通りにバス会社の人が来る。カオサン中の参加者を集めて回るのでバスに乗り込んだのは9時だった。ま、急ぐ旅じゃあるまいし。。。ね。
大型バスはガラ空きでひとり二席占拠してクーラー効き過ぎの寒い車内で快適に寝て国境へ約4時間 高速道路をスイスイ飛ばした。


国境前のレストランで約2時間近くのランチ休憩あり。というのも カンボジアのビザを持っていない人のビザ代行も兼ねているので 昼食を食べさせている間に国境へ取りに行ってくれているのだ。我々はもともとプノンペン空港から入国する予定で予めイービザ(エレクトリックビザ)を取得していた。空港ではイービザ専用ラインがあり、列に並ばずとも入国審査が簡単迅速に済むという話だったのだが、陸路の国境越えになり 結局延々と並ぶことになった。チッ!

バスを乗り換え まずはタイの出国。そのまま歩いてカンボジアのゲートをくぐり入国審査所へ。なんて簡易な建物。。。 バラックに近い。。。 ま、こんなもんだしょ。審査はビザチェックとパスポートの磁気を機械に通して 写真取って、スタンプを何個もポンポンと押し無言のまま終了。国境というより混雑した野外マーケットのよう。リヤカーとトラックが行きかい土ぼこりと排気ガス予防のマスクした人が沢山行き交っている。かなり貧しい感じは否めない。マスクは持参したほうがいいと言われていたのでしっかりポケットに準備していた。いつでも使用可能。

カンボジア側でまたバスを乗換え1キロ先のバスターミナルへ移動。ここで中型バスに乗り換える。かなり年期のはいったバスだが空調がきいていた。カンボジアに入って日本語で 入口 出口 と書かれたバスや 日本語の宣伝が書かれっ放しになっているトラックに出会って何だか嬉しい。ギィギィ音たてながらも まだ現役で走っているお払い箱寸前の日本車達よ、頑張れ。こちらの主流はスズキの50ccバイクのようだ。


さて、ここからがいよいよ「Dancing Road」の始まり。マスクも準備し、気を引き締め、座席のクッションや窓の閉まり具合をチェックして万全の体制。、、、道は舗装されスムーズ。ここ6ヶ月の間に飛躍的に舗装化が進んでいるらしい。途中舗装工事中のローラー車と何度もすれ違う。何度か回り道で赤土の上を通るときは埃が舞い上がるが、土ぼこりが窓から侵入して白い服が真っ赤に染まる、という状況ではない。以前は顔が真っ赤に泥パック状態だったそうだ。ずいぶん変わったのだろうなぁ、きっと。
途中 夕食休憩が40分ほどあった。国境を出たのが遅かったので(17時)もうすっかり夜。多少ぼったくり気味のレストランではあるが気前良くビール頼んで軽く夕飯にする。バックパッカー客ばかりで国籍に関わらず 皆、財布の紐は堅い。カオサンで10バーツで食べられたパッタイ(タイ風焼きそば)が50バーツで びっくりしている白人さんも多い。10バーツは30円。

さらに残り2時間強の道を行く。舗装されていない道も砂利道というだけで、もう穴ぼこだらけで座席から飛び上がってバスの天井に頭をぶつけるという 踊りまくりの悪路「Dancing Road」はなかった。
もし このブログを読んでいる人のなかでDancing Roadの経験のある方は是非とも「当時はシェムリアップに行くにはDancing Roadと呼ばれるそれは悪路を延々と走ったんだよ」と 思いっきり自慢して欲しい。ある意味 そんな経験が出来たあなた方が羨ましく思う。。。だって、もうその道は存在しないのだから。。。


以前は雨期で豪雨だと 穴ぼこが池になり、池がさらに深い穴になり、でっこぼこの道を7時間近くも走ったと聞く。今はほぼ半分近く舗装された道を もし急ぐのならばタクシーで飛ばせば3時間半でシェムリアップに着く事が可能だ。
もちろん 今乾期で工事も順調に進み 砂利道も極力揺れないようゆっくり走っているので不快な揺れなど全く感じずシェムリまで行く事が出来たが 季節によって多少の違いはあるかもしれない。

22時前、バスはシェムリアップのゲストハウス前に到着。
我々はそのまま文句言わずにそこにチェックイン。一泊たったの4ドルである。こんな時間に他所を探して出るのも面倒だし、安全でそこそこ清潔なら御の字である。
文句をいう旅行者もいるだろう。嫌なら他所へ行けばいい。
ともかく カオサンバスでの国境越えがどんなものか初めから知っていれば 何一つ腹立つ事も、イライラすることも ぼったくられることもなく、一切追加料金も要求されず、ガイドは常に誠実で、カオスのような出国/入国の際もずっと付いて、回りに目を光らせていてくれたし、物売り、子供、物乞いは無視する事、自分について来る事、を 明確に説明してくれていた。これでたった280バーツでアンコールワットまで来られた事、まったく文句無く かえって感謝したい気がする。

というわけで 無事バンコクを出てアンコールワットへ快適に着いた祝いのビールで乾杯して 疲れて寝ました、とさ。



シェムリアップはアンコールワット寺を訪ねる人達のベースになる小さな町。
     なんでもありのごっちゃな場所。
安い宿から超高級ホテルまで選択は限りなく、食どころもしかり。
だが物価は決して安くない。観光客用のスーパーに並ぶのは輸入品ばかりで値段は高い。

町には外国からの訪問者とその人達相手の商売をする色々な人達と車とバイクとトゥクトゥクと屋台と野良犬が溢れている感じがする。
交通ルールなんてあったもんじゃなく それなりに秩序が保たれているのが不思議。でも第一印象は『貧しい』だろう。人によるとインドのほうがもっと貧しいとか、いやアフリカだろうとか、、、 どっちがどれほどということを抜きにして、まだまだこの町が自力で発展するには長い年月が必要だと思う。各国からの支援も目に見える。単に経済的に支援するだけでなく、自立の為のベースをなんとかたてようとしている支援。援助をして終わりではなく、そこから現地の人達が何とかこの先暮らして行ける道を作るのが目的。
この近辺の部落にはもっと井戸を掘る必要があるし、例えば学校を建てても そこで教える先生を教育する必要もあるだろうし、子供達が通えるような経済支援も必要だろう。多くの貧しい家庭の子供達は皆、親の手伝いで何かしら物を売ったりと家計をささえている場合が多い。稼ぎ手がいなくなると困る親達を説得して学校へ行かせてやるにはどうすればいいのか。。。援助や支援というのはジレンマの連続であろう。。。

日曜に行なわれるハーフマラソンも「対人地雷で被災した人達に義肢義足を」というチャリティーである。
左は笑顔の有森裕子さん。

      
有森さんがハートオブゴールドというNGO(NPOでもある)でこういう活動を長年続けてらっしゃるとは今回参加を決めて初めて知った。
スポンサーも日本企業がずらりと名を連ねている。
ベトナム戦争、ポルポト政権でずたずたになったタイとの国境がちかい町。素晴らしい世界遺産がありながら いつまでも貧困と戦う町。
この町に来ると 何かせねば、という気持ちにさせられる。
  ここには「地雷を踏んだらさようなら」の一ノ瀬泰造氏のお墓もある。


我々も大した事は出来ないが マラソン参加費がチャリティーに回るのでほんの少しお手伝い。参加費100ドル也。
我々が今まで参加したマラソンレースもほとんどが何らかのチャリティーだった。時には高くて痛いなぁと思う時もあるが 多少でも役に立っていると思えばね。

アンコールワット遺跡群の中を走るので とても楽しみ。
詳細をお楽しみに。




起床6時。

車の往来が少ないうちにジョギングに出る。


それでも朝早くから道路はありとあらゆる交通手段が縦横無尽に走り回っている。そんな喧噪からなるべく逃れるため 町の中心を流れる川にそって南下すると20分程度で水田地帯に出る。
急に視界がひらけ見渡す限りの田んぼに水牛が放たれている。行き交う車も少なく、時々赤土を舞い上げてトラックが瀑走していく。そんな道を約1時間走ってシューズが赤土で真っ赤に染まった頃 宿に戻る。

午前中は比較的ネットの接続状況が良い。夜はニュースひとつ読むのに5分以上かかったりする。接続があるだけありがたい。

チャリティーハーフマラソンのほかにバイクレースも開催されるので この週末にかけて急に観光客が増えた。レンタル自転車屋から自転車が消えたし、土産物屋も一杯。昨夜は俳優の哀川翔氏の姿を見かけた。チャリティーでいらしたのかな。日本人だけのレースウォークプログラムもあり、かなりの数の日本人がこの町に来ている。
街全体に外貨が均等に落ちるといいのにな、と祈っている。

せっかくアンコールワットに来ているので世界遺産の遺跡群めぐりをしてきた。夜明け前にアンコールワットへ行き夕日まで拝んで来た。広い敷地内にいくつも寺があり、どれも違う特徴があって、歴史や宗教がよく分からなくても とても興味深かった。
写真はアップ出来る環境になったら是非沢山披露したい。

     
左) 夜明け前 明けゆく空に浮かぶアンコールワット    右) 白々明けて
 
     
左)乾期で池の水は少なく。。。  右)遺跡群のなかではもっとも有名な景色かもしれない タプローム


アンコールワットマラソン 大会当日



起床4時。前回のバンコクマラソンの際の二の舞(途中で便意をもよおすという。。。)は避けたいので早くから起き、軽く食べ、身体を動かす。

5時20分、我らがトゥクトゥクドライバーMr.Bu氏がさっそうと宿前に横付け。Mr.Buとは先日遺跡巡りの時、一日お世話になったドライバーである。柔らかな表情のヒトの良さそ~な、優しい笑顔の物静かな男である。奴豚のきびし~い値切りにも笑って「いいよ」と頷いてくれた。今朝は約束していなかったのである。先日、日曜の朝5時半頃にマラソンに出発すると言っただけで予約などしなかったが ちゃんとあの笑顔で来てくれた。丁度酔っぱらいのトゥクトゥクドライバーに「俺が連れて行ってやる」と絡まれていたところだったので、Mr.Buが現れたときは心底嬉しかった。     

                   走り始めは元気元気

    


6時。こちらで知り合った 他の参加者達と一緒にスタート地点着。念のためトイレに並んだりしてあっという間に6時半スタート。ウォームアップなしでゆっくり走り始める。

        


     
快適な気温。コースは真っ平ら。始めのうちは車の通行を止めてくれ、静かに快走。緑の多い気持ちのよいコース。

     


奴豚は写真を撮りながら余裕で先に行く。牛美はいつもマイペース。速度は常に一定(ほぼ。。) スタートでゆっくりだったので 5キロ過ぎたあたりからは前を行くランナー達をぐんぐん抜いていくのは気分良い。




ところどころで子供達の大声援あり。みんなとハイタッチ! 
ひんやりと冷たい小さな掌。子供の手ってこんなもろそうに小さかったっけ。。。





15キロまでは調子良く これなら2時間以内と期待するが、16~18キロあたりでペースダウン。どうも速度があがらない。。。 20キロ手前で2時間オーバーしてたので、記念写真撮ってもらいながら焦らずゴール。

    
あともう少し。。。

  

フィニッシュラインは嬉しい。思わず笑顔が出る。

それでもパーソナルベスト 手元の時計で2時間09分。公式チップタイムはもう少し早いかも。。。?
奴豚は2時間01分。

今年最後のレース。満足



奴豚はいつもちゃっかりいいとこ取り。有森さんと記念写真。
笑顔が美しい華奢な方だった。走っている時の笑顔もとても素敵だった。



ハーフマラソン終わって プノンペンへ移動
バスで約6時間。



アンコールワットの写真のなかからお気に入りを披露

    


朝の静けさのなか(左)     アプサラを踊る女人(右)

             

          バイヨンの微笑み (一番印象的だったバイヨン寺)

         

アプサラを舞う天女(左)   どういう意味なんだろうか。。。(右)



樹齢はどれくらいなんだろう。。



プノンペンの友人宅にお世話になっている。

大都市とは聞いていたが 町の雰囲気はシェムリアップとそう変わらない気がする。町の規模は大きくてもカンボジアはカンボジア。どぶ川は臭く市内はまだまだごちゃごちゃだ。ロンプラを読んでいて 世界の貧富ランクがあるとしたら 163カ国中151番目だそうだ。(世界には190カ国あるそうだが。。。)下から数えた方が早い。
何故そんなに貧しいか、興味のある方は歴史をひもといて欲しい。

カンボジアを訪れるにあたって必ず見ておいたほうが良い映画に「キリングフィールド」がある。奴豚がまだ見ていなかったので こちらのファミリーと一緒にまずは予習代わりに映画を見て、その後 現場へ出掛けた。キリングフィールドという名ではないが 大量虐殺慰霊公園とでも言うのだろうか、、、慰霊碑が立つ敷地で花と線香を手向ける。その後市内にある当時の牢獄に使われていた学校跡へ。罪なき人々が拷問され投獄されていた様子の記録がまざまざと残る。。。 その悲惨さに言葉はない。。。
最近になってやっと当時の殺害実行幹部達の裁判が始まったという事実が驚く。幹部達の中には高齢で投獄中に亡くなった人もいるという。

  
道すがら、こんな光景



だが、暗い歴史があってもすれ違うこちらの人達はいつも笑顔だ。子供達もいい笑顔をしている。この国はこれからどんどん変わるだろう。





カンボジアの歴史も勉強して、国立博物館へも行ったし、

(右)国立博物館


  さて、市内中心に近い友人宅で 特に遠出をするでもなく のんびりしているには訳がある。
居心地がいいのもそうだが、それよりなにより 彼女がいるから。。。かな?





 南国は彼女には暑過ぎ?サモエドの「クイン」(名前)
(下)グルーミング中









カンボジアはプノンペン滞在 今日で6日目。

我々より先に友人宅に来ていた友人の実姉が今朝シェムリアップへ向け旅立ったので今日から大人4人と少年1人、犬1匹になった。
庭も広く メイドさんやセキュリティーも居て、十分な広さのある家で、今日は犬のクインのシャンプーをして 一緒になって水浴びして午後を過ごした。牛美は午前中に髪をショートにして、カンボジア伝統マッサージも受けてご機嫌であった。




ところで表題のHHHをご存知の方はいらっしゃるだろうか???




牛美は Hilton HotelのHonors Clubメンバーではあるが、そのHHHとは別で 

  Hash House Harriers ハッシュハウスハリヤーズ のことである。

 --- であるって 偉そうに言った所で一昨日知った牛美だから 実は良くは知らないでも明日そのイベントに参加しに行って来る。案ずるより産むが易しか???



だから~~ HHHって何よ~~ という人の為に 以下をご参照下され。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/HHH
http://www.ne.jp/asahi/samurai/h3/profilej.htm


走ることが好きなビール好きの集まりと見るか、ビールが好きな走り屋の集まりと見るべきか。。。 う~ん それとも 酒好きのランナー達か 走るのが好きな酒好き達か。。。 よくわかりまっしぇ~~ん! 



昨日予告したHHH(ハッシュ)に行った。


その前に 午前中にかなりクールなクリスマスパーティーに参加させてもらったのでその模様から。
子供達のクリスマス会だったので午前中の行事だったが、10時にとある大邸宅にお邪魔して歓談していたら サンタが表通りをゆっくりと進んで来た。その様子はなんともシュール、というか スローモーションで映画を見ているような感じ。この町ならではの趣向であろう。
子供もびっくりだが 大人もそりゃぁ びっくりしたわいな。


象には大変気の毒ではあったが。。。


さてHHHだが、予習はしていただけただろうか???




通称「ハッシュ」と呼ばれている。ネットで調べてみると その歴史は古く、各国各地で行なわれている。東京にも数グループあるようだ。要は毎週末集って、走って ビールを美味しくのみませう という事であったのだが、各地、あるいは グループ毎に それなりのルールがあるのかもしれず どこのハッシュも皆同じとは断言しかねる。だが一度でも経験すると、ルールはいたってシンプル、そして他のハッシュグループにも問題なく混じる事が出来る。



まずは集合場所へ。参加費5ドルを支払い受付をする。
プノンペンは町なかを走るには適さない場所なので トラックの荷台に詰め込まれてスタート地点へ移動。いろんな国の人がいて道中話はつきない。皆、どこのハッシュをしたか 何回目か、どのハッシュが面白かったとか、好き勝手に喋っていた。

     

初参加者が(我々を含めて)数人いたので ハッシュのルール説明があり、初参加者は前に出て出身国と名前を名乗る。
今回は合計88人。その半分は徒歩コース参加、半分がランニングコース参加だった。ランニングはその時により場所もコースも距離も違うが 平均すると約6~10キロということだ。
郊外なのでコースは水田や畑のあぜ道。こんな所も走る。

     

ルールはいたって簡単。ウサギを追うオオカミ達と思って頂こうか。ウサギ役は先にスタートして 追って来るオオカミ用にコース上にスプレーペイントで暗号を残す。暗号には ドット、→、○印、H、X印 があり、オオカミ達はその暗号を皆で解読しながらウサギのあとを追う。四つ角に残された○印の場合は 手分けして四方の道をドット印が見つかるまで探す。遠くまで走って見つけたのが×印の場合、そのオオカミは大声で残りの皆にその道が間違いである事を知らせ、ドットを見つけた者はこちらだと指示する。全て決まった表現がある。実にシンプルなので すぐコツをつかめる。走るのが遅い者は 前の皆のあとをついて走れば良いし、足に自信のある者は余分に走って印を見つけにいく。途中 疲れたら歩けば良い。迷子にならないよう時々、H印で全員が集まるまで待ってくれる。
       

約1時間強走って、全員揃った所で円陣を組み、今日の祝杯をあげる。初参加組はまたもや前に呼ばれてビールを飲み干す。飲み干せない場合は頭からかけても良い。他にも色んな理由で各自前にかり出されて少なくとも一度はビールを飲み干す。走ったあとのビールは旨い。ビールの他にソフトドリンクも水も豊富に準備されているので、走ったあとに酒なんて、と思う人は無理に飲まなくても良い。

      

          でも 汗かいたあとのビールは確実に旨い!







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