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台湾三週間は大まかに立てていた予定通りにスムームだった。

到着前から台湾には良い印象を持っており、滞在中もずっとその印象が崩れることなく、かえって何故いままで来ようとしなかったのかと思ったほど心地よい時を過ごす事ができた。台湾は親切で暖かく正直ないい人達が暮らす平和で柔和な場所であった。ありがとう台湾の皆さん。

台中から台北桃園空港行きバスは頻繁に出ており、車内では映画上映あり、心地良いシートに身を任せているうち約2時間半で第二ターミナルに着いた。
はじめ良ければ終わりよし。大きな変更といえば、メインイベントのマラソンがハーフになった事くらいか。



さて、クアラルンプールを経由していざネパールへ向かうのである。

こちらはち〜と不安ありだ。

カトマンズ、、、脳裏に浮かぶのは カオス的なごったな町にあふれる車と逆走するバイクと牛と喧騒。。。
7年間も旅しているくせに ガイドを読んで それを素直に受け取るナイーブな性格は変わらない。いつまでたってもタフにはならないんだなぁ、これが。

蓋を開けてみれば決まって 案ずれば生むが易し、なんだが。


クアラルンプール空港で6時間の乗継ぎ時間を経て、カトマンズ行きエアアジアに搭乗。乗客は不思議にネパール人男性ばかり。出稼ぎから帰国するのかな?
チラリホラリ日本人。金髪の西洋人女性二人が女性であるということと金髪で白い肌という理由だけで飛び抜けて目立っていた。


カトマンズまで4時間。
風邪薬のお陰で満席だったが良く眠れた。

空港でまずはビザを取得せねばならぬ。
列に並んで90日ビザ料金を支払い(100米ドル)、次にビザ入国管理局の列へ。
列は全く動かない。長い間並んで待って、ゆっくりゆっくり前の人達がパスポートを受け取る様をじっと見ていた。入国管理は三人がかりだった。



空港には友人が迎えに来てくれていた。待たせてすまない。。。

選挙前のストで公共交通は止まっているし、選挙反対派が仕掛けた爆弾で4歳児が死亡したところだった。かなり過激なストらしい。
選挙が終わるまでは戒厳令の缶詰めかな?

お抱え運転手の車で友人宅ヘ。
門の中に入ると 静かで平和なゆったりした時間が流れていてホッとした。

計画停電や水道供給制限など、覚えなければいけない事が幾つかあるようだが、ひとまず安全にカトマンズ到着なり。



少〜し不安な気持ちでやってきたカトマンズ


台中からスタートした総移動時間、乗り継ぎを入れて まるまる24時間かかった事になるが、台北クアラルンプール(5時間)+ クアラルンプールカトマンズ(4時間)のフライト中 ぐっすり眠ったので疲れ具合が違う。眠りがいかに重要か再確認なり。


夕焼けに映えるという寺を見がてら散歩に出て、近くのカフェで再会を祝ってビールで乾杯、その後 夕食へ。

いきなり現地フードだと面食らうと思ってくれたのか、最初の夕食は 静かで落ち着いた洋食レストランのガーデンテラスで月の明かりの下、ステーキをいただいた。
上品なステーキも嬉しいお値段。お財布に優しく嬉しい。
ビーフは食べないヒンズー教の皆さんだが、旅行者用にステーキ屋が多い。シェフは料理する分にはかまわないのかな?


ストが行われているお陰で排気ガスが少なく いつもより空が澄んでいるそうだ。
夕焼けにそまる寺が幻想的で綺麗だ。
人通りも予想した程 ごったがえしていないし、かえってストは我々には好都合だったか?


観光客の馬鹿面さらしたくなかったのでカメラは家に置いてきた。残念
夕焼けの寺は美しく幻想的であった。

古い建物、店屋の並ぶ軒先、寺、角の仏像、線香の匂い、舗装されていない道の土ぼこり、停電の暗い街角、あちこちに空いている穴ぼこ、野良犬達 たまに野良牛。

やはり案ずるより産むが易しであった。
もうすっかりカトマンズが気に入ってしまった



翌日、翌々日とトレッキングに行く為の旅行代理店巡り。
目星をつけておいた店に相談に行った。数軒聞いて回って奴豚と家族会議。

エベレストやアンナプルナを抱えるネパールのトレッキングは はっきり言ってかなり高額である。
値切ってもまだまだお高い。エベレストベースキャンプへ行くべきか否か。。。?
我々、金はなくても時間はある。なにも急いで高額トレッキングに参加して がむしゃらにベースキャンプへ行かなくてもいいんじゃないか、との 会議の結果。

天気と相談で ルクラからゴーキョを目指す事にした。
まずはゴーキョだ。その後は 体調と財布を調整しながら約4週間 エベレストの膝元を歩く事にした。






11月19日。選挙で祝日。

大きな混乱はなかったように思う。

何故、選挙で混乱?。。と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれぬ、
が、思想、宗教、幾つもの反対派グループが現政府の失脚を狙っている。
長いこと、ひとつの政権が指揮をとったことがない。
反対する過激派宗教活動化達が選挙に抗議して、ストやテロを企てる。
炊飯器爆弾が置かれていたと、人づてに聞いた。
が、選挙は終わった。。。



明日からトレッキングに出発するので、ブログはしばしお休み、かな。。。?


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カトマンズ 友人宅の屋上からの景色。

排気ガスが少ないせいで、山が綺麗に見える。
ストは我々にはさほど影響なかった。

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この子を覚えている人を少なくとも1人知っている。
カンボジアに居た"クイン"。13歳になる。人間で言えば90歳のお婆ちゃんか。。?
カトマンズの気候と近所から遊びに来る若いボーイフレンド犬のお陰か、益々元気な様子でとても嬉しい。

相変わらず優しくイイ子。愛らしさは変わらない。
また会えて嬉しいよ、クイン。

年末は彼女のドッグシッターを引き受けるのである。



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ながらくご無沙汰。。。

エベレストのトレッキングは最終章、素晴らしかったー!

ちっちゃな空港で有視界飛行の小型プロペラ機に、、、乗れるかな?
視界が晴れるのが日に数時間。
うまく明朝飛べるといいのだが。。


詳細はカトマンズから。



11月20日 カトマンズ ⤴︎ ルクラ simrik air の小型プロペラ機で 40分

DAY1:ルクラLUKLAーパクディンPHAKDING 標高28402610 宿泊先 Beer Garden

カトマンズのトレッキング旅行会社ヒマラヤンマジックでトレッキング許可証、入園料、ガイド兼ポーターの二週間分の支払いを済ませ、トレッキングポールとシュラフを借りて飛んで来たルクラの村。
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山小屋「ネスト」でガイド兼ポーターのナンダ氏と落ち合う手筈。ナンダ氏はこの朝、エベレスト街道から客を連れて下山し、その足で我々を連れて再び山へ登るという強行スケジュールなのであった。
予定通りにナンダ氏が客を連れて戻ってきた。が、予定変更、今日は家に一旦戻りたいと言う…。まぁそれもそうだよな、家族にも会いたいだろうし着替えもしたいだろうし、、と了解。代理のポーター君と今宵の宿、パクディンのBeerGarden目指して、我々のエベレスト街道第一目がスタートした。

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ガイド兼ポーターを雇ったのは、道案内と宿の手配、万が一の際の助けのためである。
基本、己が荷物は己で担ごうと思っていた。予想外に大きくかさ張るシュラフがはみ出たので、ポーターに持ってもらった。(我々のシュラフは零下40度にも耐えうる極暖か仕様である・が その分デカイ)

英語の話せない代理ポーター君と寡黙にズンズン歩き、意外にもあっけなく、だがとても充実した下り道を楽しみパクディン着。初日 楽勝。

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初めてのロッジは第一印象「こんなんですか?ティーハウスって?」と拍子抜けする殺風景、シンプル、ベニヤ一枚で仕切られた部屋にシングルベッドが二個設置されただけのもの。
ここが東南アジアだったら絶対拒否するだろう清潔度だが、ここはヒマラヤ。気温も低く乾燥して虫すら住んでいなさそうだ。それに我々には最強のあったかシュラフがあるのだ!どんなトコだって眠れるぞ、と快くチェックイン。チェックインたって名前も何も聞かれない。ガイドが同行の場合は、部屋番号とガイドの名前が書かれたお勘定ノートに 滞在中の宿泊費食費、その他宿内で買ったもの(トイレットペーパーとか)電源のチャージ費やシャワー使用料なんかが合算されていき、出発前に一括して支払うのである。食事を頼むと、ガイド同行の場合はガイドがサービスしてくれる。その他身の回りのことは何やかやとガイドが世話してくれることになっているらしいが、我々にはちょっとうっとうしい。座っててイイよと何度言ったことか。。



そうこうするうちエベレスト街道初夜の帳がおり、食堂以外はとても寒いので、明朝も早立ちの事だし、湯たんぽを準備して、まだ夜7時だっていうのに、さっさとシュラフに篭って寝入ってしまった。だって今朝早かったんだもの。


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【湯たんぽ】とは、
 アルミの水筒に熱湯を満たしてシュラフに入れて寝るんだが、これがもう極楽極楽の幸せ気分なんだ。
翌朝はまだぬるめの湯で顔や歯を洗うことも可能、そのまま飲料水で持参してもよし、湯たんぽアルミ水筒は最強のお助けグッズである。





本日のお会計:2240ルピー (円換算はそのまま2240円でオッケーなレート・2013年11月現在)


11月21日

DAY2:パクディンPHAKDINGーナムチェバザールNAMCHE 標高26103440 宿泊先ホテルカマル


パクディンの朝。約束通りガイド兼ポーターのナンダ氏は来るだろうか? ちと不安ながらも朝食を頼み食堂に居ると、この寒いのに顔いっぱいに汗をかいて湯気あげながらナンダ氏登場。夜明けと共にルクラから走ってきたのだそうだ。流石ジモティーだ。

朝食を摂りながら 今後の旅程の確認。
我々の目的地はエベレストベースキャンプ(EBC) ではなく、ゴーキョである。
ゴーキョへ行き ゴーキョリー(標高5360m)からエベレストの山々を眺めるのだ。
ネパール人ガイド数人に聞いたところ 皆が揃ってゴーキョリーからの景色が最高だと言ったのでそういうことにしたのである。
特にエベレストベースキャンプへ行きたいとは思わなかった。ま、暇と金と体力があったら帰りに寄りますかね?程度の気持ちでいた。時間はいっぱいある、なんせ帰りのフライトまで27日もあるんだから。資金は贅沢しなければつないでいけるだろう。


DSC09180 copyナンダ氏の英語は必要最低限に通じる程度で、話題がトレッキング以外になると ガクンと理解度が落ちてしまう。
なのだが、何故か 自分が如何に旅行社からピンハネされてシビアな給料体系であるとか家計が厳しいとかというくだりになると意外や低い声で切々と訴えられて この日から2週間後にナムチェで別れるまで 1日1度は同じ切ない話を聞かされることになり少々参ってしまったのであった。

年齢はどうやら50歳くらいらしい。そうなると年が近い分 余計に気になってしまい、結局チップの分割前払いをすることにあいなったのである。(我々まんまとひっかかったんでしょうか?でも悪い人ではなさそうだったんで、それはそれで良しとしよう)



本日の目的地はナムチェバザール。

いよいよシェルパの故郷、エベレスト街道の拠点、エベレストが見える町まで登るのである。
お茶休憩と昼食休憩を挟んで ゆっくりゆっくり登る。努めてゆっくり。
ボリビアのラグナコロラド湖で高度5千メートルは体験済みだが、今回は荷も背負っているし、早々に高山病でアウトになりたくない。深くゆっくり息を吐き 肺にたっぷり酸素を送り込む。焦る旅ではあるまいし 一歩一歩楽しみながら写真を撮りながら。


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エベレストさん、お初にお目にかかります。

素晴らしい天気。




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歩いていると日差しが強く暑いくらいだ。知らないうちに汗をかいているので水分補給はしっかり。
大量の水を飲む。飲んだら出す。こんなシンプルなトイレで。

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11月のこの時期はまだ沢山の人が歩いている。そのせいかレスキューのヘリもひっきりなしに飛んでいる。あの方向はEBC(エベレストベースキャンプ)、あの方向はゴーキョと、バレー(谷)が幾つかに分かれているので行き先が容易に把握出来る。


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滝と長い吊橋を幾つか渡って午後3時、ナムチェ到着。よく歩いた。

ナムチェには高度順応の為、二泊するのである。
急がずゆっくり、登りは時間かけて、ビスターリビスターリ(ネパール語でゆっくりゆっくり)



11月22日 ナムチェ。エベレストヴューホテル〜クムジュン散策

DAY3:ナムチェ。ヴューホテル 標高34403900 宿泊先 ホテルカマル

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夜は早々シュラフに篭るので、睡眠時間は充分なんだが、2日続けて朝早かったので、本日は少しゆっくりめにスタートしようよとの希望で、展望台からエベレストヴューホテル(別名 ジャパニーズホテル) へ向かった。



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ちょこっとホテルまでの散歩だと思ったら大間違いである。
このホテル、ナムチェの町から結構な距離を登るのである。荷物がないので楽ではあるがそれでもゼーゼーしながら到着。高度は富士山を超えたぞ。





おお〜! 目の前に広がるエベレスト。絶景ですな。

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皆、このテラスでお茶する。高いお茶である。25%の税&チャージが乗るから高い高い。ホットレモン一杯125円である。え?、それが高いかって? 他所で50円で飲めるんだから、ここは馬鹿高でしょー。。ケチかな、我々…。。

ここのメニューには「親子丼やカレーライス」 なんてのもある。流石、日本人経営のホテルである。詳細はhttp://www.himalaya-kanko.co.jp/hev/hev_history.html
(偶然にも翌週、このホテルで長年コックをしていたネパール人男性と出会うことになるのだが、この話は後日に)


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帰路はクムジュンKHUMJUNG を回って昼食にスープを飲む。ポテトスープはニンニクが効いてて美味しい。

  写真はヒラリー卿の銅像。


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ナムチェの町を見下ろす。






奴豚が頭痛がするという。初日・2日目と、道中バックパックの重荷に慣れずに首が凝ったためと思う。
牛美 は風邪。台湾から既に鼻水垂らしてだましだましきたが、乾燥する気候でいっきに悪化し、喉をやられ発熱したらしい。風邪薬とアスピリンを投入しマスクで乾燥予防対策。頻繁に鼻噛むのが鬱陶しいぞ。

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夕食時、ダルバート(ネパールの国民的食事、ダルという豆スープとカレーと御飯:おかわり自由)をたらふく食らう。
ダルバートはそれぞれ作る人により味が違って飽きずに栄養満点、椀子そば状態で注ぎ足しに来てくれるのが嬉しい。コスパ最高)


そんな我々を凝視する熱い視線あり。ガイド兼ポーターのナンダ氏だ。余程腹が減ったのか???彼等は客の食事が済んだところで、キッチンに呼ばれてダルバート食べるのであるが、無論彼等だってタダではない。ローカル値段は半額に近いと聞いたが、〈客を連れてきたからタダ飯〉は過去の話らしい。



ティーハウス/ゲストハウス/バッティ/ロッジ/ホテルと呼び名は色々だが、宿泊設備はどこも似たようなものだ。シンプルな木のベッドにベニヤ板1枚の仕切り壁、隣の音や振動は全部筒抜けで肌に伝わってくる。トイレは共有、シャワーは有料。日が当たる部屋は暖かく、当たらない部屋は極寒。食堂は夕方ストーブに火が入り、食事は宿泊の宿で食べねばならぬ決まり。部屋代が100円-200円程度なので、食事で稼ぐのである。

唯一チェーン展開しているYETI Mountain Houseは 豪華絢爛設備にフカフカの羽布団、トイレシャワー完備の夢の様に綺麗なホテルだけは別格だが、因みに宿泊費は1人1泊80米ドル也。



本日のお会計:ロッジに4790ルピー(2泊分)。その他(のど飴、電池)1525ルピー。

11月23日

DAY4:ナムチェNAMCHE-ポルチェタンガPORTSE THANGA 標高34403680 宿泊先 RiverLodge

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9時出発。

出発前にナンダ氏に食費補助としてチップの前払いを渡す。
これでちゃんとご飯を食べて頂戴よとの思いを込めて。





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DSC09279 copy牛美は風邪で不調なのでナンダに(仲良くなったので氏は省略)荷を担いでもらい手ぶらトレック。ランチ休憩を入れ午後2時半、今宵の宿に到着。

Gokyo 行きは上へ、EBCは右へ。別れ道。



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ポルチェタンガは殺風景で寂しい しけた場所だ。

ゴーキョ行き登りの客がナムチェとドーレの間にひと息入れるためだけに存在するようで、ロッジが二軒あるのみ。
施設はこれ以上簡素化出来ませんてなくらいにシンプル。それでも高度が上がると部屋代も食事代もスライドして上がって行く。部屋代300円也。


部屋の電気はソーラー利用で点いてるのかいないのか分からない程暗い、水道なしで洗面は存在しない。トイレは汲み置き川の水の手桶で流す。
狭くお粗末な部屋にはペラペラだが辛うじて窓にカーテンがかかっている。こんな薄っぺらのカーテンでもあると無しでは夜間の室温が驚異的に違うのである。



夕食を済ませるともうすることが無くなる。持参した本を読む者、日記をつける者、他の客と談話する者。それ以外は凍えるほど寒く暗い部屋に戻って寝るだけだ。
客同士「これから上?下?」で会話が始まる。下山してきた人に色々質問。天気はどうか、どの宿がいいか、高山病はどうだったか。みんな暇だから親切に教えてくれる。

DSC09294 copy道中、抜きつ抜かれつしていた三人連れと仲良くなり、トランプに興じる奴豚を残し、牛美は風邪で声が枯れて辛いので早々に湯たんぽ抱えて部屋で休むことにした。


本日のお会計:ロッジ 2890ルピー(円)

11月24日

DAY5:ポルチェタンガPHORTSE THANGAドーレDHOLE 標高36804200 宿泊先Riverside Lodge

今日は一気に4千メートル超えである。
日本人なんでまず【富士山より高い】と思ってしまう。高さの基本は富士山なんである。


起床6時半。ネパールに来てから少々難のあったトイレ関係(便秘気味)が解消され嬉しい朝。ヨガの効果か? こんなミニマムなトイレ事情の場所で快便とは自分を褒めてやりたい。高山病にならないよう努めて大量に水を飲んでいたお陰だろう。

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本日も牛美は手ぶらトレック。
2時間でドーレ着。昼前で本日は終了。さて、長い長い午後は何して過ごそうか…?

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ここの宿は、日当たりの良い2階の乾いて暖かい部屋だった。

日当たりが良いだけでものすごく幸せになれる。




汗かいた服を脱いで日向に干す。日のある暖かいうちにウェットティッシュで身体を拭く。3週間シャワーを浴びない覚悟で、大判ウェットティッシュを多めに持参し、サニタイザーも駆使。
身体を如何に清潔に保つかというのは、ヒマラヤ山旅チャレンジの重要なファクターかもしれない。
衛生環境は健全な日々に欠かせないとつくづく思う山生活だ。ばい菌が入って足の指が腫れてしまい歩けなくなるトレッカーもいるのだ。



奴豚は今日も3人連れと楽しそうにトランプゲームだった。

牛美は乾いた部屋のベッドに座って、暮れ行く景色をいつまでも飽きずに眺めていた。




今日のお会計:4850ルピー(沢山お茶を飲んだので)

11月25日

DAY6: ドーレDHOLEーマチェルモMACHHERMO  標高42004470 宿泊先:YETI Lodge



DSC09374 copy7時半起床。高い山に囲まれたロッジの日の出は遅い。

9時出発。

気持ち良い天気の中、2時間で本日の宿に到着。随分高いとこに来たな、という感じがする。


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日があるうちはとても暖かいのだ。
昼食前に川でお洗濯。地元の女性たちの横で、牛美も服や靴下やマスクに石鹸をなすりつけ岩にゴシゴシこすって冷たい川の水ですすぐ。長時間すすいでいると冷たさで手の感覚がなくなる。風邪は随分良くなった。



午後3時から赤十字の小屋で高山病予防の講習会に参加。
シーズン中、毎日無料で行っている。英語だが興味深いので参加オススメ。
壁に世界各国の言語で説明が書かれているが、日本語がまだなので書いてくれと頼まれ、僭越ながら「高山病の初期症状5項目」を日本の国旗入りで書かせてもらった。
行く機会があったら、壁に貼ってあるので「あぁ、この汚い字が牛美が書いたやつか」と笑って見てほしい。

血中酸素/心拍数を測ってもらう。牛美 83/83、奴豚83/96

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夜、奴豚下痢でトイレに通う。何に当たったんだろう。
脂っこかった焼きそばか?

写真はお気に入りのひとつ、ポテト料理。




本日のお会計:4750ルピー

11月26日

DAY7:マチェルモMACHHERMOーゴーキョGOKYO 標高44704790 宿泊先:Gokyo Resort



仲良しトランプ仲間のうち男性陣が高山病でマチェルモに延泊を決めたので、オーストラリア出身の娘さんと我々が先にゴーキョへ旅立つことにした。

9時出発、12時半ゴーキョ着。
今日も牛美は手ぶらで楽々トレック。自分的には鼻をかんだり咳して痰を出したりとそれなりに賑やかで忙しかったのだが。。。

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高度順応のためゆっくり進んだ。

第1湖、第2湖を越え 第3湖畔にゴーキョの村がある。




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石段はキツイ。登山では階段が一番キツく感じる。
奴豚、とうとう荷を担ぎ切ってゴール! 首と肩がバリバリに張っていて痛いと言う。



景色が綺麗だ…。。本当に綺麗だ。ゴーキョ、来て良かったな…。。

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部屋が二重窓のお陰で日中は室内が暑すぎるほど。
宿代は1泊400円也、今までで一番高いが、一番良い宿だ。
食事も美味い。ダルバートは絶品だった。因みにダルバート600円。トイレットペーパーは一個300円。なんでも高いのよ、全て人の背におわれて運ばれてくるんだからね。

メニューはこちらからチェック。

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夜寝る前に高山病予防の薬ダイアモックスを服用す。頭痛がするので深呼吸を延々繰り返していたら、大分楽になってきた。身体が順応中なのが良くわかる。
夜中、ダイアモックスのせいでトイレに2回起きた。面倒でも仕方ない。
トイレットペーパーを摑んでそーっとトイレに行って、戻って速攻シュラフに潜り込む。

余談だが、山小屋トイレは洋式より和式の方が嬉しい。
衛生面でも使い勝手でも。





11月27日

DAY8:ゴーキョGOKYO 2日目 ゴーキョリー(ピーク)標高5360へ登る

いよいよメインイベント、ゴーキョピークへ登って、皆が素晴らしいと絶賛する景色をこの目で見るのである。

昨夜、高山病対策としてダイアモックス薬を服用したお陰か、はたまた単に丈夫で頑丈なのか体調は絶好調である。トレッキング始めて8日目、頭痛や喉の痛みもなく今までで一番気分が良い朝を迎えた。

高山病は年齢性別や体力には関係ないようで、屈強な男性がヘリコプターで運ばれて行くのを見ると、つくづく我が親に「元気な身体に産んでくれてありがとう」と感謝したくなった。


DSC09445 copyここからピークへ向かう。
54年間生きて来て まさかエベレストまで来るとは思いもしなかった。

美しい景色だ。山は静かで動かず、空の青さと雪の白さが眩しく神々しい。
素晴らしい。

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登り始めて約2時間半、ピークだ。


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途中何度も休み休み 景色を振り返り、ゴーキョの村が小さくなって行くのを見ながら登ったピーク。





これがゴーキョピークからの【エベレスト神々の座】の眺め。

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我がカメラの写真だと目前に迫ってくる迫力が伝わらなくて残念。。。
我が足で登ったからこそ余計に素晴らしく思えるのかもしれぬ。



この写真の真ん中あたりに写っている高めの山がエベレスト。
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角度を変えて周りの山も撮ってみる。灰色に見える山の麓の部分はゴジュンパ氷河である。
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無風。雲ひとつない。ピークは日を浴び暖かく昼寝できるほど。

ガイド達が「もういい加減いいだろう?」と痺れを切らしても、飽きることなく眺めていた。

「君達はいつだって見られるんだろうが我々は最初で最後なんだよ」。

今年はずいぶん色々な景色を見たなぁ〜。思いもしなかった場所へ行ったなぁ〜と エベレストに向かいながら感慨に浸っていた。


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奴豚は6月に旅立って行った従兄弟のパスカルとお揃いのスカーフの切れ端を、そっと石の下に忍ばせる。



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我々も今年 色々あったが、なんとかここまでやってきた。
この先も なんとかやって行こうや…。



11月28日

DAY9:ゴーキョ3日目。第4湖へ散歩。

奴豚が風邪ひいたらしい。
理由は牛美が湯たんぽ代をケチって昨夜湯たんぽを使わなかったからだと人のせいにする。
なんて奴だ。湯たんぽくらい自分で用意しろよ。…。。ったく。


ますます絶好調な牛美は、明け行くゴーキョの様子を見に早朝から戸外へ。
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高地では木も生えてないし、(もともと国立公園は木の伐採は年に1度2週間しか許可されていない)、ストーブで燃やす燃料といえば ヤク牛の糞である。
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これはいわゆる燃料倉庫。

厳重に鍵がかかった部屋の中に、このようにたんまり乾かしたヤクの糞が保管されている。


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彼はトランプ仲間が雇っているポーター氏。
寡黙だが、強靭な身体と穏やかな性格の素晴らしい人。
英語が出来ないのが残念だが、一目見て良い人だと解る人相。


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この日はチョーオユー頂上は朝から強風のようだ。

長くたなびく雪なのか、雲なのか。




第4湖まで散歩して戻る。本日も快晴なり。

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トレッキングポールを使って腱鞘炎になる人も珍しいかもしれないが、右手首が痛い。
爪の中が黒くなるのも嫌で、ウェットティッシュで爪の手入れ。水道でスッキリ洗いたいところだが仕方ない。
低温&乾燥で皮膚が粉をふいている。シャワーを浴びずウェットティッシュで身体を拭いて、保湿ローションを塗る日々。

ゴーキョが気に入って連泊中だが、ナンダから文句が出る。彼の手持ちが少なく長居はキツイという。食費補助金として再度チップの前払いを渡す。
今後のトレッキングの旅程が変更になったのは半分以上彼の事情に依るといっても過言ではない。



奴豚は風邪で体調不調、部屋に戻って休むというので、ひとり散策へ。
ヤクがトレイルを塞いでいるので遠まわりして避けて歩く。

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ザラメ砂糖のような雪。手のひらに乗せても溶けずサラサラキラキラ。


         湖の対岸からゴーキョの集落を見渡す。DSC09605 copy

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                     チョーオユーの勇姿。




本日のお会計:ゴーキョ3泊合計13760

11月29日

DAY10: ゴーキョGOKYO-トーレTHORE-ポルツェPHORTSE 標高47903810 宿泊先:ポルツェ


夜中も奴豚は咳と鼻水。風邪進行中。

…が、下山することにした。



10時 ゴーキョに心を残しながらもトーレTHOREに向け出発した。
下りは楽だー。

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風邪で不調な奴豚の荷をナンダが背負う。

ポーターとしてお初の仕事という感じ?




ガイドとポーターとガイド兼ポーターの違い:
ガイドは客が快適に旅が出来るよう世話をする役目をプロ意識を持って行い、道中出会う動植物や村落景色の説明を行い、語学堪能である。が、客の荷物は持たない。
ポーターは荷役に徹する。客と同行する必要なく、迅速に客の荷物を目的地まで運ぶ役目。30Kg程度まで楽に担ぐ。
ガイド兼ポーターは、荷物は15Kg程度までしか持たない、が、客と同じ歩調で道案内もし、宿でのサービスもする。一見兼務で大変そうではあるが、はっきり言ってどっちつかず。語学堪能というわけでもなく、サービスも中途半端という印象を持った。



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トーレまで2時間半。早々着いたので予定変更して更に下のポルツェまで行って泊まることにする。
登ってきた谷の川をはさんで反対側の山の斜面をズンズン下っていく。
(右の写真はアマダブラム)


DSC09650 copy道標はあまりない。ほとんどが一本道で余程のことがない限り迷うことはない。

トレッキングの道は、ここに暮らす全ての人達の生活の道である。
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ヤクが、牛が、ロバが、荷役が、子供達が、みんなが普段の生活に歩いている道である。
我々はそれを一緒に歩かせてもらっているわけだ。


流石に5時間半みっちり歩いたら疲れた。アップダウンが多いので足に堪える。
日が陰る前に宿に着いたが汗びっしょりかいたので、即着替える。

4800メートルから一気に3800メートルへと下るとボールペンのインキの出が良い良い。


本日のお会計:2710 + 600(ランチのスープ)

11月30日

DAY11: ポルツェPHORTSEーパンボチェPANGBOCHE 標高3810ー3930  宿泊先:GOMBA Lodge

ポルツェの夜は寒かった。ロッジの部屋に日が当たらず冷蔵庫のようである。
人の気配もなく 我々とナンダとロッジのお嬢さんとロッジのお婆さんだけである。
このお婆ちゃん、ニコニコしているのだが 常に何かを口ずさんでいた。歌のようなお経のような、低ーい声で一定のメロディのようで、廊下を歩いている時もトイレに居る時も(因にトイレのドアは開けっ放しでなさっていた。。)



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7時起床、パンケーキと目玉焼きの朝食のあと10時出発。

約2時間半から3時間、のんびり歩いて今日の目的地パンボチェ着。

(マニ石は左側を通行する決まり)


ロッヂは南向きで日の光が燦々と差し込み暖かい。(風邪で不調の奴豚・ひなたぼっこ中)
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着くなり牛美は即 洗濯。水道蛇口があったのだ。
普通、水道があっても <洗濯お断り> だったりするのだが、ここは川が近く水が豊富らしい。

い〜い感じに発酵する靴下と土ぼこりで茶色に変色したマスク(マスクは必需品! 乾燥予防/土ぼこりに最適)、BUFF(バフとはバンダナやネックウォーマー、キャップ、マスク何用にも利用可能な縫い目のない布切れのこと)、靴のインソール等を洗った。
黒ずんだ爪ともおさらば、髪も洗いたい気分だが調子に乗るのは止めておこう(ナンダは髪も洗っていた)


エベレストに再会。
こんなに素晴らしい景色に毎日浸っていて 贅沢だなぁ。。




午後4時、隣のモネストリー(僧侶の修行所)を見学に行く。
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ここには ヤティ(伝説のヒマラヤの雪男)の 頭蓋骨と手の骨が保管してあるのである。
鍵を開けてもらい、お布施をおいて拝む。

ヤティを保管してある場所は真っ暗で何も見えんぞ。。。?
フラッシュをたいて写真撮影。。。

ほ〜、これがヤティの頭ですか。。。
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12月1日

DAY 12: パンボチェ 休養日

奴豚の風邪が良くならず 暖かいこの宿で休養する事にした。
良くなるどころか悪化していて 喉の痛みと咳がひどい。

牛美は 「そんじゃぁ 今日も洗濯だべー」 という事で 日がのぼり暖かくなり始めた頃にシャツやズボンの大洗濯。
水は手を切るように冷たいんだが、流れる水があるというだけで幸せだ。
ここ(ヒマラヤの山)にいると ほんの少しの事で幸せになれる。
   生とは何か、幸せとは何か、自分のかかえているちっぽけな不幸や不満とは何か、
     太陽が毎日のぼってくるだけで、もう それだけで 幸せになれる。

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今日は日曜。子供達は学校へ。
篭を背負った人達が マニ車を回しながら角を曲がって行く普通の生活が始まる。
(ネパールは土曜が休み)

青空。
今日もレスキューヘリが行き交っている。



今日のお会計:ロッジ 7230 + お布施/のど飴/トイレットペーパー 530

12月2日

DAY 13 : パンボチェPANGBOCHEーテンボチェTENGBOCHE 標高39303820 宿泊先:TashiDerek Hotel

寒い夜だった。12月に入って急に冷え込みが厳しくなったように思う。
窓ガラス一面に氷の結晶がついていた。

朝はストーブを使わないので心底凍える食堂で震えながら朝食をすませる。


9時出発。今日は隣のタンボチェまで、すぐそこなんで楽勝。
    谷を大きく下って 川を渡り また登る。川もつらら。
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10時半には着いてしまった。
部屋の掃除が済むまで日の当たり始めたテラスでお茶する。

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          向かいは有名なモネストリーだ。
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我々の部屋はエベレストヴューだが、イチミリたりとも日が射さない部屋で昼間からもうすでに凍えるように寒い。景色を取るか環境をとるか。。。一晩だけだから寒さに堪えて景色を取った。
( 奴豚の 「二泊してもいいんじゃない?急ぐ旅じゃないし、」 の発言は聞こえぬふりをしていた )

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急に日程がゆったりしてしまったのには、前にも述べたが 我がガイド兼ポーターであるナンダの 連日の「持ち金が少なくきびしい」発言が大きく影響している。

思い起こせばトレッキング初日の11月20日、ナンダに旅程を説明し 「まずはゴーキョまで。その後 エベレストベースキャンプかカラパタールへ行くぞ、いいかい? 日程は二週間から三週間。」と 確認した際に 「ノープロブレム」 とのたまったじゃないか。
 まぁ、ナンダには どっちにしろ 拒否する選択なんぞなかったのだろうが。。。
   (同行しなけりゃ収入はない、同行するには持ち金がない、どっちにしろナイナイだったのだ)

そんなおり 奴豚が風邪でダウンだし、どのみちエベレストベースキャンプには縁がなかったんだろう。それほど行きたい気持ちもなかったし。。。で、パンボチェで休養中にチュクンへすら行くのもやめて ナムチェに戻ってゆっくりしようという事になったのだった。


DSC09738 copyタンボチェはモネストリー以外にはロッジが数軒ある程度で そんな中にベーカリーの店の看板がエラく魅力的に輝いて見えたので 行ってみた。

行ったからには食べるでしょ〜やっぱり。目が欲しくて頼んだチョコケーキは 先週焼いたのか?と思うシロモノで ちょっと後悔。直後に奴豚は腹下し。



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午後3時からモネストリー内での修行風景が見学出来るとあって行ってきた。
お経が歌のようにハーモニーになって聞こえてくる。輪唱のようで綺麗な響きだった。




夕焼けにそまるエベレスト。

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本日のお会計:ロッジ3140

12月3日

DAY14:タンボチェーナムチェ 標高38303440 宿泊先: Hotel Tibet


鏡を見ない毎日。以下は道中 自分がこんなだったとは。。。と思う 写真。
:タンボチェの凍える朝 起床直後に湯たんぽを頬ズル。 :日向ぼっこでウトウト、まるで男だ。:トレッキング中。
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DSC09783 copy3000メートルより上に行くと運搬の担い手はヤクになる。体毛は長く尻尾の毛は美しい程たっぷりで心根も優しいらしいが角は逞しい。

3000メートル以下はゾッキョで、もっと低地に行くとロバや牛達と分かれている。


…が、最強は 人間である。
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荷役=シェルパと誤解する人もいるかもしれぬが そうではなく シェルパとはヒマラヤ高地に暮らす民族のことである。
生まれつき高所に順応し強靭な体を持つ為 高山地帯での荷役やガイドとして活躍しているのである。
シェルパ族の多くは 苗字がシェルパである。
シェルパ族以外で荷役を生業としている人は「ポーター」と呼ばれるべきで、我々同様低地に生まれ 我々同様にゆっくり登ることで高地に順応する普通の人達だ。


DSC00005 copy 左:我々の荷物。

飛行場のあるルクラから先は 全ての物が 人や動物に背負われて運ばれる。全てだ。
水、食物、ガスボンべ、ベニヤ板、ガラス、、、生活するために人間が必要とする全ての物が背負われてやってくる。
建物のひとつひとつのパーツも 寺の装飾品も。

小さな体で冷蔵庫を担いでいる少年とすれ違う。振り返ってずっと見ていた。休み休みゆっくりと登って行く姿に言葉がない。彼だけじゃない、皆 荷役を職業にしている人達は 少しでも多く、出来るだけ頻繁に運搬するのである。
聞けば、重い荷を担ぐ人はカースト制度の低い人達だそうだ。強くなければ生き延びることは出来ない。
上へ登れば登るほど物価が上がるのは当然なのである。




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さて、モネストリーの笛の音で起床し、朝食を済ませ(ツァンパのお粥はNGだった)、9時半出発。
ナンダを家に返すべく ナムチェまで下るのである。ナンダが数日前から「3日にナムチェでバイバイね」と言い始めたので希望を汲んでナムチェへ向かうことにしたのである。(なんて親切な我々)

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タンボチェで別れても良かったのだが、奴豚はまだ咳込んで体調悪くタンボチェは凍える程寒く、ナムチェでゆっくりするのはいいアイディアに思えた。

右は MONGの村落。

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キャンジュマKHYANGJUMAのマニ車。

ここには景色の良いベーカリーカフェがあり、後日出直して来ることになった場所。





DSC09917 copy下り35分・登り45分・あとは平坦、、ってちっとも平坦じゃないじゃん。
ネパリフラットと呼ばれるトレイルを登り下りして疲労が出始め 二人共不機嫌になったところでナムチェ着。
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ネパリフラットとは、ネパール人には平坦な道だが我々には大層なアップダウンの連続の道の事だ。





DSC09796 copy途中、寒風で真っ赤に染まったほっぺの鼻垂れ坊主の手をひき、背の籠に赤ちゃんを背負った女性とすれ違い、自分が小さかった頃を思い出した。

幼い自分と当時の母と父。外の七輪で食事の支度をし ブリキの洗濯板で水の冷たさに手を真っ赤にして洗濯していた母。いつも仕事で居なかった父も、台風が来る度 ずぶ濡れになって外壁の修繕をしていた夏の夜。
ひびで切れた指に桃の花ハンドクリーム。ストーブの上の餅。庭の池と 祭りで買ってきた金魚を狙う野良猫。
愛おしい記憶の断片達、歩きながら目頭が熱くなる。

便利ってなんだろう、必要なものってなんだろう、幸せってなんだろう、、、何10年も変わらないここの暮らし…。ヒマラヤの山は、不便でも不便さが愛おしい、優しい気持ちになれる場所だった。



ナムチェに着きナンダに御礼を言い別れた。彼はこれから2日かけて家に戻る。
チップとして今迄先払いした分も含め7千ルピーを渡す。ガイド/ポーター料として予め旅行社に支払った分の何%が彼に渡るのか、我々は知るすべもないが、チップ25%は妥当な額だと思う。
渡しすぎだと言う人もいた。連日 金の話をされ 旅程を変更せざるおえない心境にさせられた事を思えばそうかもしれない…が、彼が居てくれて良かったのは事実。
7千円って、ケチな我々でも 東京で居酒屋へ行ったら一晩で使う額じゃないか、(2人分よ、それも良いめの店、我々ケチくさいから…。)これで帰りにちょいと酒でも飲んでくれたらいいじゃないか。(ナンダが後半、キッチンでチョロっと酒を飲んでいたのは匂いでわかっていた。酒飲む余裕があるなら金の話するなよ、と思ったんだがね。)


ナムチェの宿は南向きで終日乾いて暖かい心地良い部屋である。
気の済むまでここでゆっくりしよう。




12月4日

DAY15:ナムチェータモーナムチェ 宿泊先:ホテルチベット

パンボチェ朝7時の室内気温 ➖1℃、テンボチェ夜の室内気温1℃、ナムチェに来て夜の室内気温12℃と一気に住環境が快適になった。ナムチェ 暖かいよーー。湯たんぽが必要ないどころか毛布もはいでしまったほどだ。
暖かいって幸せ! 乾燥し過ぎだが、湿って寒いのの なん万倍も幸せだ。

我が宿のホテルチベットは食事は少し高めだが料理の味も良く清潔で快適である。
ここいらの宿は一泊ひと部屋200〜400ルピー。安い分食事代で稼ぐのだ。



寝坊し 10時半過ぎ、西のタモTHAMOという村までショートトレックに行った。
気持ち良い片道1時間40分の散歩。静かでのんびりした村だ。

DSC09821 copy花ざかりのテラスで昼食にスープを頼んだ。

コックの親父さんが 毛糸を紡ぐ手を止めず 「どこから来たんだ?」と聞く。
日本」と答えると 実に流暢な日本語で話が始まったのだった。
流暢なんてもんじゃない、生まれながらの日本人レベルである。


DSC09834 copy彼、名はアンチェリン、58歳。タモ生まれのタモ育ち。

エベレストのキャンプ2で15年間コックを務めていたそうだ。キャンプ2ってベースキャンプのさらに上 高度6000メートルにある。その前は日本人経営あのエベレストヴューホテルで8年みっちりコック修行をした筋金入りの山料理人であった。親子丼もおにぎり、寿司 カツ丼なんでも作り、いまだに自分で梅干しを漬けている日本通。日本語もそこで学んだそうだ。



それどころではない、故・植村直己氏がエベレストに初めてアタックした時に同行したガイド/ポーターのひとりである。1970年の事だ。

最初のアタックは強風に阻まれ一旦断念、その際一緒にいたアンチェリン氏は 植村直己さんから「アンチェリンさん、駄目だ、戻ろう」と言われキャンプ2へ引き返した。キャンプ3へ留まった他の邦人1名は強風に飛ばされて来た氷の塊に当たって死亡、生存出来た2人のネパール人ガイドも両手足の指を凍傷でなくす事態だったそうだ。氷の塊がビュンビュン飛び交う凄まじい光景だったそうである。

その時かぶっていた白いヘルメットは 今、彼の居間の壁に掛かっている。誰に頼まれてもどんなに高額でも絶対に売らないと言っていた。


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62歳まで山に関わって仕事をしたら その後はここをロッジに改装して料理しながら暮らすんだ、と嬉しそうに語り、家の中、外のオーガニック菜園、自分の城であるキッチンと 祈りのための部屋を見せてくれた。
キッチンにはピッカピカに磨かれた大小の鍋釜が整然と並んでいた。



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庭で奥さんの淹れてくれたオーガニックミント茶をご馳走になり、日が傾き始めるまで話をしていたとてもいい午後だった。


ちなみに彼の息子さんはテレビで表彰される優秀なガイドに成長したそうだ。









12月5日

DAY16:ナムチェービューホテル 宿泊先:ホテルチベット

ゴーキョ目指して登っていた時は、毎晩沢山夢を見たのだが、ここまでおりて来ると夢は見なくなった。
夢を沢山見る気がするのは、高度のせいで眠りが浅く 見ていた夢をよく覚えているからなのだそうだ。


昨夜やって来たミリタリー連中が 早朝から賑やかで、6時にはすっかり目覚めてしまい窓から景色を眺めていた。
彼等は英国に駐在するネパール軍の山岳地帯専門チームであった。ネパール兵が英国に派遣され始めて200年になる2015年に行われる 両兵のエベレストジョイント記念登山の下見を兼ねたトレーニングらしい。
山慣れした彼等は早朝からさっさと走って展望台を往復してきたようだ。

こちらはのったり起きて、エベレストヴューまでお茶しに行った。
2度目のヴューホテル。前回と比べると 風が強くなってきたらしくエベレストの山頂は白く雲だか雪だかがたなびいている。12月に入って天候が日に日に冬へと向かって行くのを感じる。

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ヴューホテルに駐機中のヘリ。

これで飛んでくるお客さんもいる。


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ヴューホテルからの帰りに クムジュンとクンデを回って戻る時、ビリヤードとオハジキを合わせたようなゲームに興じる青年達を観戦す。


帰り道ちょいと迷うが 日が山に隠れる前には宿に辿り着いた。


ミリタリーチームと一緒にダルバートの夕食。
彼等の食欲と食べる速さに目を見張る。宿からサービスの漬物やらサラダやら、我々もご相伴にあいなる楽しい食堂。






12月6日


DAY17:ナムチェ4日目


Good Morning NAMCHE !

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ミリタリーチームは早々出発して行った。残されたのは我々2人、また寂しくなってしまった宿である。
12月に入ってトレッカーの数はガクンと減った。オフシーズンへ入るのである。

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先日通ったキャンズマのベーカリーまで散歩。
シナモンロールもチョコパンもいまひとつだが、久しぶりの美味しいコーヒーだった。



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ナムチェに戻って青空市場を覗く。

土埃で茶色になった商品は新しいのか古いのか解らない。


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肉屋さん。
う〜ん、しばらくベジタリアンでいいや。。。



12月7日

DAY18 :まだ ナムチェ

夕飯を済ませると暇で、持参した本も何度読み直したことか。。。
21年前に出版された「ヒマラヤの山旅術」という古本をカトマンズのタメルで仕入れたのだが、内容に古さを感じなかった。20年前も今も ヒマラヤの生活は変わっていないということだな。
この古本屋は読み終わって返すと半額で買い取ってくれる。日本のブックオフより率がいい。


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この本によると「ヒマラヤ」とは サンスクリット語で「雪の住処」、「エベレスト」の名は 測量局長官のジョージ・エベレストにちなんだ名であること、「チョモランマ」とは「世界の母なる女神」・「サガルマータ」は「世界の頂上」であると学ぶ。
チョーオユーは「トルコ石の女神」、アンナプルナは「豊穣の女神」、ダウラギリは「白い山」、マナスルは「霊魂の土地」。
地球上の7千メートル以上の高嶺は全てヒマラヤに集中している。ここは女神の座。


流石にナムチェですることがなくなった。小さい町だから当然だが。
フリーWiFiを提供しているカフェへ行き、陽のあたる席に陣取り 久しぶりにインターネット。
山を歩いている間、大きな事件はなかったようだ。
ぼんやりしながら店内に流れるボブ・ディランやCCRの歌を聴いていた。



ナムチェでのお会計:ロッジ5泊分 10950 その他諸々 6100



12月8日

DAY19:ナムチェNAMCHEーモンジョMONJO 標高34402840 宿泊先:MONJO Guest House

荷を担いでくれる人がいなくなったので全て自分の肩にかかる、が、下りは楽だ。
転ばないよう足元に集中して歩いて 楽々とモンジョに到着。今日はここまで、急がず下るのだ。

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日照時間が短いモンジョは ナムチェと比べるとシンシン冷える。。。
モンジョゲストハウスの女主人は親切に午後3時半からストーブを焚いてくれたので、食堂でずっとトランプゲームをして暇つぶしなり。
ここの子供達は皆よく母親の手伝いをする。しかも揃って美男美女だ。
1番下のお嬢ちゃんは 朝 学校へ行く前に 我々の朝食の支度と片付けをしてから学校へ出て行った。偉いな〜。




本日のお会計:ロッジ 3250 (自家製アップルパイ食べたからな…。)




12月9日

DAY20:モンジョーパクディン 標高2840ー2610 宿泊先:パクディンゲストハウス


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トントンと下ってパクディンへ。
早い時間に着いたので宿を物色。あちこち回って 部屋代はサービスでタダというゲストハウスのトイレ付きの部屋に決める。シャワーは冷水ならタダで良いというが遠慮。

3泊すると言ったら向こうから値を下げてくれた。
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パクディンもモンジョ同様、日照時間が短い。日が陰ると寒い寒い。。。
ストーブに火が入るまでお茶して 口がさみしいのでクッキーの食べ比べをしてみた。
写真は右から美味しい順。


ロッジの食堂はどこもこんな感じ。中央にストーブがある。
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部屋代はタダだったが、この宿 食事が残念であった。
若い宿主の努力と夢に向かって頑張る熱意は伝わってくるんだが、料理の腕前は 。。。
どれも美味しくなかったのでインスタントラーメンなら間違いないだろうということで 淋しくラーメンをすすっていた。




12月10日

DAY21:パクディン2日目

荷を担いで高みを目指すのとは違い、大した目的もなくダラダラ散策するのは、どうも気が入らず。

裏山に登ってみる。脇の小道を歩いてみる…。でもすぐ戻ってきてしまう。今日は雲で日の光すら届かない集落は超寒い。
戻っても部屋は寒く。。。



12月11日

DAY22:パクディン3日目

パクディンにはモネストリーがあるのでエッチラ登って行った。
子供達が修行中。食堂で静かに食を取る子もいた。
野良犬を従えさらに散策。

ぐるりと大回りして着いた集落で昼食。ここは美味しかった。
そのまま食堂に居座って夕方までトランプゲームなり。

天気が優れない日が増えてきた。冬到来かな。。




本日のお会計:ロッジ3泊分 4310 + クッキー250


12月11日

DAY23:パクディンールクラ 標高 2610 2840 宿泊先:ロッジ NEST


パクディンから 空港のあるルクラの町までは登りである。大した登りではないが 標高はルクラの方が高い。
荷を担ぐと 嬉しくなってどんどん歩いてしまう自分達って、前世はロバだったのではないか?


午前中は陽だまりハイクで暖かく嬉しいラストトレック。ルクラまで2時間半、今日でトレッキング終了だ。
ルクラに着いたら飛行機の日程を変更して予定より早めにカトマンズへ飛ぶつもりである。

最後のトレッキング、噛み締めながら歩く。一歩一歩が惜しまれるほど楽しい。

楽しい山旅だった。怪我せず高山病にもならず元気で戻って来られた。みんなに感謝だ。



ロッジに着いて 日のあるうちに温シャワーを浴びる。トイレ/シャワー付きの1番良い部屋とマネージャーのイシュワが言う。ただしソーラーなので曇りの日はお湯が出ないんだが、コミコミで1泊500ルピーとは我々最後の大贅沢。






12月12日

DAY24: ルクラ

今までで一番寒い夜だった。

青空市場を覗く。
ナムチェよりさらにシンプルな市。

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食卓に欠かせないチリ香辛料が人気だった。計量カップにもりもり一杯を買って行く人達。

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天気がめまぐるしく変わるようになった。
青空を拝めるのはホンの僅かの時間しかない。

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午前中、雲が一瞬はれた短い間に、カトマンズからの小型プロペラ機が一斉に飛んでくる。
次々着陸しては 10分もしないうちに離陸して行く、見ごたえのある光景。
断崖絶壁の滑走路から下り坂をころげるように飛び立って行く パイロットの度胸と腕に 見ていると泣けてくる自分であった。





12月13日

DAY25: ルクラ

今朝7時35分、プロペラ機の着陸の音で起床。
朝の短い時間に着陸出来たのはほんの数便であった。明日、我々は飛べるんだろうか。。。
今朝、飛んどきゃ良かったか。。。


町は朝から深い深い霧の中、いや これは雲の中か。。。
日がささない1日。



町外れの病院で ヘリを使ったレスキュー訓練が行われてたので見学する。
(44さん、そうです、貴殿がステーキを食してらっしゃる間にYUKOさんがご友人に付き添って行かれた病院ですよ)
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年に一度の伐採週間中の今は

夜明け前から 1年分の薪を集めに皆 日に3度は山と町を往復している。





ルクラのメインストリートにはパン屋、スコティッシュバー、ネットカフェ、土産物、登山品店、銀行、エアラインオフィスと何でも揃っているが、笑えるのは なんちゃってマックやスターボックスカフェなんかの類い。
このスターバックスに連日通って夕方まで粘っていたのだが、売り上げレシートには〈スターボックス〉と印字されている。商標のクレームは来ないのか?と聞いたら「今んとこ まだ大丈夫」だって。因みにコーヒー豆は100%ヒマラヤン豆。美味しいコーヒーとケーキがある。

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12月14日

DAY26:ルクラ カトマンズ

朝イチ発の7時20分のチケットを手に まだ暗く空港の門すら閉まったままの6時10分にゲート前にスタンバる。
空港ゲートが6時30分に開くなら、「6時15分チェックイン」なんて言うなよ。空港の目の前のロッジに居るんだから。。。寒過ぎて足踏みしながら待った。いいんだぃ 一番乗りさ!!


ルクラ近辺は視界OKのようだが、カトマンズの方はどうか。。。?
昨日は飛べなかった男性が「カトマンズまでヘリをシェアしないか?」と聞き回っていた。
ヘリチャーターは1機カトマンズまで2000ユーロだそうな。ヘリの値段は飛行時間に比例する。1分幾ら ってな感じ。
パイロットを除いて定員4名、1人500ユーロなり。【乗り継ぎ便はゆったりめに】ね。高い旅行になってしまう。
ご参考までに、高山病でヘリを使って下山する場合のお値段は場所にもよるが EBC近辺からだと3000米ドル程度だそうな。心配な方は事前に旅行保険に入っておくといいかも。



7時50分。我らの機が先頭を切って着陸した。 と、次々 他も来る来る。一気に賑やかになる空港。
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DSC00080 copy客を下ろし荷を下ろし、我々と荷を積んで ホンの10分程度で あれよあれよと滑走路に出、感慨深く別れを告げる暇もなく スラリんっ!!! と ちっちゃなプロペラが崖から飛び出した。

やれやれ、カトマンズへ帰れるんだ…。と思ったら 頭の中は 既に ワインだーチーズだー と 煩悩爆発であった。。。


エベレストで出会った全てのものに 《 ありがとう》。
機会があったらまたいつか。




本日のお会計: ルクラ7300 + スタバとクッキー 他 2300


明日はイヴ。。

………… 。ってこったぁ、奴豚の誕生日。ふぅむ…。


…。ま、その為にネパールへやって来たんだが。

今年の半ばに「50歳の誕生日はヒマラヤで迎えたい!」と宣言して、海外に散らばっている友人達に「ネパールで誕生会やるんだけど参加できる人は?」と連絡して、、場所もカトマンズに赴任した友人宅と決まって、、、

みんなこのシーズンは忙しんだから 無理さね、カトマンズに集合って。


カトマンズの友人家族だって「ウチでクリスマス&誕生会?いいじゃない! 僕達は留守にするけど 自由にやって」って、彼らもクリスマス休暇を過ごしにアメリカへ旅立って行った。


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、先日から我々は2人ぽっちでカトマンズにてドッグ&ハウスシッターである。
2人ぽっちと言っても、お手伝いさんと庭師付き、そしてこよなく愛する老犬"クイン"が一緒で楽しい。クインのBF 隣家の雄犬"ベリー"も加わり賑やかである。

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14日にエベレスト近辺トレッキングから戻り、一気にブログをアップして、フト,,このところちっとも走ってないことに気付く。山歩きとランニングは全く別物で、トレッキング開始してすぐに 幾らマラソン走っているからといって山登りが人より速いかとか身体が出来ているかとかは全然違うのだなぁと実感した。(1週間もしたら山登り向けの身体に仕上がったが。。)

逆にトレッキングから戻って走れる身体に鍛えられたわけでもなく、やはり走らにゃアカン。。身体は夫々 担当分野が分かれている。ということで昨日実に久々 ランニングに出た。街を離れるまでは排気ガスや土埃がひどく不快ではあったが、裏山へ出れば 景観はさほどでもないが充分走れるトレイルがあった。野良犬達も比較的おとなしかった。



時差で皆様 それぞれ違うクリスマスをお迎えのことと存じますが、、、


世界中の皆さんに 《 a MERRY CHRISTMAS ! 》




カトマンズでは 道路拡張大プロジェクトが進行中。

我々の居る 閑静な・(冗談冗談)住宅街も 土ぼこりでエラい事になっている。
    (カトマンズに閑静な場所なんて存在するんだろうか?)



            プロジェクトの進め方がスゴイ。。。  






上の写真のように 家に赤字で 「こんだけひっこめよ!」 の意味で数字が書かれていく。メートル単位である。


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     塀ならば まだわかる。。。



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  。。。が、家の壁に書かれていると 家ごと壊さねばならぬ。




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  だから、こんな風に上から絵を描いて  
      なかったことにしたくなる気もよく解る。。。





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     これは すでに塀を壊してひっこめたお宅。


 こんな風に レンガと土ぼこりまみれで 家も洗濯物も植木もひどく汚れる。
 仕方ない 道路整備だからね。



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   【引っ込めたくないから神様を置いてみました。。】
     知能犯的 作戦か???






朝は、綺麗に掃かれて こ〜んな所のちっちゃな神様にもちゃんとお花が添えられていたのがネパールらしくていい。

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預かっている大事な愛犬が、2日前から咳をし始めた。

始めは咳とは思わず、庭で拾い食いして喉に何かが引っかかって吐き出そうとしているんだろうと思っていた。
が、ネットで色々調べていて、これは咳なのでは?と思いだしたのだ。

そういえば、先日鼻水たらしてクシャミしてたしな。。。
風邪ひいたか。。。
食欲もあるし一見元気そうだが、夜間に咳をし出すとこちらも眠れん。(同じ部屋で寝てるんで。。。)
咳込んでる姿は辛そうだ。


問題は、彼女が高齢だということ。13歳にしては元気だが。
若ければほっときゃ治るさとも思えるのだが、抵抗力なく変な病気を併発してもマズイと、近所の獣医へ行くことにした。

保険もないし幾らかかるんだろ?と不安になったが、金に替えられん。
早い方がいいと今日の午後、あらかじめ電話を入れてから行ってきた。

喉に炎症がある程度で 体温も正常、触診では異常なし。
肺に異常も見られないとのことでホッとした。

抗生物質と胃薬、喉の炎症を押さえるシロップを処方してもらって、ついでに痛んだ歯茎も見てもらいデンタル用ガムも貰って、しめて720円なり。おーっ、安い。

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良かった良かった。

早く良くなれよ。





        2014 午年 明けて おめでとうございます  


 元旦、新年新春にはおよそ似つかわしくない場所へ出かけた。


   パシュパティナート

ネパール最大のヒンズー教寺院。
シヴァ神を祭り 昔シヴァが滞在したと言い伝えられる聖なる地。
インドのガンジス川に通じるバグマティ川に面しているので、この川に遺灰を流すと大河ガンガーへ戻るとのことで、ヒンズー教徒はここで荼毘にふされて流してもらうのが願望だという。


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   川の横に幾つも焼き場がある。

   寺の前は位の高いVIP用だそうだ。


川の水で清められ 黄色い衣に包まれた遺体が担がれ運ばれくる。遺体を担いだ男性たちが薪の周りを回る。遺体を組まれた薪のうえにおろす。女性たちが遺体の周りを回る。親族が別れを告げる。
焼き場の係りが祈りを捧げ火をつける。
はじめのうちは黒い煙が立ちのぼる。
隣ではもうかなり長い間燃やしているのであろう遺体が 乾いた赤い炎で白い煙をあげている。
親族は、終わるまで正面にあるベンチに座って待っている。


             魂が天上へ帰る場所。

もしかすると、 新しい年を始めるにあたり 訪れるにはふさわしい場所だったのかもしれん。


人の身体が焼かれる煙と匂いに囲まれた。そうそういい気はしない。が、これは聖なる儀式、どのみち自分も煙になるのだ。


バグマティ川は綺麗な川ではない。
寺から200メートル下流はもうヘドロでひどいことになっている。臭いなんて生易しいもんじゃない。鼻を押さえても悪臭が鼻から肺へ入ってくるような気がする。ガンガーへの旅路はそう美しそうでもないな。

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DSC00369 copy  徒歩でボダナートの仏塔へ。
世界のチベット仏教の中心である。

先日も来たが、今度は登ってみた。
なんてことはない。仏陀の知恵の目が近くに見える。第3の目。
(サードアイ・ブラインドって名のアメリカのロックバンドはどうしてるのかな)

仏陀の骨が納められている。
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このまわりには土産物屋やレストラン、カフェが多いので ここで昼食して、来た時と同じようにローカルの乗合バスで家に戻った。

最近はもっぱら乗合バス利用。
車掌が降りる場所を教えてくれるので安心して詰め込まれて乗っているが安いし悪くない。急ぐわけでもなし。。。


本年もマイペースで。



お寒うございます。

暖かいところが恋しくなるこの頃。
ニュースで"ポーラーフリーズ"と言っている。
ポーラーフリーズ? 極寒ってコトか?
その次が Polar Vortex 。 極循環 とか 極冠 とか 極渦 とか和訳されていた。
そんな気象用語聞いたことなかった。


地球が生きている惑星だとつくづく感じる。
ちなみに、[ 地球が誕生してから約46億年。未来にはプレート運動が停止し、海洋はマントルに吸収されて失われていき、いずれは現在の火星のような姿になると予想されている]そうだ。地球寿命は説によると80億年らしいから折返し地点くらいということか。ヒトなんて地球の歴史の一部にも残らない存在だな。



何故こんな話になったかというと、、、
カトマンズの朝晩の冷え込みが厳しくなってきたからだ。

北米の比ではないが、暖房器具が限られているので家の中で毛布を腰に巻いて着込んでいる。
5日から計画停電が日に12時間になった。
自家発電で最低限の照明は使えるが、それ以外の家電はオフである。冷蔵庫が半日使えずとも平気だが、電気暖房器具は駄目でガスストーブを節約しながらケチケチ使っているので冷える。。。
三階建ての広い家は隙間風が入り室温はあまり上がらない。窓サッシなんてないし、ドアもピッタリは閉まらない。
夜はトレッキングの時に使っていた湯たんぽで暖をとって寝ている。

湯たんぽ入れないと足が冷えて眠れない歳になったかぁ。。。





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昨日6日は Garden of Dreams へ行った。

カトマンズの中心タメル地区にある公園。


昔は さるお方の個人庭園だったものが現在は一般に公開されている。入園料200円。
六つの季節をテーマに美しく形作られており、カトマンズの喧騒と塀隔て対比だ。

小さなオアシス的で芝生の上に洒落たマットが置いてあり横になって寛げる。日向ぼっこには格好の場所。
本を読む人やマッタリするカップル、絵葉書を書く観光客。
広くはないが洒落た場所である。




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カトマンズからローカルバスで5時間、ポカラへ来た。

ツーリスト用バスはタメル地区から毎朝7時に出ているが、タメルへ行くよりカランキというカトマンズの西にあるローカルバス停へ行く方が便利だったのでそちら出発のバンを捕まえた。一日中出発しているので便利だ。


カランキ交差点から延々とトヨタの小型バンが数珠並びで客引きをしている。
ポカラ行きはちょい先に止まっているので西側へずんずん歩くと「ポカラポカラ」という声があちらこちらからかかる。
一律500ルピー。生意気に小型バンでも指定席だ。通路にも座らせる。板を渡してクッションしいて、背もたれなしなんで常に何処かにつかまっていなければならん、それでも同値段か?


我々は後ろから二番目の座席に座らされた。乗客はネパール人のみ。バス停では外国人の姿は見かけなかった。


走り出して10分経ったかたたないか、後部座席右側の男がいきなり「ゲボッ」ともどした。もう車酔い?早過ぎない? 飛沫が髪にかかった気がして驚いて振り返ったら、下向いて自分のズボンにゲーゲー吐いている。

ひえー。。まいったなぁ、皆もびっくりだ。


車止めて車掌がビニール袋をもらってきたので取り敢えず顔をビニール袋に埋めていたが、降りる気配もなくそのまま車は走り出す。何度もゲボゲボという声がするので、我々は限りなく左へ移動して後ろからかけられないようにしていた。


道は確かに凸凹のグネグネ、車酔いの辛さは知っているのでしかたない。

皆、足元に置いてあった荷物を自分の膝の上に置いた。吐瀉物が床を流れてきそうだったからね。。。ありったけのトイレットペーパーを提供。

取り敢えず吐き気が収まって眠ったようだったので安心して席に戻る。


…。と、1時間ぐらいして後部座席左側の女性が「オエッオエッ!」と静かにビニール袋を口に当てている。

『頼むよ~』。。

気の毒ではあるが、そのせいでこっちまで気分が悪くなるのが心配だったのだ。
目を閉じ気持ちを落ち着かせなんとか眠ろうとしていたら、うまい具合に睡魔がきてしばし眠ることができた。


という まずはポカラへの移動話である。


ポカラの話はまた次回。




ポカラ

カトマンズと比べると のんびりした町。
湖の側でサランコットの丘や世界平和の寺の建つ丘があり景色良し。
空が霞んでいるのか空気がよどんでいるのかわからないがスッキリ晴れずに、なかなかアンナプルナ山群が見えないのが残念。

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物価はカトマンズより高め。
オフシーズンの今、宿は交渉次第で下げてくれるがそれ以外は結構高いね。食費が嵩む。レイクサイドは外国人向けの店ばかりで安い場所を探すのが難しい。
ダムサイドにはローカル向けの安食堂が多い気がする。洒落てる分レイクサイド高し。



着いたその日は湖周辺と町の散策。晩飯は久々にステーキなんて食べに行き早々に寝てしまった。カトマンズより暖かいと言っても暖房のない部屋はやっぱ寒いよ。


翌2日目はサランコットの丘へ登る道の下調べして、登らずお茶してノンビリ。店を覗いて隅から隅までくまなく町を歩いてみた。
宿のシャワーが湯量たっぷり、火傷するほど熱い湯が出るのが嬉しい。こんな贅沢シャワーは3ヶ月ぶりだ。


3日目、さてやっとこ始動。日本山妙法寺へ走って行ってきた。

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レイクサイドから往復16キロの予定だったが、寺から裏手へぐるりと回り予定変更。洞窟の入り口で終了して約20キロのランニング。
洞窟とデビル滝を訪ねてからレイクサイドまで散歩で戻る。

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さて、明日はサランコットの丘へ駆け上がる予定なり。


ポカラへは強化合宿に来たのであるな。



サランコットの丘

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往路は階段ばかりで颯爽と駆け上がるワケにはいかなかったが、これでもか!というほど大粒の汗を身体中から滴らせながら レイクサイドの宿から丘の展望台前まで約1時間30分。


ヒップアップには最適。

丘の上にはまず大きなアンテナ、それを過ぎると展望台に上がるための料金所があった。へ?お金取るんかい? たった30円だが気に食わないので展望台はやめ。裏手に回れば同じ景色が見られるんだから。

本日も空は霞かスモッグか判らないが視界悪く アンナプルナはスッキリとは姿を見せてはくれない。丘の土産物店先に展示してある写真で『は~ん、本来はこう見えるはずなのね』と確認する。
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見えたらホント 絶景なんだけどな。。。   (こんな風に)






       実際はこんな風だった。。
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パラグライダーのテイクオフを見ながら、丘の上から復路トレイルの検討。
なるたけ走れそうなトレイルを探して下り始めた。
サランコット近辺は沢山の細いトレイルがついている。それぞれの家からの生活の道なんだろう、藪の中や畑を横切って走って下って行った。
砂利や足場の悪い下りトレイルで足の親指に力がかかって痛くなり出した頃 町に着いた。

トレイルと平坦な道路とでは足運び足の持ち上げ方が大きく違う。
個人差もあるだろうが私の場合、ゴロゴロの石ころにつま先を引っ掛けバランス崩さないようつま先は上げ気味で着地するようにしている。同時に膝も意識して高く上げている。むろんこれは道の傾斜によっても大きく変化するが、要するにトレイルだと足運びに気を使うようになる。着地点や上半身の移動やバランスの取り方、トレイルランの楽しみはそんなとこにもある気がする。

距離にして13キロ程度だったが約3時間程の楽しい走りだった。

さて、次は何処行こう…?


7時起床。

近所にお気に入りのカフェも見つけた。カプチーノとドーナツの朝食を済ませ、湖一周へ出発。

地図上では途中道なき道を繋いでゆかねばならぬようだが、航空写真で見ると干上がった川を登ればつながりそうだ。
予想では世界平和の寺まで18キロ程度。
レイクサイドからサランコット側へ走って行き、7キロ地点で川を渡る。
ここは昨日 下見した部分。

渡しの筏を自分達で手繰って向う川岸へ渡る。
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畑を突っ切って、山にとりつく。

階段じゃない分、楽だ。
どんな傾斜だって 階段に比べたらずっとマシ。のろくても走って上がっていける。

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せっせと登って、干上がった岩ばかりのゴロゴロの川をガシガシ登る。

段々畑の中。

霞んでいるので景色はいまひとつ。



先日来た世界平和の寺、妙法寺の手前で右折して 今度は下る。
黄色い土煙をあげながら駆け下りる。


道路に出て 足場が良くなったので 気を良くしてスピード上げた。
気分良く 先日の洞窟の入口まで来て 奴豚が「昼メシ」と騒ぐので 今朝のトレーニングは終了なり。

20キロ。
やっとハーフ走れる身体に戻ったぞ。



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地ビールならネパリアイスかゴルカが良い。
エベレストもいい味するがチョット高め。



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平和に日暮れて、【 今日もありがとう】。

ポカラ合宿はあと1日を残すのみ。。。





ポカラ合宿最終日。


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別に何処と目的地を決めず、サランコットの丘近辺を駆け回った。

林や藪の中、岩をよじ登り、工事用の道を走り、丘を登り集落を突っ切って、気が済むまで走って 塩梅良くスタート地点近くまで 21キロ。




三日連続で通っているフリーダムカフェにて昼食とネパリアイス。(って、ビールのこと)

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いつもハッピーなスリヤ君は感じの良い青年である。
ここの食事は美味しい。サービスチャージと税取らないし。



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湖上を舞うトンビやパラグライダーを眺めながらちょい居眠り。

明日はカトマンズへ戻る。

タメルの古本屋で仕入れた 馳星周の小説を読み終える。ワンちゃんのブログはいつも拝見しているのだが本業の方を読むのは初めて。面白かった。




今朝、うんしょうんしょと丘を駆け上っていたら「Morning walk, good good」と民家から声がかかる。
ちょっとショック… 走ってたつもりなんだけどね、わたし的には。。。

強化合宿ったって、傍から見たら そんな程度さね。




カトマンズに来て69日経過。

早かった。。。 色々な事があり 良い時間ばかりだった訳ではないが、、、
ネパールは素晴らしい国であった。
是非 近々また戻ってきたいと強く思う。



カトマンズハッシュ ( HHH ハッシュハウスハリーズ)は メンバーのほとんどがエクスパット。
きっちり走れるランナーが沢山いると奴豚から聞いていたが、牛美は一度も参加せずにいた。

奴豚と一緒にハッシュランに行くのが嫌だったのだ。  何故か?
   まぁ理由は想像におまかせする。



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牛美にとって参加最後のチャンスの1月18日、一度くらいカトマンズでハッシュも悪くないかと出掛けてみたところ、
この時期にしては珍しい雨と雷に見舞われた。


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郊外の小山を駆け巡る。
コース取りは 半分以上が登りであった。


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知り合いの犬を連れて(というか犬に引っ張られながら)坂を登る。

ポカラ強化合宿の成果ありとみた。


走っている間は汗かき体温も上がるが、ゴールした途端 シンシンと冷えて来た。



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全員揃った所でサークル会合。ビール飲むにはチト涼しい。

が、せっかくビール代払った事だし 頂きましょう。




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誕生日を迎えたメンバーの為にケーキが三つも用意されており 皆 お相伴にあずかる。

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皆から寒いと文句が出始めた頃に会合終了。
早めに終わって 帰路についた。







一緒に過ごせて 本当に楽しかったよ、クイン。



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次に会う時までどうか元気で。

お世話になった友人一家に感謝。
再会を楽しみに、今宵は深夜便でシンガポールへ。




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東京タワーのライトアップを左手に、

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走って渡れなかったレインボーブリッジを渡って、

羽田へ。




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カトマンズへ向かう機内
去年と比べて 客層が違う気がする。

色々な国の人が居て、年齢層もさまざま。
前回 乗った時は、出稼ぎの帰国便のようだったが、今回は1ヶ月早いこともあり、まだ観光シーズン真っ盛りだからか?



到着して ビザ申し込みの長い列に並ぶ。90日分のビザ代金を納めて 次に入国審査の列に並ぶ。オンラインビザ申請が出来るように ネット端末が設置されている。こちらも長い列。オンラインはクレジットカードで支払えるのがいいのかな?
頻繁に訪れる外国人に対しては、執拗な質問をしていた管理官も、我々には「ネパールは初めてか? 以前はいつ、期間はどれほど滞在したか?」(これらは全て申告用紙に記入済みなのだが) , だけで パスポートの前回のビザをチェックして 無事入国となった。



空港には友人のお抱え運転手が迎えに来てくれていた。


空港からの道すがら、やけに車が少ないのが気になる。人も少ない。
今回は友人宅には泊まらない予定だったが、とりあえず家まで連れて行ってもらう。

車が少ないのは 祝日のせいであった。


ネパールで最大の祭り “ダサイン”の真っ只中だったとは、知らずに来る我々も無知丸出し。
カトマンズはもぬけの殻のように静か。
日本のお盆や正月同様、家族で祝う一週間なので 皆 故郷に帰省中だそうだ。
友人も休みを利用して国外へ…。というわけで、また留守宅にお世話になる事に。

が、今回はちょいとシチュエーションが違うのだ。

夫婦別居。

詳細は次回に。




今回、カトマンズで 猫たちの世話をする事に。。。


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1匹の予定が 6匹に増えてた。
母猫は 甲斐甲斐しく 子供達の面倒をみている。

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交代で こっちの家のワンちゃん と あっちの家のニャンちゃん を 見ているんである。
と言うわけで、夜は こっちとあっちに分かれて 別居生活。




ネパール最大の秋祭り真っ最中にカトマンズへ来た我々。

ダサインと呼ばれるこの祭りは、五穀豊穣を願い、収穫を祈り、生贄の捧げ物をして神に祈り、家族で過ごす長期間の大祭。

里帰りのせいでカトマンズは閑古鳥、車も人も居なくて静かー。
店も学校も銀行も みんな閉まっている。レストランも閉まっている。開けているのは観光客向け。


生贄の山羊やら鶏の血で道路が赤い。
ティカと呼ばれるおデコの赤い印や赤い服で 町は圧倒的に真っ赤系。
家の前や車にも御供え。


我々が到着後、先ずせねばならなかったのは両替屋で現地通貨ルピーを手に入れること。
開いていたスーパーで取り敢えずの食料確保。

人気の少ない 中心部のタメルを散歩。
開いていた古本屋で椎名誠の文庫を買う。読み終わって持っていくと半額で買い取ってくれる。寡黙で礼儀正しい店主。


車の通りが少なく静かな分、余計にバイクのクラクションが耳障り。
出会い頭にぶつからないよう ビービー クラクション鳴らし合うならさ、四つ角では徐行しようよ…。
何も 当たるか当たらないかのスレスレで歩行者を追い越す事もないじゃん。




この子は 隣の雄犬 "ベリー"。 入り浸りですっかり家族の一員。
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図体はでかいが甘えん坊で お腹をさすれとせがんでくるが、見知らぬ人は容赦なく襲う。



仔猫の世話をするのは初めてなので 毎日が発見、毎日が勉強 である。

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仔猫の成長力、観察力、順応力には 目をみはるものがある。

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成長のペースが物凄く早い。
身体の成長よりも 知能の発達の方。
好奇心が強いので 何でも見て覚える。
兄弟のうち 1匹が トイレを上手に出来るようになったと思ったら すぐに皆が出来るようになった。なかに1匹 トイレ砂を食べる奴がいて こちらはチョイと工夫したのだが。。。


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1匹がソファによじ登れるようになったと思ったら すぐさま全員登って 伸び伸びとソファで寛いでいた。




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離乳の時期で 母乳から どう離乳食へ移行しようかと思っていた矢先、1匹が猫缶を食べ始めたら 皆が真似して食べるようになった。
カリカリのドライフードも 始めは見向きもしなかったくせに 母猫が食べているのを見て もう食べ始めた。

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とは言え、まだ おっぱいチューチューである。


なんて世話のかからない奴らなんだろう。
トイレは一発で覚えた。


1匹が 冷蔵庫の裏へ回ったと思ったら 全員が回ってしまい 埃まみれになっている。母猫が 埃を舐めとってくれたのでホッ。。
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そして、だんだん それぞれの性格が出てきたのが見ていて面白い。
これから なんでも齧る年頃になるので チョイと心配であるが。


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猫って しなやかで 逞ましいんだなぁ。


お気に入りのお腹の模様。


ネットで仔猫の事を色々読んでみたが、どのサイトも猫の扱いが壊れ物に触るような 下にも置かない待遇ぶりで 少々驚く。
そんなに上げ膳据え膳で育てるもんなのか?
環境の違いを感じる。
ネパールは 猫に限らず 犬も牛も みんなタフだぞー。
ヒトも同じ。タフでないと生き残れないのだ。
母猫と離れるのが早すぎるんだろうなぁ、本来なら母猫が全部やってくれるんだから。

それとも、ペット産業の目論見にまんまとハマっているだけか。


まったく走っていない。。。

カトマンズに来てから 1ミリたりとも。

理由は色々ある。が、そろそろなんとか方法を見つけねば。
ネパール人の隣人ご夫婦は共に医者で、朝早くバトミントンコートの周りをぐるぐる走っているのだが、バトミントンコートである… 猫の額ほどの場所をぐるぐるで目が回りそうだ。それでも何もしないより良いな。




仔猫達はスクスク育っている。
まさに “ 見る見るうちに ” という感じだ。
昨日までは針金のように細い尻尾だったのに、今朝はフサっとしてきた。

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母猫の乳は 後脚に近い乳首が出が良いらしく、押しの強い黒2匹の定位置になっているのだが、やはりたくさん飲んだ分 他の2匹よりもガッシリと身体が大きい。
白のチビ助は か細いがよく走り回るようになった。

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連日 猫の写真で失礼。
見ていて飽きないのだ。
決してメロメロになっているわけではない。


ぷくぷくの黒 肉球 と



母猫の枕になるピンクの小肉球
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フニフニする至福のひととき


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おくつろぎ中。


あっ! イケナイ… また仔猫の写真を載せてしまった…。

犬宅と猫宅を掛け持ちしているのだが、食事は犬宅の方で自炊。
無論 大したものは作らん。
生野菜は食べないし 水には神経質なほど気をつけている。
慣れるまでは スープとかパスタとか 貧相めな食卓だが 文句はない。

犬宅にはお手伝いさんがいるのだが、別に我々のために居てくれるわけではなく、友人が帰国するまで 用事を片付けているのである。

20141011010527c29.jpg数日前、そのお手伝いさんに、我が寂しい夕食のモモ ( モモとは日本で言う水餃子 ) 入り 野菜スープを 半ば無理やり一緒に食べないかと誘ってみた。

その翌日、彼女が昼食を作って 誘ってくれた。
庭の家庭菜園野菜で作ったカレーと野菜炒め。ヨーグルト添え。
美味しかった。


今回は努めて緊縮財政。財布の紐はガッチリ固い。
カトマンズに来てから 10日経過。これまでの出費2万円也。
厳密に言うと羽田への交通費、KL空港での飲食費も含んでいるので カトマンズ出費はもう少し少ない。
カトマンズと言えども、外国人向け飲食店やスーパーは外国人向け値段が付いているので決して安くはない。
一番不経済なのは酒類。地ビール大瓶200円は良いとして、輸入酒類は高いのだ。


今日のニャンコは 寝顔。
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20141011010549090.jpg 20141011010550d13.jpg隣の黒と比較するとチビだが態度デカイから大丈夫。




10月12日に引越しした。

犬と仔猫たちの世話がこの日に終わったのだ。
(あぁ残念。別居も終わりか…)


1ヶ月契約の賃貸家も探したのだが、タイムリーにもネット経由で「ウチにいらっしゃいな」と誘ってくれたドイツ人女性の邸宅にお世話になることにした。
全く見ず知らずの我々を ネットのカトマンズコミュニティーサイトで見つけて 何処が気に入ってくれたのか? 広い家に一人で住んでいるから自由に使って良いとおっしゃるのであった。

今まで カウチサーフィン系のサイトで こちらから「泊めてくれませんか?」とお願いすることはあっても、お会いした事もない全くの他人から「ウチにいらっしゃい」と誘ってもらうとは思いもしなかった。

カトマンズの国連関連団体で精力的に活動する 明朗快活、聡明でオトナな彼女。年齢も近い。重要なポジションで日々 重責をこなす彼女は仕事を終えて帰宅すると 我々の話のレベルに合わせてくれ、楽しい時間を過ごさせていただいている。素敵な人だ。


参考までに: 我々が見に行った賃貸物件の情報をば。

場所は Kupondole 外国人に人気のエリアである。
中心地 Thamel タメルから少し離れ 静かで安全。因みに外国人が多く住むのはこの近くのSanepa, Dhobighot, Jawalakel,Patan 近辺で店もレストランも多く便利。UNや大使館、インターナショナルスクールが隣接している。
見せてもらった物件は三階建て屋敷の 二階部分の1LDK。
ベッドルーム、リビング、小さめのキッチン、トイレシャワー、ベランダ。光熱費、ネット接続込み、停電時のバックアップジェネレーターあり、24時間温水シャワーあり、掃除/洗濯付き (多少の心付け必要) で ひと月36000円と言う。(実際は2人で住むなら4万にして欲しいと言われたが 交渉次第で下がるだろう。)

実際見た感じは 『少々古いなぁー、』であったが、ここに決めても良いかなと思っていた。隣人も静かそうだった。(これ大事なポイント)


興味のある方は 以下をコピペで。
http://www.apartment-kathmandu.com/1bedroom_kupondole_big.htm


カトマンズには大きな屋敷の賃貸物件は沢山あるのだが短期契約物件が少ないのだ。
サービスアパートだとひと月で10万円以上する。



で、今は 立派なお宅で お手伝いさんとガードマンさんと一緒に優雅に暮らさせていただいている。




でもって ワンちゃん付き とは 申し分ない。

彼女の名前は ミラ。


アンナプルナサーキットへ行くと宣言していたので、先日の雪崩に巻き込まれてはいないか?と ご心配いただいた皆様、我々 まだカトマンズにおり 無事に平和にしております。

ご心配おかけしてすみません。

来月、アンナプルナへ行くかどうかは 状況を見極めて 慎重に決めることにいたします。


カトマンズ市を取り囲むようにぐるりと一周しているリングロードの外周へ出ると 景色は こんなにものどかになる。


山手線の内側と外側って感じか? こんな例えじゃ解る人は少ないだろうな…

奴豚はハッシュランに参加しているのでカトマンズに来てから結構走っているのだが、
牛美はお初の朝ラン。


喧騒を後にすると、まわりは菜の花畑で黄色く染まっていた。



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水浴び中のアヒルとか、幾分きれいになりつつある川とか。。。

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201410171710586e6.jpg小高い丘の上にある小さな村のお寺拝見。
ひっきりなしに村人が祈りに訪れ、綺麗に掃除する人達。

リングロードを出て外へ行く。
「ナマステ」と挨拶すると 皆 「ナマステ」と笑顔で返してくれる。
カトマンズの郊外はそんなところだ。

奴豚が しつこくHHH(ハッシュラン)に参加しろと誘うのだが、今まで 仔猫や犬の世話を理由に拒否してきた。
何故か 気乗りがしない今回のカトマンズハッシュ。

もう 愛犬や愛猫を口実に出来ないので 渋々 行ってまいりました ある日の土曜の午後。



リングロードから外に出て でっこぼっこの道をガツンガツンと車で行くこと約1時間。
渋滞さえなければ30分の距離なんだが。。。

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懐かしい顔も見かける。
前回走ったのは今年の1月だ。

いつも通り 本日のコース説明があり、、、




紙のマークを追いながら 走り始める。
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川や田んぼや 枯葉でぐちゃぐちゃの藪を足元あやしく ずんずん走る、というか登るというか、
ともかく 始めた以上は終わるまで 進まねば 終われない。

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小さい虫たちが 目や鼻や耳に飛び込んでくるのを 払いのけながら。。。

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蛭がいるだろうなぁ いやだなぁ と思いながら走っていたが やはり。
執拗に足回りをチェックしていた牛美を 皆は「この季節はもう蛭はいないよ〜」とからかっていたが、

     やっぱいたじゃん。

  で、みんなで 蛭チェック。

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高台からの景色は綺麗なんだが。。。



走り終わって あぁホッとする。
サークルを組んで 皆で色々難癖つけながらビールを飲み回す。

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地元の子供達は なんだろう?と 興味津々。
きっと バカな外国人達と思ってるんだろうなぁ。





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なんだかんだと揶揄われて 皆 順番で飲まされる いつもの光景。
会費払った分 飲ませて貰いましょう。望むところだ。


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カトマンズ郊外に平地はございやせん。。本日の高低差。




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持ち寄りのつまみをいただき ビールを飲んで、
皆で騒いで 走って飲んだあとは まだ明るいうちに 解散。


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家に戻り 夕食に出かけ 今晩もネパールの国民食 ダルバートを美味しくいただく ある日の夜だった。




今年 二回目の風邪をひく。

年取ったかな…。首と名のつくところがスースーする気がする。
カトマンズの朝の冷え込みが急に厳しくなったせいか?
鼻水たらしている。


先日はサイクロンのお陰で 暴風積雪雪崩に見舞われ多数の遭難者を出したアンナプルナ。
降り積もった雪は 無論溶けるわけもなく さらに新雪が降り積もっているそうだ。
5千メートル地域の天気予報を見るだけで寒気がする。

どうするか 来月予定しているトレッキング。

ネパール観光文化庁によると、ネパール全土のトレッキングコースは平常通りオープンしているそうだ。観光トレックは大事な収入源だしな、閉めていられないだろう。
我々、冬山厳寒装備はしていないし、ひとさまに心配かけるようなルートを行く気は無いんだが、はてさて。。。



取り敢えず 昨日からネパールは またまたお祭りへ突入。
10月は祭り月。ネパール最大のダサイン祭りが終わったばかりで 今度は2番目に大きなティハールという祭り。光の祭りとも呼ばれ 明日以降は家々にランプや蝋燭の灯りが煌々と灯されるらしい。

初日の昨日は 鳥を大切にする日。
今日は犬。
ネパール中の野良犬達がたらふく餌をもらえる日である。

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ココのうちの子は ちょいと太り気味で 飼主から餌やオヤツをやり過ぎないよう注意を受けているので ナデナデする程度で我慢してもらおう。
牛の日もやってくる。

トレッキングの相談でタメルの旅行社へ行きたいのだが、祝日で休みかもしれないし、許可証を取得するにも休み明けを待たねばならぬので 来週までは手持ち無沙汰で ぶらぶらするしかないな。




ちなみに: トレッキングに必要な許可証類だが 以前は手数料を払えば旅行社が代理で取得してくれたのだが、制度が変わって ガイドやポーターを頼まず全く個人で行く場合は 代理取得は出来なくなり、本人が取りに行かねばならなくなった。
半日で取得できるらしいが オフィスへ必要書類と顔写真6枚持参せねばならぬ。
旅行社にガイドを頼む場合は 変更なし。





北まくら を気にする人が世の中にどれくらいいるか知らない。

北向きが 一概にどうとか、人それぞれだから 他人様のことは置いといて、
今回 あてがってもらった部屋のベッドが北まくらであった。

無論 家主も奴豚もまったく御構いなしで、牛美だけ 内心 出来れば向きを変えたいと思いつつ 数日が過ぎ、奴豚に提案したら ハナから理由も聞かずに却下されてむくれていた。

北まくらどころか ワタクシの頭は ドアの横、風の通り道で、部屋というより廊下に寝ている気になるような 落ち着かない位置であった。
そのせいで風邪ひいたとも言える。。。


数日むくれて鼻たらしていたら 奴豚が折れて ベッドの向きを変えることになった。



ほらごらん。
部屋の感じも 心地よさも格段の差だ。部屋らしくなったじゃないか。(こういうのを英語のスラングではHomeyという。)
寝つきだっていいぞ。要は バランスの問題じゃ。

お陰で 夢に 木村拓哉君 (注 参照) が 久しぶりにお出ましくださり 、熟睡出来たというものだ。

: 特にファンではないが 10年前から木村拓哉君とは夢の中では親友なのである。実際にお目にかかったことは一度もない )

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ワタクシのオフィスとミラ嬢


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昨夜は ティハールの祭の 女神ラクシュミーを迎え入れる行事。

停電で暗い夜の町並み。

いつもは 容赦なくすっ飛ばす バイクやタクシーも 今宵は通らない 静かな道路に
ほのかにオイルランプの小さな皿が ぽつんぽつん と 灯っている。

家々の前には おもいおもいの曼荼羅が描かれ マリーゴールドの花で飾られて、ランプの灯りは 敷地内へと 迎え入れるように連なっている。
ある方のブログに写真が載っています (スミマセン、無断 貼り付けしました)

まだほの明るい夕刻には 子供達が 祭りの嬉々とした雰囲気に浮かれ 皆で歌いならが駆け回っていた。
遠い昔、提灯をさげて近所を歩き回った夏祭りのことを思い出した。
ネパールに来ると いつも古き良き昔のことを思い出すのだ。


夜が深まり 大人達が集い 家々の庭で女性は衣裳を身に纏い 歌と手拍子に合わせて 踊っていた。男性陣の踊りは 無骨、女性はしなやかな動きであった。

あちらこちらから歌声に合わせて 手拍子と歓声が湧いていた。

みんな 歌 上手いじゃないか。

良い宵 であった。





こちらは 今朝のミラ。

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決して 強気には出ないが、
さりげなくテーブルの横で
皿から何か こぼれ落ちてこないか、
万が一、お裾分けをくれる気になったりしないか、と
静かに一途に 存在を主張している。







ミラ 「やっぱり 駄目ですかね?」


牛美 「 待つだけ無駄です」










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