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東京に戻ってゆっくりする暇もなくあれやこれやと忙しい。
それとも普通の事をしていても「忙しい」と感じてしまうようになったのかもしれないが。。。

今回のバイク旅を振り返ると 不思議な事に 思い出すのは美しかった風景よりも コンクリートで固められた工事中だらけの日本だ。
人が住む限り どんな山奥でも立派な道が出来、電気やガスがひかれ、橋が架かって川が塞き止められダムが出来る。人の気配がまったくない立派なトンネルが沢山あり、さらに隣には立派な橋と道路が建築中。山は徐々に崩され、崩したところをコンクリで固める。川はどんなに上流に行こうときちんとコンクリで回りをガードされ、溢れ流れ出る隙間は他にはない。どこまでも果てしなくコンクリートで固められた国土。土砂崩れや鉄砲水の行き場は人の住む地域しか残されていない。あるいは人が共生の境を犯しているからだろうか。。自然災害はまるで 母なる大地の自然が、肩についたコンクリの灰を むずかるように揺すって落としているようにも感じられる。
節操なくゴミを捨てるモラルのなさ。山も海もゴミだらけ。
この先日本はどうなってしまうのだろう。
2ヶ月にわたる旅の感想がこうなるとは自分でも思いもしなかった。
素晴らしい人達にも出会った。野生の動物達の愛おしい姿も見た。
もちろん美しい景色にも、日本ならではの厳粛で伝統的な景色にも沢山出会った。
まだ遅くないと信じる。大切にしたい。 素晴らしき美しき伝統の国。


さて 次ぎなるマラソンの地 中国は上海上陸の為に中国領事館へビザの申請に行った。日本国籍の牛美は15日間までならビザなしOKだが、奴豚の場合は日本在住仏人の為、日本国内に於いて自分で手配せなばならぬ。という訳で早起きして六本木の領事館へ。
開館30分前についても既に長蛇の列。うへぇ~~~。

その足で奴豚の運転免許の更新。違反あったので2時間の講習。
(日本語での講習だから、本人解ったかどうか。。。? )
何故日本には日本語以外の言語での道路交通法のマニュアルがないのだろうか? これだけ外国人人口が増えたのに なんの説明もなくあっさり外国の免許を日本の免許に書き換えていいのだろうか。
英語のマニュアル配布について何度もお願いしてきたが「日本なんだから日本語勉強して」の一点張りだ。昔なら通った理屈は、もう今では通らないと思うのだが、そこんとこどうだろう?
米カリフォルニア州には いくつもの言語の教本が無料で用意してある。そこまでとは言わないがせめて英語のマニュアルぐらい作ったっていいだろうに。。。


戻って旅の荷物をそっくり洗濯。狭い部屋中に干しまくる。

旅の間に少しずつ身体についた贅肉やら諸々を落とすため豆腐と野菜でデトックス。そして禁酒中。


旅の相棒、我々にとっては愛馬同然の我らのスクーターHONDAフォーサイト、別名「豚君」を処分することに。
泣く泣く バイク王にて買い取ってもらうが、切ない別れ。
この先 いつ乗ってやれるか解らないので ぐっと堪えて処分した。

(左) バイク王前の豚君          (右) 走りに走った約5万キロ
     

ありがとう豚君。色々なところへ連れて行ってくれてありがとう。
一度も面倒かける事なくずっと良い子でいてくれてありがとう。
願わくば バイク好きの誰か良い人に可愛がって貰えますように。。。 
楽しかった日々にありがとう。   そして さようなら。



東京に戻って あれやこれやと用事をすませて やれ落ち着ついた。
                   (飲み会のお誘い御待ちしてま~す)


戻ってきてから 二ヶ月の旅にのんびりと思いを馳せる時間もなく慌ただしかったが、ふとした時に色んな場面が浮かぶので 今後は思い出す度にその内容に触れてみようと思う。


今回はサロマ湖ウルトラマラソンについて:

北海道サロマ湖は母の生まれ故郷に近いこともあって、物心つく頃から所在地は知っていたが、サロマ湖マラソンには感心がまったくなかった。
最近になってマラソンにほんのすこ~し関わってみて、そして今回訪れてみて初めてそれがウルトラマラソンであると知った。
毎年6月末の日曜日に行われるそれは100キロメートルという 気も遠くなるような長い距離を走るウルトラマラソンである。

そしてそのマラソンには 完走者が、それも完走10回した者だけに与えられる「サロモンブルーメンバー」という栄誉があることを初めて知った。

               

この栄えある賞には、足形が記念に残されるだけで 特に何か特別に授与されるわけではないのだが、100キロマラソンを10回も走り抜いたというその偉業だけでも、何ものにもかえられない かけがえのない記憶と記録であろうと思う。

その ひとつひとつの足形を眺めた。

なんて なんて小さい足なんだろう。

こんなに小さな足で 100キロを走り抜く、それも10回も。。

人間というのは 本当にすごい生き物だとつくづく思う。
ヒトの細胞の進化というのは計り知れない。
生かせば生かすだけ、使えば使うだけ どんどん進化する そんな身体を そんな細胞を持って生まれてきている我々はほとんど奇跡のようである。
我々はいったいどれくらいの能力を使っているのであろうか?

近頃 記憶力がとんと悪くなった自分に悪態をつく牛美である。
しっかりせい!

2012年 100キロマラソンに挑戦しようと思っている。


一時帰国にしては長期に渡った今回の日本。
奴豚の夢だった日本一周バイクツアーも無事終了した。

さぁ、また行ってこよう。

     行ってこようと思うからには やはり日本は“戻る場所”なのかな。。。


バイク旅の間 道路脇の看板やら標語やら宣伝やらの文句をタンデムの後ろのシートで流れる景色と一緒に 読むともなく読んでいて、ハッとする一言があった。

                  「生まれたところで生きてゆく」

この言葉はあとあと そして今でも 心に残ったままである。

今の我々の生き方と全くの対をなすこの言葉がず~~んと響いた。
そんな生き方って素晴らしいなぁ と 今少し憧れを抱く気持ちで何度も思い出している。

       とかなんとか言いながら 明日成田を発ちます。
                                              また元気に戻って来れる日まで! 


 

15日深夜シンガポール着。
慣れたもんで 空港の地下にあるスーパーで朝食用にシリアルやミルク等を仕入れてからタクシーで友人宅へ。

勝手知ったる友人宅の庭側テラスから 黙ってそ~~~っと忍び込み(怪しい。。。)、勝手にベッドメイクして、音もたてずに静かに寝る。。。と思ったが 蒸暑くて眠れん! 
部屋に置いてある扇風機は壊れていて使えなかったので 広い居間に設置してある馬鹿でかい業務用のような強力扇風機をよいしょと持ち込み そいつがたてる音に閉口しながらも いつの間にか眠っていた。


正味三日のシンガポールで何をしたかと言うと:::

初日 昼起床で近所のチキンライス屋へ行く。


   ここは老舗。店舗は綺麗ではないが昼時は長蛇の列なので時間をずらして行き絶品のチキンライスを食べ、「あぁ、シンガポールに来たんだなぁーー」としみじみ噛みしめる。


食後に扇風機を買いにショッピングモールへ。

ナイキショップに寄り10月のナイキヒューマンレース10キロランの申し込みをしようと思ったら既に応募者多数の為締め切られていてがっかり。。。
金融街でトレーダーをしている家主の帰宅を待ってワインで再会を祝う。(と言っても今年二度目だから 「お帰り」ってな感じか)



二日目。牛美単独行動。(やれ嬉や!)


旧友との再会ランチ。25年ぶりの友もいて、昔話にはなが咲く咲く6時間。いつまでも若く賢く美しい友を見るのは嬉しく誇らしい。

まぁ、話題は年相応に婆くさかったりもするが。。。



三日目。タランティーノ&ブラピの新作「イングロリアスバスターズ」を見る。日本公開は11月とのことなので内容は言わない。が、前評判ほどではなかったなぁ。。。タランティーノがいかに今でも黒沢監督を慕っているかがところどころに見える。カンヌ映画祭でベストアクターを受賞したクリストフ・ウォルツ(悪役)の演技が見事だった。

シンガポールは狭い小さな国土のくせに(くせにというのは失礼だが)局地的に大雨が降る。降らない地域はすぐそこの1キロ先でも降らない。友人宅は貯水池の近くのせいか 連日必ず大雨に見舞われる。雨が降りやすい地域だから貯水池があるんだろうけど、半端な雨ではない。いやぁ、連日よく降った降った。
御陰で部屋はなんとなくいつもカビ臭い。。。

そんなこんなで三日のシンガポール滞在が終わって行った。





ネットで買ったシンガポール→クアラルンプール間のバスチケット
検索すると何社もあり値段も様々。出発/到着地も皆違うので自分がどこへ行きたいのかあらかじめ知っていた方が良い。


我々はKL市内のタイムズスクエア着を選んだ。片道ひとり30シンガポールドル(千円ちょい)。所要時間約5時間の予定が、ラマダン明け休暇(断食明けのお祭り)の土曜とあって 高速道路では事故多発だったし市内に近くなって大渋滞にはまってしまい到着は随分遅れた。




シンガポールとマレーシアを隔てるジョホールバルーの橋を渡ってこれからマレーシアの入国審査へ。

バスそのものはゆったりリクライニングで快適だった。

車内映画がなんと「新宿事件」というタイトルのジャッキーチャン主演、竹中直人助演の新宿を舞台にした中国語と日本語のやくざ映画だった。白昼堂々歌舞伎町の中心で銃撃戦があったりで知らん人が見たら新宿は怖い所だと怖じ気ずくだろうなぁ。。。とか思ったりして。

夜8時過ぎにブキ・ビンタン地区のホテル入り。
徒歩3分先の屋台街へ。ラマダン明けで深夜に花火がぼんぼんあがる。
遅くまで外のざわめきが聞こえていた。
イスラム断食明けのお祭りである。

 

クアラルンプールと言うと ご存知ペトロナスタワーね。



知る人は知る、知らない人は知らない(当たり前か)ホテル天井にある矢印は何かと言うと。。。イスラム教の信者にメッカの方向を示す印なのですね。イスラム世界に行くと必ずあります。ここはマレーシアなんでありますなぁ。
牛美はヨガで足を組むときは 取り合えず日の差し込む方に向きます。なのでこの部屋ではメッカには背を向ける事になりますねぇ。(あまり関係ないね。。。)




マレーシアはクアラルンプールに来て約一週間が経過。

日本のシルバーウィーク同様 水曜日にラマダン休暇が明けた。

我々もにわかに多忙に。

休暇中にもあちこちコンドミニアムを見回り 間取りや施設の視察、値段交渉をした。前回来たときより家賃が安く感じられる。表向きは強気な価格表示なのだが、実際にネゴ(ネゴシエイト=交渉)を始めると物件によっては半分近くまで下がるのには驚く。
新しいコンドミニアムがどんどん建築中なのにも驚くなあ。。。あんなに建てて需要はあるのだろうか。。それともあるから作るのか?

バンカー(銀行家)にあなたが引退するとしたらどのような将来設計かと聞いたところ コンドミニアムを数物件購入して家賃収入で悠々自適生活を送るのが一般的な方法だと聞いた。が、連日新聞には賃貸物件の広告がゴマンと出ている。本当に借り手がいるのだろうか?と余計な心配をしてしまう。。。

今回マレーシアに来たのは MM2H (Malaysia My Second Home)という政府の永住ビザプログラム取得のため。
我々のビザ取得までのプロセスの詳細をお伝えするため 新規にMM2Hコーナーを設けた。
今後マレーシアで引退生活を送りたいと思っている方々の手助けになればと思う。
MM2Hのコーナー(現在 作成中)




3月26日に申請書を送り 仮承認を貰ったのが5月中旬。
仮承認が出てから6ヶ月以内にマレーシアで最終申請を済ませないと全てが白紙に戻る。



さて、本日9月25日(金)午前8時半に全ての必要書類を持参して規定のビザ料金を支払い待つ事 約2時間弱。(実はコンピューターのシステムダウンで余計に待たされた)

難なく永住ビザ取得完了。

移民局のスタッフが「Congratulation」と声をかけてくれたが、実際のところ ここまで来るのに奴豚との度重なる意見の食い違い、口論等によるストレスが溜まっており、本心は「ホッとして疲れた。。。」



クアラルンプールでの目的だったMM2Hビザが取得出来たので次なる目標に向けて気持ちを入れ替える。

次の目標は11月19日の上海マラソン。

フルを走る奴豚はちゃくちゃくと調整している。
牛美はハーフで気が楽、とはいえトレーニングで長時間走る為には夜明け前から走り始めなければならない。日の出と共に刻々と気温が上がるから。。。



朝6時10分。クアラルンプール(略してKL)はまだ暗い。

コーヒーを飲んだら白々と明け始める町へ走りに出る。道路には穴やら蓋の壊れたマンホールやらが沢山あるので足下には注意が必要。
KLの中心部、KLCC地区に狭いながらも1.3キロのジョギングコースが設けられた公園がある。ここで音楽を聞きながら走っている。レパートリーは70~80年代の曲ばかり。
よく考えたらどれも青春真っ盛りに聞いた曲ばかりだ。それぞれの曲に数々の思い出がある。
あの頃にいい曲が多く生まれたのか、単に多感な年頃だったからか、当時の音楽にはいまだに素晴らしいと思える曲が沢山ある。
圧倒的に洋楽志向だった。
ちょっとしんどくなって来たな、、というときに力を与えてくれる曲。30年前の思い出が今の私の背中を押してくれる。
いい青春の思い出がある限り、いくつになっても青春現役でいられる。何かに懸命に打ち込んだ感覚はいつまでも消えない。

      いい青春おくってますか?


さて、身体が気温と湿度に慣れて来たので少しずつ走る距離と時間を伸ばしている。
足慣らしに再来週の日曜にコタキナバル-ハーフマラソンを走る事にした。せっかくボルネオまで行くのでサンダカンにも寄って。。とか、またまたネットとにらめっこで足と宿の手配。


そうそう、実はここぞという時のとっておきのカンフル剤は実は洋楽曲ではなくチャゲアスの「YAH YAH YAH」!! だったりする。



フィリピンで豪雨、サモアで津波、連日立て続けて地球の怒りが感じられる。。。と、そう思ってしまう状況が続いている。

部屋で繋がりの悪いネットの接続を待ちながら、同時にTVを見ていた午後6時15分。
ベットに寝転がっていたら 目眩が。。。 なんだかクラクラして身体が揺れている更年期障害の動悸か??  心臓がバクバクして身体が揺れる気がするのか???   なんだか大変なことになったぞ??????

        と思っていて ふと ハンガーにかかっている我が服を見たら・・・「ゆ・揺れてる!」  服が揺れてる?? 

   マレーシアで地震???

大きなホテルの18階の揺れが止まらない。ゆっくり前後に揺れている、もちろん服も大きく揺れ続けている。ありえないでしょ?!
地震には慣れっこの日本人の私でさえ 驚いてしまった。

窓から外を確かめる。町は普段通り。何事もないように見える。
ハンガーの服はまだ揺れている。ゆら~~り、ゆら~~~り。。。

日本と違ってTVで速報なんてないし、実は地震じゃなくてホテルにトラックでもつっこんだんじゃなかろうか? などと思ってしまう。

あとでネットのニュースを見て知った。スマトラ島沖の地震。時刻も同じ。そうだったのか。。 

あちらこちらで自然災害があいついでいる。どうなってしまうのだろう、我がマザーシップは。


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