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26日夜は一睡も出来ず。3時に顔も洗わずそのまま空港へ。

6時30分発のベトナム・ハノイ行きに乗り込み気絶するように寝入って ハノイ着なり。

初めてのベトナム。空港ではまずはビザを買わねばならぬ。
日本人は15日間の滞在まではビザを手配することなく入国が可能だが、今回は28日間なのであらかじめネットでVisa on arrival の手配をしておき、空港到着時に1カ月のビザを購入した。
ひとり25ドルなり。列に並んですんなりビザがおりた。



ハノイ空港にはインフォメーションカウンターがいくつもあり、どれが政府公認なのかわからない。ひとまずすべての窓口を訪れ市内への行き方を聞いてみた。

下調べしておいたミニバスで行くつもりではあったが、一応タクシーの値段を聞いてみたところ、面白いかな全員が違う値段を提示したんだなぁ、これが。おなじカウンターで働く別のスタッフでさえ違う値段を言うのもかなり笑える。みんなそれぞれコミッションの乗せ具合が違うってことだね。
ところが、外に待機しているタクシーは行き先別の定額制じゃないか。
なんだ? インフォメーションセンター??? 随分高い値段を口にしていたなぁ、奴ら。

まったく… と呆れつつ、ミニバスなんて不便で時間かかるからやめろと言われたミニバスにした。
10人乗りの乗合ミニバスは、無駄口たたかず我々のホテルへ直行。至極快適にしかもタクシー代の3分の一の値段で宿に到着。

一事が万事、これがベトナム式という訳、まずは疑ってかかる事から始めよう。


旧市街の安宿に荷を置いて、すぐに散策へ。



近所の道端でフォー(麺)を注文する。

風呂の洗い椅子のような物に腰掛け、( 左手写真の椅子のようなもの)…、ローカルのOL達に混じってスープ麺を食する。
なんだか解らない揚げ物も頼んでみる。

美味しい。





道端の埃とバイクの排気ガスを吹きかけられながら、ベトナム最初のランチなり。

わるくない。






ハノイ観光では外せないと名高い ウォーターパペット も見たし、初日からやけに精力的に歩き回ってあらかた市内を巡ってしまう。


ウォーターパペットとは:

操り人形芝居を水の上で見せる劇場のことで、上から糸を操るのと違い、影のパフォーマーは水に半身浸かったまま人形を操るのである。
話の種に見ておけば?程度のオススメ度。




4月28日 ハノイ滞在二日目


東南アジアのハッシュはジャングルを走るので嫌だ!と頑なに断ってきた牛美だが、今回は奴豚から頼みこまれてハノイ二日目にして、ハッシュランに参加してみた。



日本と同じゴールデンウイーク休暇の今週は、ローカルの皆が行楽地へと大移動。大渋滞。
我々を乗せたハッシュバスは午後1時半、市内をあとに 一路、北の山方面へ向かって1時間ほどひた走った。




やっぱり山か。。。藪だな、きっと。。。





思った通りのブッシュランであった。




仕方ない、来た以上はきっちり参加させていただきましょう。
長袖にしときゃ良かった。。。と後悔しつつ、皆からはぐれないよう くっついて走った。



こうゆう場所なら喜んで走るんだが…
長くは続かず、すぐまた藪へ。





急勾配で滑って転ぶ。擦り傷作って何とか無事 帰還。

途中、迷子者二人。






夕方 暮れ行く山の麓で ダウンダウンの会合で お決まりのビール。

文句垂れながらも、アップダウンでかなりの運動量。
いい汗流した ハッシュランだった。










4月28~29日

ハロン湾を巡るクルーズで船中一泊のツアーに参加。

ツアーってのとは相性悪いんだが、ツアーに入った方が何かと便利な時もある。
おまけにベトナム版ゴールデンウイークの最中とあっては余計に。



さて、世界遺産のハロン湾。

大小1600もの島がうかぶ ”海の桂林” の別名を持つ美しいところ。

ちょっと高いんじゃないの? 格安ツアーの 観光客プライスと知ってのうえでも、『やっぱり高いんじゃないの? 』と思いつつ、ツアー送迎バスの狭い車中で揺られること3時間半。


やって来ました、クルーズ乗り場。
怪しい渡し船に乗り 係留してある我らがクルーズ船に横付け……。。。


あれ? ちょいと待てよ、写真と違うじゃない?
違うというか、違い過ぎ? 何かの間違いじゃないの? おいおい、やられたなぁ~~~。
流石 ベトナムだ。

百歩譲って 皆 それぞれ意味ありげに顔を見合わせながら乗船。


今宵の寝床である船室をあてがわれた。ここもツアー申込時に見せてもらった写真とは大きく違う船室。

まぁ、安いツアーなんだからこんなもんでしょ、と奴豚をなだめて、船はゆっくり沖へ向かって出航した。


食事は込みだし、洞窟見学とカヤックもツアーに含まれているんだから文句は言うまい。


とは言え、ゴールデンウイークとあって洞窟はごった返すヒトヒトヒト、人人人、人の波。

私、パスしていいかしらん?と言いたかったが、列に続いて洞窟見学。
元旦の明治神宮並みだったが、洞窟自体はなかなかだった。







        


夕凪、心地良い風を頬にうけつつ、夕陽に送られ 今宵の係留場所へと 島々の中を抜けて 静かに静かに船は進んでいく。
クルーズ中で最も素晴らしかった時間。



     暑かった太陽も優しい光。
        また明日ね…






 ホントはこんな船を予想してたんだけど。。。

  確か旅行社で見た写真もこんな感じだったように思うのは気のせいかしらん。。。??




終わってみたら、素晴らしい景色、古い船でも快適なクルーズだった。
高いクルーズも安いクルーズも、見るのは同じ景色なり。


宿近くの旅行社でツアー手配。イマイチ信頼のおけなさそうな軽いノリの親父さんから$68+クレジットカード利用料=$72也。安い部類に入るがそれでも観光地プライス、正直高すぎると思う。


フエに来たら ブログが開けない。。。


仕方なく番外編ブログへ移動します。ここをクリックして飛んで来て下さいまし。



4月30日ー5月1日 ベトナム ハノイ



ハロン湾クルーズから戻り 翌日と翌々日は市内をだらんこだらんこ歩く。

暑過ぎて意識がもうろうとする。こりゃアカン、と茶店に避難。

殺人的な暑さで脳味噌が沸騰するかと思った。ベトナムの5月は尋常じゃない暑さ。ちょっと歩いて休んで、と休み休み散策していて、もう駄目だと宿に戻り頭を冷やす。頭痛がひどい。熱中症の手前だろうな。



下はハノイ旧市街の道ばたバー。ビール1杯20円なり。






5月2日 夜行寝台列車で フエへと移動した。


電車の切符は旅行代理店で購入。数店を価格比較してシンカフェ提示値が最安だったが、対応がイマイチだったので、隣の旅行代理店で値段交渉し同値段$45で購入。
駅で直接買うと$42なのでさほどぼられていない。



19時半きっかりにハノイ駅を出発。4人用のコンパートメント。列車は古く車内は木製。

  

えらく揺れるが、そのうち疲れて22時ごろには眠りについた。同室になったのはベトナムのお嬢様達だったが言葉通じず、互いに微笑み合うだけ。

 

5月3日 午前10時 定刻 フエの町に着いた。あ~、ここも暑いわぁ。。。

 

 

 

HUE  フエ


フエの見所は王宮跡。
世界遺産に指定されたが、ベトナム戦争中に大破し、長い年月をかけて修復中。

ほんの一部しか修復されていない。





午前中のまだ気温が低めの間に回ろうと 早起きしてきたが、蝉の大合唱がひときわ暑さを煽るようだった。

       



そして王宮を出ると、

      バイク バイク バイク。





       川岸には装飾をこらした

             船、船、船。





市場へ行ってみる。

お母さん達が逞しく働いている姿。
        


   ベトナムの人は男女共に本当に働き者だと思う。

           そして力持ちだ。








フエの名物料理はなんだかどれもモチモチツルツルしている。



米の粉を練って蒸して 半生状のものに海老を包んだりまぶしたり。辛いタレをつけないとお菓子かと思う食感。ご飯という気にならない。
話の種に食べてみたが、一度で充分だな。

フォーや汁麺の方が好みである。

      


   ニョクマムの種類は豊富だ。   
 
 

何故かまたブログが開けるようになったので出戻ってきた。

どうなってんだかよくわからんなぁ、ベトナムのネット事情。。。


フエからバスで3時間半、世界遺産の街 ホイアンへ。
ここは暑いだけじゃなくて湿度が高い。参るわー。
(フエからはバス利用。シンカフェ旅行代理店のバスで$3也。絶景のハイヴァン峠はトンネルでスルーするので景色はさほど見る事が出来ないが便利さと格安さでは一番)



昼に着いて少し宿で休んでから タダで貸し出している宿の自転車で世界遺産古都見学へ。
車の乗り入れ禁止のため静かでのんびり回れてイイぞ。
木曽の馬籠宿を思い出した。



江戸時代まで日本人も沢山(千人程)住んでいたそうな。日本橋という屋根付きの古い橋が残っている。が、鎖国が始まって日本に帰国出来ず、ここで一生を終えた人達の墓も点在するそうな。

現在受け継がれ守られている建築物は華人が再建したものらしい。

        


趣のある落ち着いたとてもいい古い街並み。美しい。
そこが店屋、ギャラリー、飲食店になっている。
いかにも、という観光地化度が低めで、上品に主張する程度。
作りものっぽくないところがいい。



夜も実にチャーミングだ。


        



夏祭りの夜を彷彿させてくれた懐かしい満月の宵。

三泊の予定。


やっと走る気になった。

奴豚はフエから走っているが、牛美のばあい 暑さに負けていた。
       こんなことではあかん とは思っていたのだが。。。

こんな時 一番刺激になるのが 走っている人を目の当たりにすることである。汗して走っている人を見ると俄然やる気が出てくる。

    そう、単純な頭、単純な思考、単純な性格。



、5月6日 午前は次なる目的地ナチャンへ向けての移動手段=バスのチケットを求めて、ベトナムでは絶大な信頼を誇るシンカフェという旅行代理店で夜行寝台バスのチケットを購入。15$也。




 その後 自転車でビーチへ行き、まったりしたあと 夕方戻って いざホイアンの古い町並みを巡るジョギングに出た。




大通りを外せば 車やバイクも少なく 川沿いは風も心地よい。

が、川沿いを離れると むわり! と熱気がまとわりついてくる。


ウェストベルトに持参したボトルの水を頭のてっぺんにかけながら約1時間のジョギング。


暮れ行く街の色と音と匂い。
街角から流れてきた「花」(喜納昌吉の川は流れてどこどこゆくの)のBGMがやけにマッチしていた。





              どこを撮っても絵になる街



         



        



     





        



            




          





通常、日本人のツアーならば3時間程度でさらっとまわって、さぁ次の町へ移動しますよー、という程度の位置づけのホイアンの街。

我々、三泊。




古いギャラリーをのぞく。築200年の木造二階建て家屋。
天井が高く、吹き抜けがあり、小さいながら居心地の良い中庭があり、暑い日でも涼しい風が吹き抜けていく。
時が止まったような気怠い午後。

中庭のどっしりした木のベンチにずーっとこのまま腰掛けていたい。。。


古い街で遥か昔のことを思い出していた午後。

          


さあお次はニャチャン。

夜行バス、うーむ。安全運転を願おう。









ニャチャンへのバス情報

ホイアンを19時に出発。
日本にはない寝台バスで11時間の長旅。シンカフェバス利用。

ガタイの大きな欧米人には超悪評のバス。我々のようなコンパクトサイズには何の問題もなかった。

二段ベッドがこんな風に並んでいる。

      

色んな方々のブログを読み研究して 上段の窓側を選択。結果正解。


避けたいベッドは最前列(足が伸ばせない)、トイレ上に設置の座席番号28は天井に頭がつかえるのでNG。最後部のベッドは家族連れには便利。

運転手二人が交代で運転。運転していない方が1時間毎にトイレ掃除していた。途中運転手が喫煙ブレイクを三回。

車内は土足厳禁。脱いだ靴は袋に入れてベッド下のコンパートメントに。
車内は快適温度に保たれ毛布も貸してくれる。ミネラルウォーター1本と紙おしぼりサービス。


ベッドは狭く、道路事情は悪くおかげで 揺れは激しく、眠れなかったが文句なし。
$15ドル 便利だ。

電車利用と比較すると:ホイアンには駅が無いのでバスで一旦ダナンへ出て電車乗換で10時間。$20
基本的に電車の旅が好きだが、寝台バスの経験も面白いね。




5月9日。ニャチャン到着は6時で、すでに気温高かった。
ベトナムもサマータイム導入したらいかが? (日本もそうだけど)

バス移動中に眠れなかったので宿にチェックインして仮眠。
眠れはせなんだが、身体は楽になった。


昼食に出かけ 腹一杯になったら眠気が襲って来たので 戻って昼寝。


夕方 海岸沿い遊歩道を走りに行った。
ジモティー(地元の人達)が そぞろ歩く歩道をジグザグによけながら、海岸の端から端へゆっくり走る。

この為に来たんだもの ニャチャン。6月末のミッドナイトサンフルマラソンの準備。


翌、5月10日。 今朝もジョギングに行ってきたが。。。
   7時では遅過ぎだ。。 暑くて走っていられん。
   5時頃 走らないと駄目だなぁ。。。



昨日も言ったが、10日は朝のうちに走りに出た……が、… 6時半を回るともうすでに暑いじゃないか。
ジモティーさん達は我々が走り出す頃には 運動や水浴びを終えて帰る支度だ。

すっかり高く昇ったお天道様はギランギラン照りつけて、遮るものが無いビーチウォークを走る牛美はすでに息絶え絶えじゃないか。。。
奴豚は砂の上を五本指シューズで走っていた。

途中でヤーメタと競歩に変更。やはり暑いのは苦手、辛いわい。バリマラソン出走しなくて良かったわぁ~と今更ながら思った。


でもって 翌 11日
  今日はもっと早くスタートしてやろう! と 目覚ましを早めにセットしたはいいが、結局 走り出しは6時10分。
それでも 昨日より涼しいぞ。
なんせ 昨日48分かかった同じ距離が、今朝は35分だ。大きな違い。
ストレッチして海にザブン。あぁ~極楽。

それでもやっぱりジモティーさん達は帰り支度だったから、よぅし!明朝は5時スタート目標だ。


ふと気がついた。一枚もニャチャンの写真を撮っていない。。。



現在地 ダラット

すんません、また アクセス不可。 VPNなしにはアクセス出来ないので、また あっちの番外編へ避難することにします。。。

番外編はこちら
             近日 更新予定


だらっと  しに来たわけでは無い、ここは ダラットという町。
(寒いダジャレ…)

ニャチャンからバスで3時間半。山路をくねくね。道中大雨、土砂降りで土砂が轟々と流れる斜面をトラックとすれ違うたびヒヤヒヤしながら登ってきた。運転手は慣れたもんで速度を落とす素振りすらなかったが無事到着。車内では車酔いした子供達がゲーげ~吐いてたが。。。


標高1500m。あぁ~~ 涼しいぞ。


ここがベトナムとは信じ難い涼風が緑の木々を吹き渡り 恵みの雨で新鮮野菜やフルーツがたんと育ち、
ワイナリーまである(味はイマイチ)。




100年前にフランス政府が造った高原のリゾートである。
プチ エッフェル塔もどきまであり 街全体がフランス的でおしゃれだ。フランス人はこういった町のデザインや建築をさせたらピカイチだなぁ。

人造湖(どちらかというと大きめの人造池)の周りをジョギング。一周5キロ。

安宿も快適だ。家主は仏語英語ペラペラの若い夫婦。昨日第一子が誕生したばかりのほやほやのお父さんは忙しそうだがナイスガイである。
一泊15ドル、朝食は1ドル。新築でシャワーの出もよくネットもまぁまぁ。ネットの速度が遅いんだけど…と言いに行ったらルーターを部屋に持って来てくれた。

5泊の予定。夜も涼しく良く眠れそうだ。



14日朝、予定外の宿移動。

出産後で忙しいオーナー夫婦は宿の切り盛りを妹に任せたらしいのだが、どうもこの妹 守銭奴っぽい。みかけはフレンドリーなのだが金銭に関わるとシビア。

兄上(宿主)から聞いた事と食い違いが多くなってきた。

『 おかしいなぁ、話が違うんじゃない?』奴豚と顔を見合せ目配せ。
短気な奴豚はその足でさっさと他所の宿を見つけに行き 即座に引越しとあいなった。

今度の宿はさらにお安い、10ドル也。ネット速度も速く、ブログにもアクセス可能。大きな窓とベランダ付き。窓なしの部屋が多いベトナムにあってこれは嬉しい。( 窓なしはベトナムに限らずアジアでは比較的標準だが、窓なし部屋はどんなに安かろうと選択外である。)


浮いた5ドルでオートバイを一日レンタルして 本日はハイキングに行ったのであった。
    
写真左)湖畔でランチタイム    中央)500円レンタルバイク   右)バゲットサンドは美味だ


ベトナムの100円は日本のそれよりずーっと価値が高いのである。(けち臭いなぁ。。。)


    
     ハイキング中 象さんに出会う 
     お鼻はやっぱり長いのね~

     



毎日午後1時に決まって通り雨が降っている。午前中は眩しいほどの綺麗な快晴で風が涼しく素晴らしい天気も、午後になると黒い雲に覆われザァーっと一気に降る。
お陰で涼しいのなんの。皆さん冬服だね。



ブログがあっちいったり戻ったりとせわしなくて申し訳ない。VPNを利用すれば解消されるのだが、iPadは無理なもんで。。。





高原リゾート ダラットは ベトナム人のハネムーンのメッカらしい。
花が咲き乱れ ちょいとお洒落で 爽やか、フラワーガーデンや愛の盆地と名付けられた公園もある。
愛の盆地… 愛の盆地。。。

人造湖周囲を馬車に乗って回る事だって出来る。
立派な教会で式を挙げ そのまま馬車で、という洒落たご披露も可能。

まさに式のリハーサル時だった教会。



見所は それほどない。
フランス統治時代のパレスがホテルに改装されているので、中を見学したり、ベトナムで最も古い駅を見に行ったり(現在は観光列車のみ運行) (写真下)





ここは面白いなと思ったのは<クレイジーハウス>と呼ばれるホテル。


とは言え、実際泊まるひとは少ないと思われるが。。。


曲線を使ったおもちゃの城のようでもあり、お化け屋敷のようでもあり、ともかく奇抜なアイデア満載の建物(いや、ホテル)。

迷路のようにつながる歩道は地下から屋根から、各部屋からコーヒーショップから、土産物屋から、ずるずる上へ下へとつながっていて、メビウスの帯みたいだ。


オーナー兼建築家のベトナム女性の手による作品とも言える建築物。
部屋はサイズも形もデザインもどれも違い、各部屋にはテーマに沿った名前がついている。

この建物、どんどん伸びている。まだまだ完成する気配なく、上へ横へ増殖するアメーバのように広がっていっている。オーナー女史は この建物をライフワークとしていて、さらなるひらめきに誘われ 大きく伸びていくのだろうなぁ。なかなか面白い。

因みに宿泊料は一泊25ドルから。日がな一日見学者が出入りするから落ち着かないのと、部屋がカビ臭いので泊まるのはどうかな…





高原野菜やフルーツは豊富で新鮮。

でも何故か 貝類も特産らしいんだ。貝類、苦手なんだが、奴豚が食べたいというからお付き合い。
炭火焼やらスープやら。少々砂あり、だが思った以上に美味しくいただけた。


昨日に味をしめて また500円バイクをレンタル。

昨日は南方面だったので 本日は北側を攻める。

コースガイドや地図なんてもんはない。
高いツアー料を払ってガイド付きでトレッキングに行くのは性に合わん。標識なんてもんもないらしい。




ならば、と 自分達でコースに印をつけようとのことで、毛糸玉をひとつ購入。

歩いたコースの要所要所に毛糸を巻き付けて目印にしながら山道へ入って行った。

    写真左は ピンク色の毛糸を巻き付けている奴豚。






山道 というより 農道に近い。

両側は果てしなく畑。山の斜面を利用して 色々な野菜が植わっている。

連日の雨で 赤土のぬかるみ。
たびたび 石や枯れ枝をずるずる引きずっていき水没した道の上にかろうじて歩ける道を造って進む。




雲行きが怪しいと思っていたら 案の定 降られた。。。
通り雨じゃなく 本日は本降りだった。

それも どしゃぶりじゃないか。。。

近くの農家の軒下に駆け込んで「すみませ~ん、雨宿りさせて下さい」

    椅子を借りて ランチタイム。




     
写真上左)この景色を見ながらランチ    写真上右)飼い犬のワン子(まだ子供)



農家の息子は雨でも仕事に出掛けて行った。

 昼が終わって 野良作業に出掛ける息子さん。



ご近所さん 皆さん一緒に裏山へと消えて行った。。。



約1時間ほど 雨宿りをさせてもらい 雨脚が弱まったところで帰路に。ピンクの毛糸を頼りにバイクまで戻る。
宿へ戻る間も雨に打たれて しっぽり濡れて凍えそうだった。


ダラットのトレッキング編は終了。



5月16日。 5泊のダラット滞在も終わり。毎日涼しかった。
雨もよく降った、降った。

最終日は洗濯、荷造り。

さらに、この先の旅程計画と7月のスカンジナビア旅の諸々の予約を入れまくった。
スカンジナビアの7月はピークシーズン。今のうちに予約しておかないと一杯になってしまうのである。
スウェーデンに電話したりなんやかんやと忙しかった。
それにしても物価の高いスカンジナビア。。。怒濤の浪費。。(いや、必要経費) キビシいなぁ~、どうやって生きて行こう 一ヶ月も。。。


それに比べてベトナムは懐に優しい。。。
我々 28日の滞在で交通費も含めて 約10万円というところだ。特に節約したつもりも、必要以上の贅沢も ない。




定番のフォー。 

写真下)左が麺のどんぶり。ライムとチリをお好みで、野菜を好きなだけトッピングして、、、、、、、、、、写真右)が出来上がり。
    


ダラットからホーチミン(サイゴン)まで バスの移動。
今度は8時間の旅なり。




5月17日

午前7時15分に約束通り 迎えのバスが来た。

          ホーチミン(サイゴン)へ向かうのである。

シンカフェ 改め シンツーリスト(旅行社)の前に集められた客は大型バスに乗り換え 定刻の8時より早めに出発した。

シンカフェは信頼出来る旅行社である。大抵の場合 値段設定は一番安く 約束は守るし 安全優先。他で頼むと必ず手数料が数パーセントのっかってくるので 微々たる金額ながら あっちで1ドルこっちで2ドルと余分に払うことになる。
偽シンカフェが続々オープンして ハノイでは軒並みシンカフェという名前の旅行社で呆れたのだが、そのせいかどうかは定かではないが、本家本元シンカフェは最近 名称及びロゴを一新したのだった。
新名称はシンツーリスト。ベトナム旅の際は迷わず真っ直ぐここへ行くことをお勧めする。

車内がすいていたので 一人で二席を占拠し、ゆったり座ってはいたが、それでも8時間強のバス旅は疲れた。
途中 トイレ休憩、ランチ休憩と3回停まり サイゴン着は午後5時。


予約していたゲストハウスまでは距離にして300メートル程。予定通りスムーズに到着、よしよし。

着いたら ゲストハウスの部屋がなんと6階だとな。。。それも階段。。。
奴豚は20キロのバックを担いで6階まで昇ったのだった。ご苦労、ご苦労。


無事 サイゴン着であります。



ベトナムに来て三週間経過。

ハノイから始まり北から南への縦断旅で色んな町を通り過ぎてきた。ハノイ、ハロン湾、フエ、ダナン、ホイアン、ニャチャン、ダラット、サイゴン。多分それからクチとメコン川、ミトーと訪ねる予定だ。

色々な宗教がある。教会も多くクリスチャンが多い。キンキラキンや花で一杯の寺、神社と寺が一緒になった建物、他にも多種多様な宗教が混在している。


カオダイ教というベトナム独自の宗教の寺院内。
仏教、キリスト教、ヒンズー教が混ざっている。

毎日 朝、昼、午後、夜 と 四回ミサがある。
                      

どこの町にも大なり小なり市場があり、土産物屋があり、バス停があり、安い食堂があった。市場では鶏を絞めるところや鰻を裂くところとか庶民の台所の匂いを嗅いできた。


大都会サイゴンには何でもあるが物価はダラットの倍だ。牛美の場合、物の価値は百均(100円ショップ)がバロメーター。百均で買える物をそれ以上の値で買う気はない。日本の百均は実に優れものである。
唯一、見つけたら買おうと思っていた物がある。パンプス型のゴムサンダルである。ワニのロゴが付いたメーカーのもので気に入って履き潰し底が磨り減ってきた。
製造元がベトナムや中国なんだから、いわゆるfell from the truck と呼ばれる "輸送中にトラックから誤って落ちたという名目品" をさばく店があるんじゃないか?と思っていたのだ。(カンボジアにはよくあるんだな、こうゆう闇屋が。)あった、闇屋じゃないよ、普通の店に。日本正規価格の十分の一、とは安過ぎるからきっとニセモンだろうが、ゴムサンダルの価値ってこの程度のもんじゃないのかなぁー、根本的に。



ベトナムには仏人観光客がとても多い。オーストラリア人とロシア人が次いで多く、日本人はサイゴンに来て俄然多く見かけるようになった。

何処となく中国的でありながらもヨーロッパの名残を濃く残し、カンボジアに近い様相も見かけられるベトナム。そしてなんだか日本人気質に近い気もちょっとする。なんだろう、生真面目そうなところとか、へらへらしないところとか、英語が苦手なアジア人なところとか、欧米人の冗談を真面目に受け取るところとか。。。かな。


1975年の終戦からここまで復興発展してきたのだなぁ……






サイゴンは何でも高い。今まで20円で楽しんでいたビールが50円。食費が今までの倍だ。フォーも最安値200円。ゴミゴミさは北の都会のハノイとそう変わらないが、個人的にはハノイの方が味があって好きだ。



5月20日(日)奴豚はハッシュランへ。

一緒に行こうとしつこく懇願されたがビシッと却下。
昼過ぎに集合場所までついて行ってやったら、ローカルメンバーに目ざとく見つかり「おや、ママのお見送りかい?」と囃される。ハッシャー達は口が悪いから 意地悪な冗談を平気で言うのだ。いちいち真に受ける事はなく、冗談で返してやればよい。咄嗟に気の利いた事が言えない時は黙って受け流すだけ。
          
さて、はれてひとりでのんびりウィンドウを覗いたり、お茶しながら絵葉書書いたりと自由時間を満喫し、夕方は近くの公園をジモティーに混じって走った。

奴豚は深夜近くに酔っ払って戻る。なんとカメラを壊してきたのすら気付いていない。ご機嫌の様子に立腹する牛美。酔っぱらいに何を言っても仕方ない。さっさと寝かせつける。お小言は翌日に持ち越す。



21日(月)カメラの壊れたケース部分をなんとか修理、
と言ってもテープで補強するしかすべなし。

防水、防砂、耐衝撃もケースがもげてしまっては役に立たない。
何故、そこまではしゃがねばならんのだ、ハッシュランくらいで。。。ったく!
散策途中、バイクに乗った2人組の男にひったくられそうになる。狙われたのは奴豚のネックレス。よく見えたね~と思うほど小さな物を狙ってきたが、失敗して走り去っていった。こちらは怪我もなく良かったが、きっと奴豚は二日酔いの馬鹿面だったんだろうと内心思っている。

午後はiPhone関連のアクセサリーを探して街をぶらぶら。値切れば値切るだけ下がる。いったい元はいくらなんだ??




22日(火)ベトコンの使っていたクチトンネル見学ツアーに参加。

    
サイゴンからカンボジア国境方面へ約100キロ程行ったところ、クチという場所の森林に残された250キロメートルにもわたるトンネル跡を、説明をうけながらその一部を見学す。

実際にトンネル内を歩かせてもらう。歩くと言うより腰をかがめたまま進む。トンネルの高さは80センチくらいか? 幅も狭い。太め、長身、年配は入る事が出来ない。
100m進んで出口へ。汗でびっしょりだ。現地ガイド氏から色々と説明をうけ、戦争がいかに邪悪で狂気なものかを考える時間であった。




ベトコンサンダルとはこれ。

これが標準装備の軍靴。古タイヤから作る。

ちなみにこのひとはマネキンさん。






23日(水)戦争資料館へ行く
昨日のトンネルとセットで見学するとなお解りやすい。
アメリカ人はここへ来るのは辛いだろうと思う展示で一杯である。ベトナム戦争とはいったい何だったのか、誰による誰のための戦いだったのか。戦争で儲ける大企業と犠牲になる罪のない弱者。

    

枯れ葉剤の悪夢はまだ続いている。いや、悪夢ではなく現実だ。汚染された土壌に住み、汚染された食料を摂取し続けた結果。どこかと似ていないか?


ベトナムに来た以上、戦争の跡に目をふさぐわけにはいかないだろう。
あれ程長期にわたった非人道的な狂気の歴史を見ておくべきだと思う。

今も戦い続ける国、人がいる。憎みあう人達がいる。これだけ世の中が進化しようと、人を憎む心は変わらないのか、、、我々人間という愚かな生き物は。。



ビールの話から戦争へと話題がぶっ飛び、28日間にわたるベトナム滞在も今日で最後。

来てよかった。





スーパーカブバイクのぶんぶん言う騒音とも、気狂いじみたクラクションとも お別れ。

ベトナムの道路走行ルールは【大型車が優先権を持つ】というシンプルなもの。(私的判断です、あしからず)
トラックやバスは小型車に幅寄せしまくり、バイクを脇に追いやり、道の真ん中を突っ走る。
もともと車線なんてない(たまにあるところもあるが)…逆走は当たり前、歩道も走るし信号は無視。
それでも、そこには暗黙のルールがありそれなりの秩序を保っていた。



毎日同じ物売り達に同じ物を押し売りされる。相手もいい加減 顔を覚えたろうが そんなことはお構いなし。昨日は要らなくても 今日は気が変わって要るかもしれん、そんなこともあるか。。。継続は力なり。



英会話の練習代わりに、外国人が多く集まる道端バーへやって来る現地の青少年達。どこから来たか? どこへ行くのか? 初歩会話からスタートするお決まりのフレーズと理解に苦しむ辛い長い会話時間も連日続くと疲れて、奴豚がポツリ「ゴメン、今日は話したくないんだ。。」 いい人でい続けるのには忍耐力が必要だ。
それとは逆に少女達はもっと気さく、、、というか目的が違うというか。。。


どこの国を訪ねても 記憶に強く残るのは田舎だ。
都会には都会の利便性と清潔感があるが、素朴さの残る人口密度の低い気さくでチャーミングな街並みは心に残る。
今回のベトナムで一番心惹かれた場所はホイアン。
ゆったりと時が流れ、静かな海岸も水が澄み 気持ちもふっくらした場所だった。宿の隣の食堂もピカイチだったし。
ホイアンで食事するならココ Cafe_43-




旅は出てよし戻ってよし。だんだんホームタウンになりつつある(気持ちの上で)クアラルンプールへ戻るのが これまた楽しみだ。


24日 エアアジアでサイゴンからKLまでひとっ飛び。






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