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フォークランド諸島だより


プンタアレナスフォークランド諸島のミリタリー空港”Mount Pleasant ”間を結ぶ便は毎週土曜日、一便のみである。

フォークランド諸島の首都 スタンリーで開催される スタンダードチャーター(銀行)スタンリーマラソンは今年で9回目。3月17日(日)なので着いた翌日、即、走ることになる。

11時55分発 ラン航空、ランナーで満席かと思いきや、それほどでもない。ランナーだなと分かる人達と機内で雑談。ブラジル人の友人アレックスもリオデジャネイロから乗り継いで合流した。アレックスとは昨年9月のブエノスアイレスマラソンで知り合った。フォークランドに誘ったら喜んで参加してくれたのである。

      

もしラン航空の手違いで預けた荷物が届かない場合を考慮して、ランパン、ランニングシューズは身につけていた。(我々の南米系航空会社への信頼は薄いのである。)

午後2時定刻着。荷物を無事引き取り 入国審査もすんなり、荷物チェックも無く 宿を通じて頼んでおいた送迎のMr.エイドリアンのバンでスタンリーの町へ向かった。

      

途中、数カ所で止まって 写真撮影なり。
道路脇に地雷が埋まっている場所というのもそうそうお目にかかれないからね。


一週間お世話になるのは 一年前から予約をいれておいたMrsケイさんのB&B。
年と共に宿業もきつく感じるようになったので、そろそろ廃業しようかと思うのよ、とメールをもらっていたが 背筋スクッと細身で長身、テキパキ動き回り、口笛を吹きながら家事をこなす チャーミングでとても素敵なミセスで御元気そうであった。


整理整頓され柔らかでフカフカのリネンやベッド、カーペット、お部屋を拝見しただけで どんなお人柄かわかる素敵な宿である。動物奇想天外のテレビクルーが度々泊まっていたらしい。残念ながら我々が最後から二番目の客になるようである。。。



スタンリーの町を散策。
    

まったくもってイギリスである。何から何までイギリス。もちろん通貨もイギリスポンド(正確にはフォークランドポンド、換算レートは1対1)チリやアルゼンチン通貨は通用しない。ATMなし。

           

チリからたった2時間でイギリスに来てしまった、、、という感じ。
英語で話せるって嬉しい。


小さな町だがパブが沢山。マラソンに備えての禁酒の日々も 解禁間近。

午後6時、早めに夕食を済ませ 翌日のマラソンに備えるなり。




フォークランド スタンリーマラソン


マラソンスタートは10時。スタート/フィニッシュ地点は宿から徒歩3分の銀行駐車場。



6時起床 7時に朝食。朝8時半からゼッケン引取り。

銀行の窓口がゼッケン引取り口。普段は行内 写真不可だが、お許しを得て恒例のゼッケン受取り撮影。



個人の部参加は46名、女子は7名とな。。。
上位3位まで賞金あり。頭の片隅にチラリと意識する。が、変な欲を出すのは終盤までお預けしよう。




チームリレー参加が多いようで銀行の周りには人が沢山。

お互いの検討を祈ったあと、一旦宿へ戻り スタート前の説明会に出直した。





知事も参加のマラソン大会は曇り空の下、長袖一枚では寒いかな?と思う程度の気温の中をスタート。

銀行の周りを二周してから西の丘へ向う。




フォークランドマラソンは公式コースとして認定されている地球上最南端のマラソンである。(南極マラソンは距離が公式認定されていない)というわけで、7大陸マラソンを制覇するにはフォークランドを走る必要がある。今日は奴豚 長年のプロジェクト 7大陸マラソンに王手をかける記念すべき日なのだ。


コース取り自体はあまり面白くない。

同じ場所を何度も回るというのは好みではないが、舗装路であること、並びに厳しいフォークランドの気象状況下 及びボランティアのエイドステーション配置を考慮すれば他にコース取りがないのであろう。

なんせ、参加費やTシャツの売り上げ等全てが目の不自由な人達へのチャリティーに回るのだから、皆 手弁当ボランティアである。



天気予報通り、昼頃までは風が穏やかであった。

3時間以内に完走出来るランナーならば 今日は風の影響はほぼ受けずに終われるであろう。




ワタクシの場合、前半はいつもながら身も心も軽やか。笑顔ニカニカで快走。
女子の1位2位は俊足の若い二人で独走状態だったので、3位争いに加わる。なんで初っ端からデッドヒートなんだ?と思うほど闘争心むき出しのスペイン人ランナーの煽りをかわして4位をキープしながら 後半に突入。

途中で奴豚とすれ違う度、「奥さん 4番目」とプレッシャーをかけられる。わかってるわい、こっちだって一生懸命走っとるんじゃ!



予報通り 午後風が吹き始めた。

上り坂に向かい風で くじけそうになるが、走れ!走れ! と 叱咤する。



すぐ前を行く 現時点で 3位のイギリス人女性が折り返してきて、差を確認。追いつけない距離ではない。折り返して今度は下り坂追い風、絶好のチャンスと思ったところで左の腿がつる。「今かい?」大いに焦る。伸ばして、だましだまし走り出す。大丈夫だ。
数十メートル行ったところで 今度は右足がつる。交互かい。「頼むよ、なんでつるんだ?今はやめてくれ~」水もスポーツドリンクも十分与えていただろうに?今まで足なんてつったことなかったぞ。
つった部分を無理やり伸ばして、よし走れる、行けるぞ。


3位との差が取り返しのつかないほどついてしまった。賞金の夢はここで崩れる。ちゃんと完走しよう。



徐々に風の影響を受け始め、上り坂がきつくてエイドステーションで貰ったルコゼ(スポーツドリンク)を飲み飲み少し歩いた。「Down hill soon」と励まされて走り出す。


      


町に戻って急に沿道の応援を受ける。フィニッシュラインが見えるがまだ終わりではない。フィニッシュを横目で見ながらもう一度町の西の丘へと向かうのである。これは精神的に辛い。
頼むからフィニッシュラインが見えたら終わりというコース取りにして欲しい。ここで一気に気持ちが萎えてしまった。軟弱者。



距離をしめす印が理解出来なかったお陰でレース中、速度と距離の感覚が全くつかめなかった。
この先フィニッシュまで何キロ残っているのか 見当もつかないが、と言って知ったところで何かが変わるわけでもなさそうで、時計を確かめることもせずにいた。



あとから思えば前半はハイペースだったような気がする。行ける気がしたんだからそれはそれでいい。後半に力が出るようなトレーニングが必要だよなぁ。要するに距離を走っていないってこったぁね。



残り1マイル、と言われて 初めてマイル表示だった事を知る。


チームリレーの表示と3キロファンランの表示がごちゃごちゃ。しかも同じコースを巡回したせいで、距離表示ボードが理解出来なかった。だいたい、コース自体、こっちか? どっちだ?と ひと気の無い道路上で前後をキョロキョロして不安になっていたくらいだから。

最近のランナーは皆、高性能の時計やGPS持参で走っているからコース距離表示なんて見なくてもいいのだろう。




さて、残り1マイル。気力で頑張れる距離には限度がある。
禁酒解禁を頭に描いて、終盤は歯を食いしばって頑張ったが、丁度気持ちが萎えた時に抜かされ5位に脱落したところで気力も消沈。開き直って一息いれてしまった。ウエストポーチからビスケットを取り出し歩きながら味わって食べた。水で流し込みよっこらしょとゴールを目指して走った。


強い風の中、奴豚とアレックスが凍えながらフィニッシュで迎えてくれた。

         手元の時計で4時間53分。
         アレックスは自己ベストの4時間13分。
         奴豚は最後に疲れが出たのか4時間17分。

彼らはそれぞれ 大会始まって以来の 初のブラジル人、初のフランス人ランナーである。
去年日本人男性が参加していたので、牛美は初の日本人女性にはなる。
次に走る人は日本人のメンツにかけて 好記録を狙って頂きたい。1位賞金は16万円。旅費の足しにはなるでしょう。

心底疲れ、足も身体もガクガクで足を引きずり宿へと戻った。
足が痛くてシャワーが立ったまま浴びられない。バスタブに座って冷えた足の指先を温水でほぐす。低血圧の末端冷え性で、足や手の指先に血が通いにくい。


        



それでも今日の天気は幸運の好天だった。



昼までは無風に近く暖かく素晴らしい天気に恵まれた。風速40mの強風だってザラなんだ、ここは。
お天道さまに感謝のいい大会であった。

マラソンは走る前と終わった時が一番嬉しく楽しいのだ。走って良し、終って良し。

夕方4時からの表彰式にも参加し、宿で仮眠した後、一息ついて、パブへ繰り出した。





フォークランド知事との夕べ


マラソン翌日の月曜日。

午後6時から知事主催のランナーカクテルパーティに招待され、知事の御宅ガバナーズハウスへ。






        

地元のランナー皆さんはスーツにネクタイ、ドレスにハイヒールで出席だったが、我々を含む外国人勢はラフで、皆ジーンズで出席なり。




立派な広間に通されて、エリザベス女王の肖像画に囲まれながら、カクテルと上品なおつまみをご馳走になり ランナー達との交流・歓談会。

格調高くも くだけた集いを楽しむなり。








フォークランドに来た一番の目的はマラソンだが、

         第二目的は HHH ハッシュランである。


奴豚はずっと以前から南極で海洋リサーチをしている南極ハッシュ部のGMと連絡を取り合い何とかハッシュランの開催をお膳立てしようと試みていたのだが、活発ではない地元ハッシャーを突っつき、遂に木曜にハッシュランを開催する手はずを整えた。

一年ぶりのフォークランドハッシュが開催されることになったのである。

    知事もハッシャーだと聞いたので、控えめにお誘い申しあげておいた。





キングペンギンとのデート at Volunteer point


フォークランドはペンギンパラダイス。
南極へ行くことを思えば、フォークランドに来た方が身体にも懐にも優しいだろう。

嬉しいことにここにはキングペンギンの一大コロニーがあり、今の時期800羽が確認されている。しかも子育て中である。子ペンギンがわんさといるらしい。

他にもジェンツー、マゼランペンギン、ロックホッパーが見られるそうだ。

スタンリーから徒歩で行けるジプシーコーブでもジェンツーとマゼランは見ることが可能だが、我々はキングペンギンが見たくて連れて行ってくれる人をMrs KAYに探して貰った。



スタンリーからボランティアポイントへは四駆オフロード車で3時間強かかる。
道なき道をタイヤを取られないよう、水溜りの大溝にはまらないようデッコンボッコン走り、昼に到着。
恐ろしく強風の水曜日、雨が降ったり止んだりの灰色の空。
マラソンがこんな強風でなくて良かった。。。


      

連れ立って歩く姿に心が溶ける。あぁ、言葉がない。
なんて、なんて、、、ペンギンって、、、まったく。。。
あぁもう、身悶えるほど愛らしいじゃないか。
その へらへら笑い、やめてくれない?」と奴豚に言われるほど、知らず知らずに顔がへらへらしてしまう。顔の筋肉、緩みっぱなし。

      

強風の今日は、子供達は円陣の中央にいてあまり動かない。
先生役の親達は隙を狙って卵や子供を攫おうと舞い降りてくる鳥を阻止すべく鋭く鳴いて追い払っている。


円陣の外側には、卵を足に乗せ温めている親ペンギン達も沢山。
移動する時は卵を落とさないよう、慎重にゆっくり卵を足に乗せたまま、すり足で移動する。

テレビや映画のドキュメンタリーで目にする、あのままの光景が目の前で展開している。


ふわんふわんの濃い茶色の産毛に覆われた、ぷっくら膨らんだ子供達が親のお腹にぴったりくっついている。親が風の盾になっている。




海へ向かうヤツ、海から帰って来るヤツ、丘へ向かうカップル、立ち話中のグループ、我々の横をススーと静かに素通りするヤツ、立ち止まって見上げるヤツ、当たり前のようにキングペンギンがまわりにいる至福の空間。


      

      


ジェンツーとマジェラン達は穴を掘って子育て中。

毛が抜けかかった子供達が、興味津々で穴から首を伸ばしている。

大きくなった子達は外に出て親に混じり あっちへ行ったりこっちへ来たり。親の方が一回りも小さいサイズだ。






命かけて愛情の全てを与えて育てたあと、子が無事大きくなると、親子は別々の道を行き、親と子として出会う事は二度とないという。なんときっぱりとした親離れ子離れだろう。

      

      

      

              

            



約2時間、強風で飛ばされて来る白砂にも負けず ペンギン達を眺めていた。
オフロードドライブも楽しく100ポンドと高いが、いい一日なり。


ちなみに、町から直ぐのジプシーコーブでは、イルカやアザラシも見られるのでお手軽散歩にはぴったり。



フォークランドハッシュ





南極で、ペンギンや海洋リサーチをしているNZ出身のポール。

今回、休暇でフォークランドを通り自宅のあるイギリスへ戻る途中。南極にはハッシュグループが三つあるんだそうだ。そのうちのひとつエクストリームハッシュのGMを務めている。


そのポールが、丁度フォークランドに滞在していると知った奴豚は 早々に連絡を取り、彼を通じてフォークランドFISHハッシュグループに連絡を取り、奴豚のしつこいメール攻勢も手伝い 遂に木曜の夕方、HHHランが開かれた
パチパチパチ!


月曜の知事パーティーでもランナーに声がけし、海外から参加のランナーにも「どう?」と誘っておいた。




集合場所は町から5キロ離れた難破船レディーエリザベス脇。午後5時。我々は町から走って行った。

火曜、水曜と吹き荒れた 半端でない強風が嘘のように 清々しい晴れの木曜日。今回は本当についてる。フォークランドで無風状態というのはあり得ないが、許容範囲の風である。



続々とランナー、ハッシャーが到着。総勢15名。
当初5名だけでパブからパブへ走る程度にしようか。。。と言っていたハッシュランは、通称烏賊博士(Dr.Squid)と呼ばれているロシア人ウラジミールのお膳立てにより、立派な11キロのコースで開催されたのである。(以前は多くの日本漁船も深海烏賊を釣りにフォークランドを訪れていたそうである)



ウラジミールが久しぶりのハッシュラン開催を宣言する。

今日が初ハッシュのアレックス、ドイツ人のトルベン(我々が誘った)、最近フォークランドに赴任したエアフォースメンバー(俊足ランナーである)、知事の護衛で一緒に走っている人など多彩な顔ぶれ。
     (残念ながら知事は欠席)


もともと総人口3千人程度である、皆、知った顔なんだろう。和気あいあい。



      


さて、スタートだ。ここ独自のルールもあるようで、まずは皆にくっつき、離されないよう走る。ルールがわかったらあとは ともかくダッシュで走る。フルマラソンはキツイが短距離なら気合入るもんで負けるもんかとせっせと走った。



ジプシーコーブをぐるりんと回って 地雷の横を抜け、
   ペンギン宅前をドカドカ通り過ぎ
      白砂のビーチを見ながら
         一目散に印を探して走りまくる。

     ”ON ON” と声が風にのっていく。



実に解り易い、説得力のある 地雷のサイン
         




国内線空港の横を通り、ディドルディーという赤い草の実を踏み分け、足をとられて転びながらも夕日に照らされ、皆んな嬉しそうに走る。



    
               



途中 ビールチェックポイントまで設置されていて。。。
            夕日に影を長く残しながらも、、 まだまだ走る

      



ラン後は 残ったメンバーとパブに行き。。。

   (強風で寒いので、戸外でのサークルは省略)





フォークランドハッシャーの皆さん!!!
 
ありがとう。素晴らしいハッシュランでした。
一緒に走れて光栄でした。
Thank you Guys!! Keep on hashing !!!





毎日が盛り沢山、充実のフォークランド滞在。

スタンレーの町は小さく食事処は限られている。

物価はイギリス並みで「安くはない」が パブには人が沢山で、皆さん飲む時は飲む。

本当によく飲む。


マラソン終わってお酒解禁の奴豚は、ハッシャー達と夜な夜なパブに通っている。アレックスはほとんど飲まないので食事が終わるとささっと宿へ戻る。そこんとこきっぱりしている。
牛美もビールは量飲まないので奴豚を置いて先に帰るという夫々の夜の過ごし方である。

さて、その食事処だがイチオシはShorty's である。(チーズケーキは頬っぺた落ちるよ 。)
贅沢にいきたい時はマルビナスホテルで。(要予約)
水曜日ならVictory Barで 定番のステーキディナーもいいだろう。


ランチは ほとんど毎日と言っていいほど スーパー(West Store)でリンゴやパン等を買って 散歩しながら食べていた。
ちなみにスーパーには何でも売っている。町外れにも大型スーパーあり。



資料館を見学し、青空 クジラパークを見学(小父さんは気難しい人)。さほど観光場所というのはないので、ハイキングが嫌いな人には暇かもしれぬ。

      
           
資料館で昔の暮らしぶりを拝見。家自体も建て方が素晴らしいね。渋いアイロンもいい。



インターネットは有料で Wifiホットスポットで10分間1ポンドのカードを購入せねばならぬ。スタンレーには無料インターネットは存在しないのである。有料に加えてスピードも遅いのでブログアップしている時間はなかった。比較的マルビナスホテルは速度が速かった。


      


クルーズ船も立ち寄るので、小さな町ながら観光で生計をたてている人も多いようだが、主産業は綿羊と漁業かな? 軍の各基地があるのでそれなりに潤うのであろう。
今後は油田開発でいきなり大金持ちの島になる。



イギリスから軍が派遣されてはいるがフォークランドは経済的にも国家的にも独立している。


地雷撤去作業もイギリスが派遣しているそうだ。この撤去作業には果てしなく長い時間がかかるのだそうだ。毎年撤去出来るのはほんの猫の額程度の広さ。気候の一番良い一ヶ月から二ヶ月間のみ。



撤去作業を手がけているのはイギリスの会社だが、実際作業をしているのはジンバブエ人。訓練を受けた専門家ではあるが 危険な仕事である。ジンバブエには命と引き換えに給料を得ねばならぬ切羽詰まった人達が多いのだろう。。。彼らは 世界中の地雷原を次々と回って 撤去作業をし続けているそうだ。



丁度フォークランド紛争記録館が開いていたので訪ねた。
30年前になるんだ。アルゼンチンがある日いきなり侵攻してきた時の様子が、当時の住民達の自筆の手紙や写真でよくわかった。
    


数日前に島民投票結果が発表されニュースにもなっていたが、99.8%がイギリスに属する事を希望した。島にはアルゼンチン人も住んでる。ロシア、フィリピンやタイ国籍の人、日本人女性も1人いらっしゃるそうだ。
私も住みたい。。。


          



さて、フォークランド最終日の金曜
南極から来ているポール、ブラジル人アレックス、ドイツの若人トルベン、空軍のエンジニア・カール、烏賊博士のウラジミールと別嬪で頭の回転の速い奥様とお嬢ちゃん、我々で夕食を共にした。
カールとウラジミール一家以外は全員、明日土曜日の便でフォークランドを出国するのである。


   皆んなのお陰で充実の毎日だった。

       最高に素敵な一週間だった。






3月23日 土曜日



あっと言う間だったような、永遠とも感じたような、
  満足感たっぷりの一週間が過ぎ、
   チリ・プンタアレナスへの飛行機に乗る為、
   お世話になったMrs.KAYに御礼とお別れを。



ケイさんはケーキ作りの名人で
いつもキッチンから良いにおいがしていた。

なかでもジンジャークッキーはアレックスの好物で

   今日はペンギンのクッキー。





後ろ髪ひかれながら空港で 搭乗時間を過ぎても飛行機が来ない。
 遅延かぁ。。と思っていたら、ほどなくあっけなく欠航が決まった

       『け、欠航??』    そりゃ 結構! 

まだフォークランドに居られるんだ。と、暇な我々は内心かなり小躍りして喜んだのだ。
もちろん乗り継ぎ便が迫っている人達は不機嫌だったが。。。

こういう場合、振替え便が飛ぶまでは宿泊代や食事代は航空会社持ちである。
『一週間だっていいぞ』な~んて思いながらラン航空手配のバスで町へ戻ったら、、、
これまたあっけなく ”今晩深夜に飛びます” だとな。  残念

ラン航空の事務所でちょいとすったもんだ劇はあったものの、夕食も提供されたし、多少の補償金も出るとかいう噂だし、大人しくマルビナスホテルのロビーでネットしながら時間をつぶした。

深夜0時、空港へ。出発は02時30分。今度はちゃんと飛んだ。
プンタアレナス着は5時。
まだ日の出前で真っ暗。ホステルの女性を起こしてチェックインするなりベッドに潜り込む。
疲れたわい。

         南米の航空会社への信頼度は0%。



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