*admin*entry*file*plugin| 文字サイズ  


今回のライアンエアーは定刻。

きっちりオンタイムにマラケッシュ空港に着いた。定刻到着だと機内アナウンスの際にファンファーレが鳴るのがイマイチ幼稚でいただけないのだが。。。




            
            ライアンエアー機内。→

座席はリクライニングせずシートポケットすらない。安全のしおりは座席に貼付けてある。無論飲食物は全て有料。近くトイレの使用にも小銭が必要になるらしい。ローコストエアラインのなかでもこの会社はやることがシビアで、機内持ち込み手荷物制限も厳しい。一個と言ったら一個で、『そこをなんとか。。』とか『小さなバックだから見逃して』なんてお目こぼしは一切ない。



夜のマラケッシュの町はエキゾチック。
淡いピンク系のテラコッタの建物。三日月が映える。
街灯が少なく全体的に暗い感じがするが、ホテルの明かりがそこここから ぼんやり浮き上がってさらにいい感じだ。


夕飯はクスクス、と決めていたので 荷をほどかずにすぐに近所のローカルレストランへ。
     
前菜、メイン、デザートのコースで1人50ディルハム。(約600円くらいか)
写真上の左側は ソーセージのクスクス。 写真上の右側は 挽肉のタジーン。

香辛料の強い香り高い紅茶をつけて 贅沢な気分。
さすがにローカルレストランにアルコールはおいていない。モロッコではしばらく禁酒ということになりそうだ。
マラソン前だし丁度いいかもしれない。





1月20日 マラケッシュ二日目

明けゆくマラケッシュの町。7時、少し寒いので長袖、長パンで走りに出た。
巨大な迷路“メジナ”の内部はもう忙しそうに ある人はバイクで、ある人はロバで、自転車で馬で、、、皆、仕事の為、食べる為、家族の為、結局は生きる為に走り回っている。。。
         

走る為に走っている自分がこっぱずかしくなる。我々のように走るって贅沢なことだなぁと再認識させられた朝だった。

午後はあらためて町を散策してみると半倒壊状態の建物の外観や色、人々の服装を見ると生活は苦しそうだ。取り立てて物価が安いとも思えないし。

   

今朝、走っている途中でロバの荷を押してやったら なめし皮工場を案内してくれたが、やけに親切に説明してくれて、これはきっとガイド料を要求されるだろうと思ったら案の定そうだった。ジョギング中で持ち合わせがないと謝ったが、同様にある宿を探して歩いていたら 少年がついてこいと言う。しばらくついて行ったが結局少年共々迷ってしまいぐるぐる連れ回されたので「もういいよ」と断ったら、もちろん「案内料をよこせ」と手を出されて呆れた。
これはホンの一例で、どいつもこいつも金をよこせと手を出すので気持ちが疲れる。
何か一点を凝視することが出来ない。すぐにしつこいセールスにあうから 目は常に宙を泳がしていなければならぬ。革製品が有名ではあるが欲しいものもなし。

なんだか そんなこんなで第一印象は“疲れる所”だ。



1月21日からレンタカーで“モロッコ周遊その一” に出た。
マラソン前なので まずはモロッコの中部南側をぐるり。



早朝 バナナとデーツ(木の実)持参でマラケッシュから南下。ワラザザートという町まで約200キロ強のドライブ。乾いた渓谷の間を抜けて行く道は 広く果てしなく、変化も多く面白い。モロッコって意外と大きな国だと思ったり。



どんなところにもサッカーフィールドがある。写真の中央にあるのがグラウンド。




途中、映画の撮影でよく使われている 世界遺産のカスバ “アイトベンハド” という町に寄り、「グラディエイター」を撮った場所等を見学。ここでは他にもアラビア映画の撮影がいくつかなされている。「アラビアのロレンス」「シェルタリングスカイ」等もそうだ。
    




丘の上に座って眺めていると いかにも映画を撮りたくなる光景だなぁと思う。





ワラザザートは大きな町。寄ってくる人は少なめで過ごしやすい。
宿は即決、一泊朝食付きで300ディルハム(約3200円)そこそこ清潔でいいんじゃない? 夕食はスープとサラダ。モロッコのパンは美味しい。
モロッコで一番美味しいのは スープかもしれない。


1月22日 


5時半にモスクの祈りの声で起床。

7時前に走りに出る。町の中心に軍の建物があり、その周辺を走っていたら追い払われてしまった。
イマイチ 気分が乗らない。



朝食して 東へ走ること約170キロ。Nekobネコブという小さな町は宿泊予定地だったが通り過ぎてしまった。途中の渓谷は実に美しい。
乾ききった大地にときおり見かける緑のオアシスが新鮮でこれまた美しい。



       

  


午後3時 Tazzarineタザリンという町で泊まる事にする。まともなレストランが少なく ガソリンスタンドに併設された飯屋で早めの夕食。もちろんスープは欠かせない。

宿のシャワーはお湯が出ずに浴びられず。。翌朝文句言ってボイラーを点けて貰う。客が少ないとこれだ。。それとも値切ったからか???





1月23日 5時には目覚める。が、なんせ暗いので7時近くまで待って走りに。

     

どうもモロッコでのジョギングは気持ちが乗らない。。。今朝も走っていて楽しいと思えなかった。何故だろう。どうもモロッコと肌が合わない気がする。

朝日は雲に隠れて見えず。村の中をぐるぐる回って宿に戻り、朝食してさらに東へ向かう。モロッコの砂漠、サハラの始まりMerzougaメルズーガの砂漠を目指す。
約200キロ弱のドライブで難なく着いた。一本道なので迷う事はない。

途中 交差点の町Rassiniラッシーニは大きな町ではあったが、やはり車を止めた途端にキャッチセールスが寄ってきて これまた行く先々しつこくついてくるので 町の散歩が嫌になる。まったく旅行客目当てのこのキャッチセールス なんとかならんものか。。。 ホンの数パーセントのこのキャッチマン達のせいでモロッコの印象が非常に悪い。断っても断っても 腕をひっぱり肩を抱き寄せ離さない。「マイフレンド」を連発する奴ほど信用出来ないとは 旅行者の間では必ず話題にされることだ。『その手を離してくれよ。。。頼むから。』
失礼にならない程度にやんわりお断り、怒った態度をあからさまに出す訳にもいかず 早足で散歩して車に逃げ込む。


メルズーガの町。

砂漠に面している。

宿は沢山あるが どこも閑古鳥が鳴いている。


今はオフシーズンなのだ。値段交渉して食事付き650から500ディルハムまで下げてもらった宿だが、食事のメニューが説明と違う、出ると言っていた湯が出ない、等々 またまたもめてしまった。どこへ行っても どいつもこいつも 本当に申し訳ないが モロッコの人達っていったいどうなってんの?  これじゃぁ、まっとうに生活しているモロッコの人達には悪いが、我々旅行者が出会うモロッコ人に正直者は1人もいないことになってしまう。精神がぐったり疲れる。
「話が違うじゃないか」と抗議すると、態度が反転して人を罵倒するような態度を取られて こちらだって心が傷つくじゃないかい。別に喧嘩する為にモロッコに来た訳じゃないよ、こっちだって。。。
今の所 モロッコはずっとこんな感じ。疲れる国だ。。。アジアの微笑みが恋しい。




1月24日  
          砂漠の町 メルズーガではラクダで砂漠のテントへ行き 夕日と星と朝日を眺めてくる予定だったのだが、予約依頼をした担当者が約束の時間に迎えに来ず、代わりに我々に店まで来てくれという電話があった。始めにOKOKと安請け合いするモロッコ人特有な性格が見て取れたのでキャンセルした。ので月の砂漠をラクダで散歩は却下、残念。。。




メルズーガからは少し北へ登ってErfoudエルフードの町でお茶する。ミント茶を頼んだが出てきたのは違う茶。「??」と聞くと「ミントは品切れなんで違うのにしたって」。。勝手に決めて持ってくる前にひとこと聞いてよ。。ったく。ま、お茶くらいで目くじらたてることもない。

ここから西へ進路を取り、ぐるりと南部コースを一回りすることになる。


岩肌の綺麗なトドラ渓谷へ。入口の町Tinerhirティネリールまでは約150キロ程度。





途中コバルトを掘り出している一帯や、







          砂ほこりの中を通過し、、



遠景では映画のセットのように美しい小さな町ティネリールに着く。


乾いた土地から遠くに緑のオアシスの中に佇む 土で固められた まるで砂の城のような或いは作り物のような家々が見えてくると 我が目を疑う程美しい。
宿はメインストリートのガソリンスタンドの隣に決める。見た目 薄汚れたしょぼい安宿かと思ったが なんと各部屋wifi完備とは気付かず、チェックアウト時にはじめて知って悔しがる。。。 見た目で判断してはいけない。管理人も今までで一番誠実でいい人だった。これで朝食付きで200ディルハム(2200円)とは御の字だ。熱い湯も出たし。



1月25日 渓谷をドライブ。透き通った川の流れも目に新鮮だ。

   

途中 山羊の放牧民に出会う。最初の言葉はやはり「お金払って写真撮って」だった。流石に連日なので そろそろタイミングを心得てきた。すれ違い様に子供達が丁寧に挨拶をしてくれる。「ボンジュールマダム、サバ?」(こんにちはマダム お元気ですか?) 「ありがとう、元気よ、あなた達は?」と聞き返すと「はい、元気です。ディルハムくれますか?」って 会話が支離滅裂でしょ、君たち。。。 まったくなぁ。。。 


毎週月曜に開催される「市 スーク」(学校で習ったなぁスークって)を冷やかしに。日本でゴミとして出されているありとあらゆるものがここでは売られている。日本のゴミの山は宝の山だなぁ。。ごっそり持ってきてやりたいくらいだ。。 運送料のほうが高くつくだろうけど。みかんとバナナとアーモンドをごっそり買って次へ。
       

隣のDadeダデ渓谷へ。ここはまたトドラとは趣ががらりと変わって 奇岩の岩肌。これも実に面白く美しい。ここに張り付くように村や町が建っていて本当に映画のセットで作ったんじゃないかと思う程 現実離れした美しさだ。

      

この景色の中で走りたくて一泊することに。
   

夕日を受けて渓谷の一本道を登ったり下ったりと約1時間半程ジョギング。村の皆さんはめずらしいものを見る目で それでも応援してくれた。こうゆう状況では、皆 普通に親切ないい人達である。ラクダと写真撮っても金よこせとは言ってこない。やはり旅のスタイルによるのだろう。バックパックかついで歩いて回れば、この国の人も結構親切にしてくれるのかもしれない。
   


オフシーズンの今は モロッコ旅にはベストシーズンかもしれない。 朝晩はかなり寒いが日中は小春日和で暖かい。 桜があちこちで咲いて空は真っ青にすんでいる。宿も値を下げるし どこへ行っても空いているのがいい。 綺麗な国だ。食事のバリエーションは少ないけど。。。 やっぱり醤油味が恋しいなぁ。。



1月26日
ダデ渓谷を後に 予定変更して南下してみた。。。が、ついたFoum Zguidという町はこう言ってはなんだがゴーストタウンに近い印象で泊まる気が失せてしまう。ずいぶん走ったのに残念。ガス欠寸前で辿り着き、一軒しかないガソリンスタンドでホッとして給油してから来た道を戻ったが、夕陽を受けて山や大地がピンク色に染まって 来たときの景色とはまったく違って見えて やけに綺麗だった。この景色を見ただけでも良しとしよう。

     

分岐点の町 Tazenaktタズナクトに着いた時にはもうとっぷり暮れて真っ暗。最初に見つけたホテルに食事付きで即決。今晩はかなり寒い。隣の部屋とその向こうの部屋から毛布をかき集めてきて 重い毛布5枚に押しつぶされるように寝たらうなされてしまった。。。
夕食はこのところずっと同じタジーン料理。野菜を多めにしてと頼んでいる。
レストランのレパートリーってホントに少ない。。。家庭では皆何食べてんだろう。。。?

   


1月27日
国立公園を目指して山道へ入る。モロッコには4千メートルを越える山がある。その近辺で走ろうと思ってくねくね山道を登っていたら雪だった。
   

のろのろカーブを登って下りて、ずいぶん行った所のOuirganeオイルガンというチャーミングな湖畔(あるいはダム?)の町で数軒宿をあたって 暖炉付きの宿に決めた。流石に標高が高いから ここもかなり寒い。
     

       

マラソン前に風邪ひかないよう気をつけなきゃな。


1月27日

風邪ひかないように。。。と 言ってるそばから奴豚が風邪だ。 『いやんなるなぁ。』
マラソンまで三日なのに 喉の痛みをこじらせて ひどい咳。昨年末に日本からチェンマイまでOMIちゃんに運んでもらった風邪薬が役に立っていてありがたい。(感謝!)

マラケッシュに向けて戻る旅、最終編はOurika Valleyを訪ねる。入口の町 Imlilは流石にマラケッシュから近いとあって観光地化されていて土産物屋やレストランも多い。
           




川沿いのレストランは 本当に川ギリギリ沿い。

頬を撫でる風もキリッと冷たく乾いてすっきりする。


よし!、マラソンに向けてマラケッシュに戻ろう。





マラケッシュマラソン2010

     まずはエキスポとゼッケンピックアップの様子から。。

エキスポ



今年初のフルマラソン。我々にとっては初のアフリカ大陸でのマラソン。
これで7大陸制覇まで残すところ2大陸になった。


穏やかな日和のエキスポ会場。海外からの参加者で賑わっていた。
モロッコは今やヨーロッパ人の旅行先としては一番人気。圧倒的にフランス人が多い。
            
 ラジオのインタビュー受けたり。。 
   



今回は奴豚がネットを通じて交流している“世界を走ろう”フランスチームと合流。カナダでも東京でも会っているなじみの顔もあって、総勢35名の大所帯。(“世界を走ろう”という名前の仏語HPがあって、その常連コメンター達と言った方がいいか?)
ランチの席もずらりと伸びて、まとまりには欠けるが、それなりに面白い。

協賛はお茶の会社なんだね。




モロッコの女性は何かとタブーが多く、果たして太もも出して走っていいものか心配していたのだが、
エキスポで既に太ももを見かけたので安心した。






                   



いざ  マラソン当日

5時40分起床。スタートが8時半とあって やや気持ちに余裕がある。
     
宿の計らいで6時半に朝食を採らせてもらい 同じ宿のメンバー5人と知人のジャガーに乗り込んで会場入り。ここで他のメンバーと合流した。

国際マラソンではあるが 荷物預けがない。トイレもない。コース上にもトイレは設置されていない。どこぞで勝手にしてくれ、ということなんだな。明るくなってからのスタートだから 闇にまぎれて、、、というわけにもいかないな。。う~む。(ま、なんとかなるさ)



牛美にとって3度目のフルマラソン。初めて天候に恵まれ 燦々と輝く太陽をパチリ。
奴豚の隣は別名“Mr.Sunshine” 
彼の出場するレースは必ず晴れるという。雨男の奴豚と握手。今朝は晴れ男の勝ち! 
雨降っていないって それだけで嬉しい。


スタート前の気温は1℃でかなり肌寒い。
少し遅れてスタート合図。広い大通りをスタートしたので ゆっくりペースでも互いにあたらず触らず 和気あいあいと出発した。

     

「最初はゆっくり」今回もこの言葉を頭に、他人のペースに巻き込まれる事なく出だしのんびり。奴豚はものすごくひどい咳をしながらも、サブ4を目指して 他のメンバーと とっとと先へ。あの咳でいったいどうやって息をするんだか、呼吸困難にならないのが不思議な程だった。

     


最初の給水5キロ地点、亀足ランナー達には 水は残っていなかった。。。
「へ??!」 ちょっとショック。この先ずっとこうなのか?と不安がよぎる。

いうのもランニングベルトを軽くしようと思い、自分の腰のボトルにはポカリの粉末だけ入れて、途中で水を加えようと企んでいたからだ。
5キロごとの給水とスポンジのみ、それも限りがあるとは聞いていたが。。。そんなときの為に店で水を買う小銭は持って来たから気にせず行こう。
沿道は応援の人達で一杯だ。皆さん暖かく声援をおくってくれてとても嬉しい。
10キロの給水でボトルゲット。良かった。
(結局 その後30K、40Kの給水ポイントの水は品切れで 親切なレストランが無償でボトルを配ってくれた。心から嬉しかった)

     



前半は身も心も軽く いい気分で応援に応えながら徐々にスピードアップ。20キロ地点からリズムに乗ってきた。これから先は抜かされることは殆どない。先行ランナーをどんどんと抜いていける余力があるというのは実に気分が良いものだ。
前者を抜く度に 沿道の皆さんが声援してくれるというのもこれまた嬉しい。

     

気分よく進みながらもだんだんとお腹が緩くなってきてしまった。多少予想はしていたのだが、問題は「どこでするか」だ。沿道の応援が多いのはありがたいのだが、御陰で人目を忍んで茂みで用を足すというのが難しいのである。
死角になっている茂みや窪地を探しながら、お腹とのタイミングを計って走る事7キロ。(約1時間近くも我慢したんだなぁ、これが。。。)
ここぞ、という所をやっと見つけた。コースから極端に外れる事なくロスタイムも少なくて済みそうな ゴミ捨て場用に掘った窪地。『あぁ、完璧』。。。

     


35キロあたりまでは調子良く進めた。これならタイムも? とか 気持ちがそっちへ行くと良くないんだわ、実は。マラソンは35キロから!なんて偉そうなことを思った矢先に ペースが落ち始めた。やっぱり疲れるわ~~。
気持ちが萎えると自分に甘くなる。少し歩いてみようか、とか ストレッチしてみようか、なんて思ったら もうその先が辛くなってしまう。
足を叩いて気合いを入れてみるも 遅くなるばかりだ。


そんな時に 後ろからきた男性に「I help you. Come with me」と声をかけられた。

モロッコ人のそのおじさんは、私が30キロあたりで笑顔を交わして追い抜かした人だった。「ムッシュ、ありがとう。でもどうぞ先へ行って下さい。私はゆっくり行きますから」と最初は断ったのだが、ムッシュはなおも「一緒に走ろう。大丈夫、まだ行ける。ほら走ろう」と私を励まし 水を与え、叱咤激励しながらフィニッシュまでの残り7キロメートルを「あと5キロ、あと3キロ、あと2キロ。さぁあと400メートルだ」とカウントダウンしながら引っ張ってくれた。
足はほとんど上がっていなかっただろう。でも止まらなかった。ムッシュの励ましの御陰でフィニッシュまで頑張って走り続ける事が出来た。ありがとう。本当にありがとう。

今まで受けたモロッコのキャッチセールスのひどさは全て水に流そう。
あなたの御陰でモロッコの印象がガラリと変わりました。
お名前をうかがったのだが、長過ぎて聞き取れなかった。。。

後日談:公式HPでゼッケンを元に検索してお名前発見。1950年生まれの御年60歳のムッシュABDLMAJID FENNICH氏。

     

マラケッシュマラソンはコースも美しく応援も素敵で、とてもよいマラソン大会だった。


奴豚は咳にも負けず なんと100枚以上もの素敵な写真を撮りながら4時間4分でフィニッシュ。サブフォーには4分及ばなかったが、あの体調でよく頑張ったと思う。
牛美は 公式タイム4時間34分
一応、奴豚、牛美共に自己ベストである。

     
二週間ぶりのアルコール。シャワーも浴びずにビールで祝杯。嬉しそうな顔だなぁ。


応援して下さる皆様には ドラマチックにタイムが縮まらなくて申し訳ないのだが、亀足が牛歩程度に進歩はしているかと。。。(どんなもんでしょか?)

     

次は4月のボストンマラソン。
ちょっと時間があくのでその間ハーフの大会を何本か走ろうと思っている。

     翌日は洗濯。火曜からまたレンタカーでモロッコを巡る旅に出ます。


2月1日

マラソン終わって「世界を走ろう」チームもそれぞれの故郷へと戻り始めた。
いくつかのリヤドモロッコの旅館のこと)に分散して泊まっていたが互いに再会を祈ってひとりまたひとりと徐々に帰国の途についた。

洗濯日和の今日、モロッコの村の女性に習って 風呂場で足踏み洗い。ipodで音楽を聞きながら洗濯物の上で足踏み。。。昨日のマラソンの続きのようだ、汗かく。


奴豚の喉がひどいことになってしまったようで 咳も凄まじいが 強烈に喉が痛くなったらしく、宿の主人にSOSして 抗生物質の痛み止めを買ってきてもらう。
そんなこんなで 今日は一日休養日。



2月2日

朝からレンタカーで西海岸のEssaoiuraという港町を目指す。約170km程度。
奴豚の体調次第では延期を考えていたが 本人が行くと言ったら行く、と強気だったので、予定ではまず東のFEZへ行こうと思っていたのだが 距離を考慮して 近場に変更した。
今日がマラソン当日だったら嫌だな、という雨模様。道中降り出したが、Essaouiraの町に着いたときは晴れていた。
     

Windy Cityという名前がつくだけあって本当に強風が吹き荒れている。海上にはカイトサーフィンのセールが沢山。
こぢんまりした漁港。新鮮な魚が食べられると聞き夕食に期待。

     
宿は友人に勧められたリヤドは我々のバジェットより少々高めでやめておいた。
しつこく客引きにあっちだこっちだと連れて行かれた(ついていくなよ、ってか?)宿のなかで 比較的上品で清潔な安宿があったのでそこに決める。決め手はレセプションが誠実そうな女性だったから。今のところモロッコ人の女性は皆 働き者で静かで信頼出来る。

余談だが 初めての町に着いた時、時と場所によっては客引きに案内してもらうのもひとつの手である。勝手知ったるローカルに道案内をお願いしているのと同じで、掘り出し物件もあったりする。最後は失礼にならない程度にやんわりお断りする話術も必要ではあるが。。。
かけひきは上手に は 旅の術。





2月3日

自分で気に入って選んだ宿だったが、ベッドに虫が居たらしい。起きた時に『何かに噛まれたな』と思ったのだが、ほったらかしておいたら昼頃からポツポツとあちこちが腫れてきた。左側だけだ。あせって日本から持参したアレルギーの薬を飲んだ。左腕がボンボンに腫れてしまった。こうなってしまったらあとは薬の力に頼るしかない。清潔で綺麗な宿だと思ったのについてない。

さらにマックの電源チャージャーがいかれてしまった。よく見たらケーブルの一カ所が千切れてしまっていた。モロッコじゃマックショップなんてなさそうだしねぇ~。奴はスークにチャージャーがないかどうか見に行くと言う。ま、取り合えず町をぐるぐる回ってみたが、結論から言うと「あるわけないわな」。
宿に戻って牛美がおもむろにサンドイッチ屋から貰って来たアルミホイルを取り出し、ケーブルのビニール部分を削り始めた。この程度なら自分で直せそうじゃん、と裸にしたワイヤーをアルミで巻いてテープで固定して。。。 ほらね!直っちゃった。これでマルセイユに帰るまで十分もちそうだ。 ということでほっと安心。
今日は一日大雨だったので 近場を散策して戻って来た。




2月5日

カサブランカで友人一家の伝統の金曜のランチ「クスクス」に招待されていたので、早めにチェックアウトしてカサブランカを目指した。

     

海岸沿いに建つ 世界で3番目に大きなモスクを訪ねて 約束の時間まで暇つぶし。
カサブランカは綺麗に整理された大都会。ないものはないというほどヨーロッパの店が進出してきている。
もちろん まだ金持ちの別荘の隣にはバラックのような掘ったて小屋が建っているが。。。





立派なご自宅で野菜とチキンのクスクス。

            巨大。

掘っても掘ってもなくならなかった。さっぱり味で大変美味しかった。






前菜のサラダ、クスクス、デザートのフルーツと甘いお菓子のゆったりした昼食会だった。

のんびりしてしまったので 夕方焦って高速にのってフェズFESを目指した。




2月5日  FESフェズ

   カサブランカから高速とばして夜のフェズに着く。
マラケシュの宿の主人から借りたガイドブックの地図を頼りにまずはわかりやすい駅周辺へ向かった。ぐるぐる回って見つけたミドルクラスのホテルにチェックイン。我々には少し高めの価格だったが、この時間にメジナの迷路で宿探しはご免なのでここで納得。


  

  (左)とある寺院の祈りの時間   (右)モロッコ様式の回廊建築




             綺麗なタイルと綺麗なニャンコ



2月6日 

ゆっくり起床。
メジナとユダヤ地区を散策。フェズのメジナは他と比べてとても綺麗だ。これなら一日居ても嫌にならないかも? 客引きもあっさりしたもんで気が楽だ。

下↓は 福山雅治さんもここでお茶をしたと似非館長(絶対嘘だと思ったのでエセ館長と命名)が写真を見せながら案内してくれた迎賓館の内部。(福山氏の写真は年季が入っていた)
      



また懲りずにアーモンドを買って、ミントティーして、カフェの前を通り過ぎて行くロバやら人やらを眺めていた。
日本からの観光客が多いのだろう、あちこちから変なイントネーションの日本語で声をかけられる。これらは全部無視。
いちいち相手にしていたらきりがない。


余談だが アーモンドの木というのは桜科だと初めて知った。あちこちに桜が咲いていると思っていたが これらは全部アーモンドの木だった。今が満開、お花見にはぴったり。
      


モロッコに来てすっかり太ってしまった。。。
あれほど美食三昧の上海でさえ痩せたというのに、マラソン走ったのに太るなんて、しかもモロッコ料理で、、、というのが実に不本意である。朝食と甘いお茶のせいだろう。私はバターに弱いのだ。目の前になければ食べずにいられるが、ここの朝食ときたらパンとたっぷりのバターとジャム、それにコーヒー、搾りたてのオレンジジュースとほぼ決まっており、ホテルのグレードによってはこれにチーズや卵が加わったりするが、基本的にパンばかり。バターの摂取量はかなりだった。


伝統の騎馬祭り「ファンタジア」に出会った。
“モロッコ王国の騎兵の模擬戦のことで、騎馬により敵に向かって一列になって押し寄せ、いかに素早く戻ってくるかという技術の鍛錬として行われていたのが伝統となり、祭りの形で残っている”そうだ。



2月7日
午前中はフェズの見残した場所を車で回った。



丘の上から見る町はとても綺麗だ。。。
だが、それにしても一番 目につくのはおびただしい数のパラボラアンテナ。一斉に同じ方角を向いているのは(当たり前だが)異様な光景だ。
          

小さな町や村を通り過ぎながら 夕方Beni-Mellalという町に宿を取った。
どの町も村も土ぼこりもうもうだ。大都会以外はどこに行ってもこうだな。
比較的綺麗だった宿のお湯は時間制限付きで19時~20時のみだった。


2月8日

レンタカー旅 最終日。夜にはマラケシュに戻るので 早朝起床でBeni-Mellalの町を出て東へ急いだ。マラケシュに戻る前に行きたい場所が3カ所あるのだ。

まずはヒマラヤの秘境がこつ然と存在するかのような神々しい山並みが見れるというAit-Bou-Goumezへ。

ガイドを読む限りでは半信半疑だったのだが、えっちらおっちらくねくね山道を登り、チラホラと残雪が目につき始めた頃、大きなカーブを曲がった先の坂を上った視界に入って来た光景に、二人共息をのんだ。『息をのむ』とはこうゆうことだったのか、、、と思った。

   

雲の切れ間から射し込む陽の光を受けた 驚くほど雄大で、静かで、どっしりとした、ありえないほど美しい山々の光景だった。
車を停め、冷気の中で鳥の声だけを聞きながら 雲が流れて行くさまを見つめていたら涙が出てきた。そこにしばらく黙って突っ立っていた。通り過ぎる車もなく、遠くにロバに荷を積んで運ぶ老人の姿が見えるだけだ。いったいどこまで行くのだろう、あの人は。。。
何て光景なんだろう。「来て良かった」と心から思った。


さて、感動を胸に 次はモロッコで一番と言われる滝Cascades D'Ouzoudへ。
柵も何もない そこから先は真っ逆さまの滝壺。気を許すとふらりと吸い込まれてしまいそうで怖い。

  
及び腰で覗き込む奴豚。。。と、、ドウドウと落ちる滝壺がこうゆう風に見える


海外はこうゆう所が好きだ。イチイチ“ここから先危険”だの柵だのせずに自己責任という姿勢がいい。 夜は来れないな~。
    
 (左)まさにここから滝が落ち始めるサマ (右)全体図


日が沈む前にもう一カ所。
急ぎ足で向かったのはDemnateという町の6キロ先にあるImi-n Ifriという橋。


橋と言っても自然の地形が作ったアーチで、洞穴とも言えなくない。これを橋と見るか洞穴と見るかは国や習慣の違いなんだろうな。

夕暮れ時でコウモリが飛び立って行くのを見送った。




さぁ、これでモロッコ周遊観光 全て終了。
マラケシュに向けて戻ろう。
ヘッドライトの視界に急に飛び込んでくる自転車やロバ車をヒヤヒヤ追い越しながら 一路マラケシュへと夜の帳のおりた荒野の一本道を走った。



マラケシュのメジナ内部にあるリヤド(宿)に着くまで、くねくねと迷路のような細い道を通る。知らなければ絶対に辿り着けないよなぁ。。 
車を停め、セキュリティーにチップを払って、レンタカーのモロッコ旅が終わった。

色んな人達と色んなことでもめたり交渉したりと連日連夜、次から次から本当に奴豚、お疲れさんだったね。。。
モロッコ、疲れたわぁ~~。
 

20150619110152a8e.jpg