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カッパドキアへ行っている間ジョギングが出来なかったので一週間ぶりに走った。

走らない日が続くと調子が悪い身体が堅くて重いし、すぐ腹回りが緩んでくる

通常 ひとりで走りに行くときは護身用でペッパースプレーを持つのだが イスタンブールにもすっかり慣れたので手ぶら。

  飛行機のカーゴに搭載許可されているタイプのスプレー




走っているあいだ 人はセンシティブになるらしい

小さなことで力がみなぎったり 急に疲れたり、些細な事が大きく影響する。

長距離ランナー相手に 途中ネガティブな発言は禁物である。




私のようなお気楽ジョガーでさえ走っている間は涙腺がもろい。


いつものスイミングチームに再会。
もう水温は冷たいだろうに元気に泳いでいる彼等を見て涙が出る。
汗と涙がごっちゃだ。。。


すれ違うジョガーと軽く挨拶を交わす。
ほんの頷きだったり 手を挙げたり 「Hi」と声を交わしたり...それは小さな仕草だが 互いに早朝起きだし、ランニングシューズを履いて外に出て来たというそのこと自体を認め合い、今 自分が感じている走る喜びを 相手も感じているだろうと思いながら---
この仕草は長距離を行くランナー、チャリダー、ライダー特有のものなのだろう。同じ思いを心に持つ者達の挨拶。
我々は転々と各地のマラソンを渡り歩く週末ランナーにすぎないが、いつか果てしなく長い距離を走る奴豚を、チャリに荷物をくくりつけて牛美が追う日々が来るかもしれない。
先のことは まだわからない。。。



          小さな事が 心を揺らす


    時には無心に
       或いは色々な事を考えながら 走る。

           一歩、一歩


走れる ということは なんと素敵なことだろう。



今日 イスタンブールをあとにする。

10月9日に来て はや一ヶ月。カッパドキアへの旅行4日間を除けば、3週間強 同じホテルで過ごした。そこそこのホテルなので滞在費はかなりかさんだが。


別れの朝 (大袈裟な。。。) キッチンの母(朝食を用意してくれる女性)に お礼とお別れを言いに行ったら、大きな胸に抱きとめられて 神に旅の無事を祈ってくれた。。言葉はよくわからないが多分そうだったのだろうと思う。 泣けてきた。 (まるで「うるるん滞在記」みたいだった) 優しさにぐっときた




さて 写真で見る イスタンブールのコーナー
     ーーーそれぞれにタイトルもつけてみたーーー




「世界の中心(セカチュー)」

かつてイスタンブールが世界の中心だった頃、この柱は中心のさらに中心だった。ここから世界各国への距離が測られたものだった。

 「世界を我が手に」 サルタンの夢




 

「アジアとヨーロッパをつなぐ橋」
マラソンで走ってわたると思入れもかなり。。。






「トプカピ宮殿」




蝋人形館ではなく「生身」。微動だにせず。。。



「ハーレムへの入り口」
  
サルタンが歩く道には こんな模様が。。。



お棺に何を思い何と刻んだのか。。。 「遠い過去から未来への翼」。。。

歴史博物館にて






「イスタンブールに来たら魚を食え」

   

魚の屋台の回りには野菜スタンドも

   

サバサンド(サバパンとも言う)は なかなかいける


  

魚は豊富。値段は場所によりぴんきり。
飾り付けの綺麗な観光客用のレストランから~~
    心暖かい主人のいる 庶民の屋台。
    赤いエプロンの男性は連日お世話になった魚屋のおじさま。
    いつもおまけしてくれた。
    炭火焼と唐揚げ 堪能しました。




「アジア大陸の果て Üsküdara」 
  ウシュクダラ とか ウシュクダー とも呼ぶ
    果て か 始まりの地か。。。





   

「イスタンブールを見渡す丘」から
花壇はつねに花でいっぱい。丁度パンジーに植え替えの時期。




「掟破りのスイミングチーム」スイミングチームの説明はこちら

スイミングチームは わざわざこの場所で泳いでいる
好きだな~~ 元気なお爺ちゃん達。







   あ、言い忘れてましたが イスタンブールは「買い物天国」。女性には罪な場所。我々はウィンドーショッピングでしたが。。。



いつか戻って来れる事を願いながら、数々の人の心の温かさにふれた思い出を胸に 


          「またいつか。。。」


丸一日の電車旅、またアテネに戻って来た。







アテネクラシックマラソンで10キロ走るため。




フルマラソンは もちろん マラソンの地からアテネの古代スタジアム(リメイク)めがけて走って来るのだが 我々は市内の10キロ。


フィニッシュがスタジアム。マラソンの日だけ特別にスタジアム内に入れるので是非とも走って入ってみたかった。

本日 ゼッケンピックアップへ。

  

 まずまずのにぎわい







先日イスタンブールでお会いした世界記録保持者のゲブレシラシエ氏のポスターあり






  



明日はこのスタジアムへ風の様に走り込みまする!


11月9日 アテネマラソン

めずらしく 雨 降ってません






10キロの市内レース スタート風景







      

スタジアム前を9時半に出発。片道5キロのほぼ同じコースを往復してフィニッシュはスタジアム内。
これはスタジアム直前のカーブ と フィニッシュライン
男子1位のケニアの方のタイムは2時間12分。骨と皮だけかと思うほど細身で長身。

ご覧のように スタジアムに観客がまばら。。。なのが チト残念。






女子の一位は たかみまい さんという日本の方。
2時間36分。 早いなぁ~~~


あ、牛美は55分、 奴豚は49分  でした



10日にアテネからパリへ来た。


東南アジアへ移動する途中、パリ~NY~成田を経由して行く予定。

パリでは友人達との嬉しい再会があり、連日楽しい時間を過ごさせて頂いている。

25年ぶりに会う友と 1年ぶりに会う友と。。。
世界は狭くなったと つくづく感じる懐かしい夜。

パリ → ニューヨーク → 成田空港 → シンガポール

昨夜 深夜0時にシンガポール到着。
短期間の移動で少々疲れ気味。
時差もあって 身体はまだヨーロッパ時間。


ニューヨーク 雨
成田空港 雨
今朝のシンガポール 雨 そして 雷

世界的に雨ですか???


雨蛙とヤモリの歓迎受けてます。。。

                                   取り急ぎ
   

そそくさと タイに移動して、現在地 バンコク。

奴豚は 明日 23日(日)夜明け前に 10キロレース走ります。
牛美は 遠慮。。。  湿度高くていかんわ~~。

またまた 取り急ぎ。。。

微笑みの国 タイはバンコク

ここへ来たのは10キロレースを走るため。

   「よくまぁ飽きずに、あちこち走り回って、いったい何考えてるんだか。。。」と 

タメ息まじりの言葉が耳元に聞こえるようだ。。。
。。が、旅のテーマがマラソンしながらってことなので継続出来る間は走っていようと思う。
そのうち マラソンなんて優雅に走っていられなくなる日も近そうである。。。



ゼッケンピックアップ。今回は奴豚だけ参加。 

Tシャツとナンバーの入ったGoody-bagを受け取りに。Tシャツはクイックドライで肌触りよく なかなかの品。





バンコクは今が短い冬。冬ったってぇ、暑い。

湿気と昼間の気温がわずかに低い気がするくらい。なのでフルマラソンのスタートは午前2時。(エリートクラスは3時半スタート)。 夜中の2時ですぜぇ~~。 タイムリミットは7時間。どうしても9時前には大会を終了させて 通行止めを解除したい考え、と、もちろん暑さ対策でもある。(余談だが バンコクの交通渋滞は半端じゃない! 動かないったらびくとも動かない。朝夕の渋滞時にはタクシーに乗ってはいけない。。。メーターが上がる上がる。。。ま、もともとタクシーはべらぼうに安いんだけど)

奴豚は10キロなので6時45分スタート。4時から目覚めていたので 早めにスタート地点へ行き、エリート選手のゴールを見ていた。

まだ 月も星も輝いてます。。。

     

ローカルの出場者が沢山。
バナナも沢山。      



          
         



ルールも厳しくなさそう、ってことで 牛美もゼッケン付けずに飛び入り(?)で 一緒に走ってしまった。誰にも何も言われずフィニッシュラインをくぐらせてもらった。おまけにメダルまで貰ってしまった。。。!

かたじけない。。。 ありがとう バンコクの皆さん。感謝。


このところ移動が多くて まともにトレーニングしていなかったので、(NYのホテルではトレッドミル、シンガポールでは近所を走ったが)、早朝ジョギングのつもりでゆっくり走った。蒸暑くてとてもタイムを気にしながら走れる程体力に余裕がなかったのが事実。

スタートですぐに先を行く奴豚にはぐれ 我が道を行く。2キロ過ぎた頃から、ムムム、、 便意... あっちゃぁ~~。 どなたも経験済みとは思うが 便意には波がある。寄せたり引いたり、寄せたり引いたり、足からの振動がお腹に伝わらない様にそろりそろり走行で10キロ完走。
  1時間8分也。奴豚は1時間ジャスト。   お互い暑さに負けてました。

          

フィニッシュ後には マクドのチキンバーガーが出て、広場では ローカル色豊かな食のサービスあり。長蛇の列で頂きませんでしたが、バンコクらしくていい感じ。

        




次はアンコールワットでハーフマラソン。2008年 締めのレース。
少しは涼しい事を期待。
来年早々 またタイに戻り北上して とうてい観光客が訪れる事もない ど田舎の町でハーフを走る予定。しばし東南アジアでのレースが続く。。。

           




ある種、水を得た魚の気分に近いものがあるかもしれない。すこぶる居心地がよい。
     というのも... 
     牛美は外見がひじょ~~に タイ人に間違われやすいのである。

本人は限りなくハワイ人に近いと思っているのだが、バンコクに来てから ず~~っとタイ語で話しかけられている。土産物屋やレストランの客引きには無視され、道や時間をタイ語で聞かれまくっている。知らんって。。。) ま、いいけど。



例えば カオサンロード近辺で背後から客引きのタクシーやトゥクトゥクが観光客と思って近づいて来る。。。 と、私の顔を見て 無言でスピードを上げて通り過ぎて行く。。。 

今までもらったチラシと言えば SHUSHI屋の割引券一枚きりで 日本の人から英語で渡された。

タイ語で話しかけられて 判らん と英語で答えると 改めて人の顔をまじまじと見て 『へえぇ』てな感じで去って行く。 フランス語よりもタイ語習得が先か???マジで検討している。



バンコクは今。。。


 連日 ネットのニュース上ではバンコクのPAD(反政府市民団体「民主主義のための市民同盟」)のデモが過激化して 町では緊張が高まっていると書かれてあり、これを読むとバンコク市内は混乱状態のように想像される。「なんだかキナ臭い、危険そうだから敬遠しとこう」と思うのも無理はなさそうなニュース内容。


じゃ、実際の所どうなのよ? という外部の目から見て感じた報告をば。。。


市内はいたって静かで平和で どこでデモしてるの? という感じ。
国会前をタクシーで通過したが ここがそうよと指摘されたとしても分からなかったであろうと思うほどだ。一概に「市内」と言っても国会の回りだけであろうと思われる。そして臨時政府が設置されている国内空港施設内ではきっと大掛かりなデモが行なわれているのだろうと思う。それらは新聞の朝刊一面、そしてヤフーニュース等からの情報であって、デモについて話す人は回りにおらず、ローカルも普段となんら変わりない生活をおくっている。

バスや電車も普通に動いている。町に特に警官が多い訳でもなく、パトロール中のお巡りさんも道ばたで談笑してたり 屋台で飲み物買っていたり と のどかな雰囲気。
唯一目についたのは 各大型ショッピングセンターの入り口に金属探知機のような 空港等に設置してあるセキュリティー機材が置かれており、時々客のバックの中を調べている程度だ。これはイスタンブールにもあった。そのうち東京にもお目見えするかもしれない。

バックパッカーの天国と呼ばれる「カオサン通り」からほど遠くないゲストハウスに泊まっている我々だが、カオサンの盛況ぶりは変わりなく、多少清潔にはなったかな?という通りに 今日もバックパックを担いだ多くの観光客が来ては去り、来ては去りを繰り返している。全くもっていつものバンコクの様子。
反政府のデモ人員は3ヶ月という長引くデモ期間のうちに1万人以下に縮小しているようである。1万人というと武道館の1、2、3階席を合わせた人数程度か。。
さらに長期化した場合、国民からの支持が得られるのかどうか が 今後の勝敗の分け目になるような気がしている。

ただ、国際空港閉鎖宣言されてしまい、明日26日だけでなく その後も続くと我々にとって大変迷惑なことになるので それが目下の心配事。
28日にはカンボジアへ飛ぶ予定なのであるなぁ。。。 

そして 国際空港閉鎖は続く。。。


バンコクは夜にヨーロッパ線が集中して出発する。昨夜空港に居た人達は本当に気の毒である。
何も情報がないまま空港内で飲まず食わずで夜を明かしたらしい。。。という情報はヤフーのニュースが一番早い気がする。テレビでも時々空港内の様子を写したCNNニュースは流れるが速報とは言えない。今朝 何も知らずに空港へ行こうとしていたフランス人夫婦を引き止めた。そんなもんです、この近辺は。

本当に何事もないように静かで平和なもので、パソコンでチェックしていない限り状況は把握出来ない。今朝は流石に朝食中、テレビの前を宿泊客が囲んでいたし、英字新聞にも誰もが目を通していた。出発便のある者もすっかりあきらめて延泊を決めていたし、この際 我々も腹を決めてバンコク滞在を楽しむべきか。。。? 欠航になった便も空港が再開された時点で振り替えするそうだし、宿は沢山空いているし、焦る事無いか。。。

首相の退陣も議会の解散もなさそうだし、PADも空港占拠は続行すると言っているし、いつになったら再開するのか未定のようだ。

非常事態宣言でも戒厳令でも外出禁止でもなし、今日もバンコク市内では歌って踊る人達と行商や屋台でにぎわい、アホな観光客は酒飲んではめ外しているようだ。(注/我々は静かに部屋で読書とネットにいそしんでいる)



バンコクは 物事が多少 動き始めました。



各国のレスキュー便とも言える何便かの飛行機の発着がミリタリー滑走路を使用して始まった。
JAL ANA 共に明日29日から数便日本へ飛ばす事が決定。フランス政府も自国民救出便の手配をしている。 我々は帰国する訳ではないのでこれらは関係ないのだが、予約しているエアアジア便もとうとう明日緊急レスキュー便を出す事に決定。

次の目的地はカンボジアなので 陸路での移動を考えている我々ではあるが、12時間のバスの旅を思うとレスキュー便でクアラルンプールまで一旦戻ったほうがいいのでは。。。と思いつつもある。



今は平和な毎日が続いているが この先事態が悪化する可能性を考慮して さっさと出国したほうがいいのかもしれない。
それにしても 今回の事態はエアラインのせいではないのに 各エアライン共に振り替え代金無償でよく対処をしてくれている。もとエアライン出身としては ちょっと驚きである。。。
奴豚は 「非常事態宣言を出したくらいの(2空港施設に限ってだが)国家の大事件なんだから当然だよ」と言うのだが、牛美はレスキュー便対応が意外であった。




そんなこんなバンコクの日々を過ごしているわけだが、おっといけない昨日はボジョレーヌーボーの解禁日であった! カンボジアのプノンペンに住む友人用にお土産を吟味しながらバンコクのショッピング街を歩いていたら 偶然、あるショッピングセンターのグランドオープニングにぶつかった。全館貸切、招待客を招いてお披露目のパーティーが開催されており、ふらふらと裏口から(偶然にも裏口だったの)入って行って 薦められるままにちゃっかりワイン、生ハム、寿司、ケーキ等々を頂き(無論タダで)ライブミュージックにスウィングしながら楽しい宵を過ごさせてもらった。
はたしてあのワインはヌーボーだったのかしらん???


  すっかりほろ酔いでトゥクトゥクに乗って クリスマスネオンで煌めく町をドライブしてご機嫌で帰宅。    どこが非常事態宣言。。。?!



見切りをつけて出国することにした。


ほかの宿泊客もどこへ行くのか、バック担いで出て行く者ありでそれぞれの決断。
ミリタリー空港へ続く高速道路も封鎖されているようで やっとレスキュー便の席が手に入っても、空港に行くのに5~6時間前からの大仕事のようだ。12月5日の国王誕生日までには事態収束との噂が高いがそんなに待っていられない。

明朝アンコールワット(シェムリアップという町)へバスで移動する
これもまた 曰くつきの旅なのだが。。

バス代は驚く程安い。280バーツ(米ドル9ドル程度)カオサンのMPツアーという日本人常勤の店で購入。値段は店によって色々。数軒あたって安かったのと、やはり日本の人はいいわ~。親切で誠実。適切な情報もくれる。




途中タイ出国とカンボジア入国を挟んで12時間のバス旅。

     何故悪評が高いかというと:


国境を越えたところで ボラれる両替を強要される脅かされて バスに乗り換えるのを拒否されて追加料金を要求される、等々 いかにも発展途上国にありがちな手口。おまけにまともに走れば5時間程度でつく道をわざとのろのろ走って夜中到着にするのは 宿からのマージン欲しさに贔屓の宿へ無理矢理客を連れて行くというテだそうだ。

さらに 悪路らしい。。。名付けて「Dancing Road」嬉しくて踊っちゃう程楽しい道という意味ではないようだ。 舗装されていないあぜ道を走ると身体がバスから飛び出るほど揺れると聞くが、「Rock'n Roll Water」と呼ばれるドレイク海峡を二日かけてゲーゲー吐きながら渡った我々としては、怖いものなし!。。。かもしれない。

盗賊にあって身ぐるみ剥がされるとか、人質にされるとか、レイプされるとか じゃなければ 多少の事は目をつぶろう。。。 もちろん愉快じゃないけど。。。


ともかく明日はバンコクを出る。



バンコクからシェムリアップへのカオサンバス詳細


午前8時。MPツアー社の前に集合。我々の他に日本人男性ひとり。
バンコクでは過去2回、申し込んだツアーにふられている経験があるので今回も『本当に迎えにきてくれんのかな~』と半信半疑。と、時間通りにバス会社の人が来る。カオサン中の参加者を集めて回るのでバスに乗り込んだのは9時だった。ま、急ぐ旅じゃあるまいし。。。ね。
大型バスはガラ空きでひとり二席占拠してクーラー効き過ぎの寒い車内で快適に寝て国境へ約4時間 高速道路をスイスイ飛ばした。


国境前のレストランで約2時間近くのランチ休憩あり。というのも カンボジアのビザを持っていない人のビザ代行も兼ねているので 昼食を食べさせている間に国境へ取りに行ってくれているのだ。我々はもともとプノンペン空港から入国する予定で予めイービザ(エレクトリックビザ)を取得していた。空港ではイービザ専用ラインがあり、列に並ばずとも入国審査が簡単迅速に済むという話だったのだが、陸路の国境越えになり 結局延々と並ぶことになった。チッ!

バスを乗り換え まずはタイの出国。そのまま歩いてカンボジアのゲートをくぐり入国審査所へ。なんて簡易な建物。。。 バラックに近い。。。 ま、こんなもんだしょ。審査はビザチェックとパスポートの磁気を機械に通して 写真取って、スタンプを何個もポンポンと押し無言のまま終了。国境というより混雑した野外マーケットのよう。リヤカーとトラックが行きかい土ぼこりと排気ガス予防のマスクした人が沢山行き交っている。かなり貧しい感じは否めない。マスクは持参したほうがいいと言われていたのでしっかりポケットに準備していた。いつでも使用可能。

カンボジア側でまたバスを乗換え1キロ先のバスターミナルへ移動。ここで中型バスに乗り換える。かなり年期のはいったバスだが空調がきいていた。カンボジアに入って日本語で 入口 出口 と書かれたバスや 日本語の宣伝が書かれっ放しになっているトラックに出会って何だか嬉しい。ギィギィ音たてながらも まだ現役で走っているお払い箱寸前の日本車達よ、頑張れ。こちらの主流はスズキの50ccバイクのようだ。


さて、ここからがいよいよ「Dancing Road」の始まり。マスクも準備し、気を引き締め、座席のクッションや窓の閉まり具合をチェックして万全の体制。、、、道は舗装されスムーズ。ここ6ヶ月の間に飛躍的に舗装化が進んでいるらしい。途中舗装工事中のローラー車と何度もすれ違う。何度か回り道で赤土の上を通るときは埃が舞い上がるが、土ぼこりが窓から侵入して白い服が真っ赤に染まる、という状況ではない。以前は顔が真っ赤に泥パック状態だったそうだ。ずいぶん変わったのだろうなぁ、きっと。
途中 夕食休憩が40分ほどあった。国境を出たのが遅かったので(17時)もうすっかり夜。多少ぼったくり気味のレストランではあるが気前良くビール頼んで軽く夕飯にする。バックパッカー客ばかりで国籍に関わらず 皆、財布の紐は堅い。カオサンで10バーツで食べられたパッタイ(タイ風焼きそば)が50バーツで びっくりしている白人さんも多い。10バーツは30円。

さらに残り2時間強の道を行く。舗装されていない道も砂利道というだけで、もう穴ぼこだらけで座席から飛び上がってバスの天井に頭をぶつけるという 踊りまくりの悪路「Dancing Road」はなかった。
もし このブログを読んでいる人のなかでDancing Roadの経験のある方は是非とも「当時はシェムリアップに行くにはDancing Roadと呼ばれるそれは悪路を延々と走ったんだよ」と 思いっきり自慢して欲しい。ある意味 そんな経験が出来たあなた方が羨ましく思う。。。だって、もうその道は存在しないのだから。。。


以前は雨期で豪雨だと 穴ぼこが池になり、池がさらに深い穴になり、でっこぼこの道を7時間近くも走ったと聞く。今はほぼ半分近く舗装された道を もし急ぐのならばタクシーで飛ばせば3時間半でシェムリアップに着く事が可能だ。
もちろん 今乾期で工事も順調に進み 砂利道も極力揺れないようゆっくり走っているので不快な揺れなど全く感じずシェムリまで行く事が出来たが 季節によって多少の違いはあるかもしれない。

22時前、バスはシェムリアップのゲストハウス前に到着。
我々はそのまま文句言わずにそこにチェックイン。一泊たったの4ドルである。こんな時間に他所を探して出るのも面倒だし、安全でそこそこ清潔なら御の字である。
文句をいう旅行者もいるだろう。嫌なら他所へ行けばいい。
ともかく カオサンバスでの国境越えがどんなものか初めから知っていれば 何一つ腹立つ事も、イライラすることも ぼったくられることもなく、一切追加料金も要求されず、ガイドは常に誠実で、カオスのような出国/入国の際もずっと付いて、回りに目を光らせていてくれたし、物売り、子供、物乞いは無視する事、自分について来る事、を 明確に説明してくれていた。これでたった280バーツでアンコールワットまで来られた事、まったく文句無く かえって感謝したい気がする。

というわけで 無事バンコクを出てアンコールワットへ快適に着いた祝いのビールで乾杯して 疲れて寝ました、とさ。



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