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。。。こんちは 2010年。


1年の締めくくりともなると 流石に誰でも「この一年の我が歩み」を振り返ったことだろうな。
年々消滅していく脳のしわのお陰で、ブログでもつけていない限り 自分の軌跡(大袈裟な)を思い出せない。

2009年も色々なところを走ったな。
     チェンマイに来てから奴豚と度々口論になり、縁を切ろうとまで思った。
          冷静に戻るまでに時間がかかってしまう。どんどん頑固になっていく。
2010年 互いを思いやる優しさと余裕を持ちたいと思う。努力してみよう。



今朝(1月2日)お濠(おほり)を二周。
朝日をうけてドイステープの寺がキランキラン光っている。
道の脇にひっそり佇む祭壇には蝋燭が灯もされている。二周目に通ったら蝋燭が三本に増えていた。
濠の噴水の飛沫が心地よい。
市場は今朝も沢山の人出。
チェンマイに来て良かったな。
この時期のチェンマイって 本当にいいところだな。。。と思いながらの爽やかな早朝ジョギングだった。
こんな気持ちのよい朝は 今までの悪い事がやたらちっぽけなことに思える。
み~んな綺麗さっぱり忘れて、また今日から元気にやろう!



12月29日 は焼き肉パーティーでございました!
  Kご夫妻宅のベランダにて。 

    奴豚はろれつが回らなくなるまでワインをぐびぐび。
     帰りはチャリでベロンベロンの飲酒運転。





        12月31日 カウントダウン。
           え~~ またまたKご夫妻宅にて。。




     あぁ感激! の 年越しうどんでございまする。

   連日のように 誘われたら嬉々として御宅へお邪魔して、まぁよく飲むは食べるは。。。
  本当にお世話になりました。 
  他所の御宅でこんなに楽しく食卓を囲ませていただき、感謝感激です。祖国を離れて 南国のお正月を暖かく迎えさせていただきました。





           2010年1月1日 満月なり。




日本では毎年恒例の箱根駅伝。
実家の父はこれの大ファンで 多分テレビの前に釘付けだろうな、と想像していた。

走ることを趣味にしている人達の間では、レース前に何を食べるか、普段どんな栄養を取っているのか等々・・・人のことが気になることがある。

エネルギーの源は?     バテない食とは?。。

プロでない限り自らの身体で人体実験
本や人から仕入れた情報を元に試行錯誤を繰り返す。
むろん我々も。 給水ひとつをとっても毎レース少しずつ違う事を試している。

牛美の場合、その人体実験のひとつが『体重を減らす』だった。
10月のコタキナバルマラソン前から意識的に体重を減らし始めた。
ブログをご覧の皆様は  『あんなに食事の写真を載せて、な~にがダイエットだ』  と思われることだろうが、食べるときは食べ、ひかえる時はひかえてアルコールを減らすと無理なく身体が軽くなった。
驚いたのは、腹回りの肉が落ちた為に皮が余ったこと。
マラソンの選手は皆ガリガリに痩せてるから、身体が軽くなったらタイムが上がるかと思ったのだが。。。
今思うとコタキナバルの失速はガス欠(要するにエネルギー不足)だったような気がする。その後の上海マラソンの時も最後に力つきた感があったのもガス欠で元気が出なかったのでは。。。
そう思って、今回せっせと食べたチェンマイでは 後半疲れを吹き飛ばす元気がもりもり出てきたので、一概に身体が軽い=早い という式は成り立たない気がしている。というわけで今は食べて走る!を実践中。

断然、洋食よりアジアの食。洋食は目が欲しくても、食べてる途中で飽きてしまう。小皿で多種を楽しめるアジアスタイルの食なら腹収まりもよく消化も良い。
旅の大きな楽しみは何と言っても「食」。先日知り合った“ヨットで世界航海中の夫婦”も力説していた。(この夫婦のブログをリンクに追加しました)

高級美食よりも20バーツ(50円程度)の一杯の麺に心からの喜びを感じる。我々の贅沢はこんな程度かもしれぬ。持ち歩けないから物は増やさない。長期旅行者なら皆同じだろう。飾りも色気もない旅スタイルに「たまには美容院ぐらい行ってくれば?」と奴豚に言われたりする。(みすぼらしくなければいいじゃん)   節約は美徳なり。 


そうだった、ヨガクラスの続編をば。。
生徒のモーちゃんはその後不調で一泊入院、退院したら年末年始で多忙になって、結局三日坊主は返上されなかった。。。


そのモーちゃんだが 2日に誕生日を迎えたのでささやかながらお祝い返し。





はっきり言って、我々はタイにオーバーステイです。
ビザなしで滞在可能な30日を過ぎました。明朝 出国の際にはペナルティーを徴収されることでしょう。
一日超過が500バーツですから、我々の場合二人で3千バーツ(8300円)の罰金。
   まだ罰金で済んで良かった。。。
計画が行き当たりばったりだったせいで、深~~く反省。以後気をつけよう。
そう! オーバーステイするほど、チェンマイは素晴らしいところだった。

去りがたい。。。 これでしばらく来ないと思いながら町を散策していたら 愛おしくてたまらなくなった。
これも全てKご夫妻のお陰。一緒にマラソンを走り、トレーニングにも誘っていただき、静かな郊外の景色の中やドイステープ(山の上の寺)へも駆け上がった。本当に楽しかった。
Mrs.K(マミーさん)の安定した走りのスタイルをなんとか真似ようとしている。
そしてすっかりごちそうになった。チェンマイ特産から色々なお惣菜も教えていただき、御宅でもレストランでも珍しい物から懐かしいものまでタントタント(沢山沢山)ね。




  お別れするのが寂しいと思うより 
     また何処かで一緒に走れる日を楽しみにしていよう。

                    See you our friends!!






 夕食後に立ち寄ったアイスクリームショップ“iberry”の庭先にて。

素晴らしき数々のとびっきりの時間に心からの感謝を。。。
またお会いしましょう!
       右足の親指、大事にいたらないといいのですが。。


1月5日 涼しいチェンマイから →  むっとする暑さのクアラルンプールで乗り継いで → 蒸し暑いシンガポールへ

赤道に近づくにつれ 暑くなるなる。。

慣れ親しんだ友人宅で一夜明けて まずしたことは洗面の配水管のつまりをなおした事だった。。。 
あのゴムのパコッパコッとやる丸いやつの名前が出てこなくて検索したら “ラバーカップ” と言うそうな。なるほど。
力入りすぎて指を擦りむく。『なにもそこまで懸命にやらんでも』と我ながら苦笑。
その後、床掃除と台所整理に洗濯。
       さぁさ、お掃除おばさんが来たからね、てな感じのシンガポール1日目。


朗報!

タイのオーバーステイの罰金は取られずに済んでしまった。
知らん顔して出国審査に進んで何も言われず通してもらった。
3千バーツ儲かって、大金持ちの気分。




Avatar(アバター)  もう見た?

 それ何? という方に→ 現在上映中の映画

チェンマイで三度トライして、一度目はタイ語吹き替え版のみの映画館で止め、二度目満席で翌日に持ち越し、三度目も満席で諦めて、いざシンガポールで見るぞと意気込んで乗り込んで来たのだった。

今朝からネットでブッキング料余分に支払い早々に予約して、個人的には“鳴り物入り”で見に行った感があるアバターだったが、いやぁ~~美しい映画だった。待った甲斐があったというものである。
見てない方は 是非 映画館へ足を運んで下さいまし。出来れば3Dで見るべし。


ポスターを見て アニメじゃないの?とか 子供向け映画だとか先入観をお持ちの方も、映画好きなら これは是非体験すべし!と声を大きくして言っておきたい。
  なんて綺麗な画像なんだろう、あぁ、楽しかった。
  一緒になって空を飛んだ気持ちになった。 ジェームス・キャメロン ありがとう。
 

昨日、今日と続けて朝 2時間走。
チェンマイ以来、四日ぶりである。

シンガポールに来て 友人との再会でちょっと調子こいてワインも飲み過ぎたし、友人の帰りが遅くて(仕事が忙しかった)夕飯も深夜に近かったし、そんなこんなで生活が少~し乱れてしまっていた。

7時に目覚ましをかけて えいや! と近くの貯水池へ行って走ってみた。 

朝のうちはシンガポールも爽やかである。

貯水池の回りは緑豊かな自然公園になっていて、森の木立の中のトレイルは清々しい。
アスファルトと比べて 自然のトレイルはなんとヒンヤリ涼しく、元気な酸素に溢れている事か。。。 
知らず知らずのうちに自然の気を貰って、どんどん走っていける。
身体が疲れ知らずにもっと前へ、もっと早く、と疾走していくのを感じる。
緑の中を走るだけで 自分が世界で一番幸せな存在に感じられる。

自然の中で生かされている事を実感する。
アバターの映画じゃないが、万物全てがこの宇宙で繋がっていることを改めて感じる。奢ってはいけない。生かされて生きている。
「走る」という単純なことを通じてそんなことを考える近頃だ。


シンガポールには結局六泊。

天気は終始 比較的爽やかだった。
お陰でよく走った。。。ので、、、貯水池のトレイルにもキャナピーウォークにも詳しくなった。今後トレイルランニングという選択もあるな、と 新しいことにも目が向いた。
100㎞ウルトラマラソンにも挑戦したいし、まだまだやりたい事が沢山あるなぁ。

まずは 今年最初のフルマラソン。1月31日。
場所はモロッコのマラケッシュ。
   目標は、まずは完走。それ以外のことはそれからだ。

明日、初めてエアアジアの長距離便 AirAsia X にてロンドンへ飛ぶ。
荒れ模様の天気でロンドンをちゃんと離発着するかが ちと心配。



1月12日。  ロンドンには定刻に到着した。
エアアジアX便は予想に反して、意外と快適だった。(悪くない悪くない)
深夜着なので空港の近くの宿に一泊して翌日マルセイユに飛ぶ予定だった。。。



    だった。。のだが、、、、             飛べなかった。。。



1月13日。   ロンドン郊外のスタンステッド空港は雪だったが、ラガーディアやルートン空港が連日閉鎖されるなか 健気にスタンステッドだけは離発着していた。
朝、TVのニュースでフランス空港管制官のストライキと聞いて、いやぁ~~な予感 で 早々に空港に詰めた。
午前10時から 30分おきにカウンターで情報収集しながら延々と午後8時まで待って やっとこさゲートが決まって なんとか飛べそうだなと思った矢先、「やっぱりストだってさ。。」 って ど~ゆ~ことよ?!

     そんなもん ずっと前から解ってたんでしょ  ライアンエアーさんよ~。



結局
、チェックインした荷物をターンテーブルから受け取り、チケットカウンター前に集合して 振替便の手配をしていたら また深夜になってしまった。

          でもって 取れた振替便は二日後だ。。。  やれやれ。。。

ぽっかり空いてしまった翌日、とあるロンドンの郊外にて 雪の中ジョギングしておったとさ。 
ネットも繋がらんし、近所にはKFCとかマックとか、ファストフードレストランしかないし、百人一首の暗記をしておった。


1月15日。   予定より丸二日遅れてマルセイユに到着。
疲れとデトックスには走るのが一番。ひと山超えるトレイルラン2時間して身も心もすっきり。
気温は東京と同じくらいかな。



今回のライアンエアーは定刻。

きっちりオンタイムにマラケッシュ空港に着いた。定刻到着だと機内アナウンスの際にファンファーレが鳴るのがイマイチ幼稚でいただけないのだが。。。




            
            ライアンエアー機内。→

座席はリクライニングせずシートポケットすらない。安全のしおりは座席に貼付けてある。無論飲食物は全て有料。近くトイレの使用にも小銭が必要になるらしい。ローコストエアラインのなかでもこの会社はやることがシビアで、機内持ち込み手荷物制限も厳しい。一個と言ったら一個で、『そこをなんとか。。』とか『小さなバックだから見逃して』なんてお目こぼしは一切ない。



夜のマラケッシュの町はエキゾチック。
淡いピンク系のテラコッタの建物。三日月が映える。
街灯が少なく全体的に暗い感じがするが、ホテルの明かりがそこここから ぼんやり浮き上がってさらにいい感じだ。


夕飯はクスクス、と決めていたので 荷をほどかずにすぐに近所のローカルレストランへ。
     
前菜、メイン、デザートのコースで1人50ディルハム。(約600円くらいか)
写真上の左側は ソーセージのクスクス。 写真上の右側は 挽肉のタジーン。

香辛料の強い香り高い紅茶をつけて 贅沢な気分。
さすがにローカルレストランにアルコールはおいていない。モロッコではしばらく禁酒ということになりそうだ。
マラソン前だし丁度いいかもしれない。





1月20日 マラケッシュ二日目

明けゆくマラケッシュの町。7時、少し寒いので長袖、長パンで走りに出た。
巨大な迷路“メジナ”の内部はもう忙しそうに ある人はバイクで、ある人はロバで、自転車で馬で、、、皆、仕事の為、食べる為、家族の為、結局は生きる為に走り回っている。。。
         

走る為に走っている自分がこっぱずかしくなる。我々のように走るって贅沢なことだなぁと再認識させられた朝だった。

午後はあらためて町を散策してみると半倒壊状態の建物の外観や色、人々の服装を見ると生活は苦しそうだ。取り立てて物価が安いとも思えないし。

   

今朝、走っている途中でロバの荷を押してやったら なめし皮工場を案内してくれたが、やけに親切に説明してくれて、これはきっとガイド料を要求されるだろうと思ったら案の定そうだった。ジョギング中で持ち合わせがないと謝ったが、同様にある宿を探して歩いていたら 少年がついてこいと言う。しばらくついて行ったが結局少年共々迷ってしまいぐるぐる連れ回されたので「もういいよ」と断ったら、もちろん「案内料をよこせ」と手を出されて呆れた。
これはホンの一例で、どいつもこいつも金をよこせと手を出すので気持ちが疲れる。
何か一点を凝視することが出来ない。すぐにしつこいセールスにあうから 目は常に宙を泳がしていなければならぬ。革製品が有名ではあるが欲しいものもなし。

なんだか そんなこんなで第一印象は“疲れる所”だ。



1月21日からレンタカーで“モロッコ周遊その一” に出た。
マラソン前なので まずはモロッコの中部南側をぐるり。



早朝 バナナとデーツ(木の実)持参でマラケッシュから南下。ワラザザートという町まで約200キロ強のドライブ。乾いた渓谷の間を抜けて行く道は 広く果てしなく、変化も多く面白い。モロッコって意外と大きな国だと思ったり。



どんなところにもサッカーフィールドがある。写真の中央にあるのがグラウンド。




途中、映画の撮影でよく使われている 世界遺産のカスバ “アイトベンハド” という町に寄り、「グラディエイター」を撮った場所等を見学。ここでは他にもアラビア映画の撮影がいくつかなされている。「アラビアのロレンス」「シェルタリングスカイ」等もそうだ。
    




丘の上に座って眺めていると いかにも映画を撮りたくなる光景だなぁと思う。





ワラザザートは大きな町。寄ってくる人は少なめで過ごしやすい。
宿は即決、一泊朝食付きで300ディルハム(約3200円)そこそこ清潔でいいんじゃない? 夕食はスープとサラダ。モロッコのパンは美味しい。
モロッコで一番美味しいのは スープかもしれない。


1月22日 


5時半にモスクの祈りの声で起床。

7時前に走りに出る。町の中心に軍の建物があり、その周辺を走っていたら追い払われてしまった。
イマイチ 気分が乗らない。



朝食して 東へ走ること約170キロ。Nekobネコブという小さな町は宿泊予定地だったが通り過ぎてしまった。途中の渓谷は実に美しい。
乾ききった大地にときおり見かける緑のオアシスが新鮮でこれまた美しい。



       

  


午後3時 Tazzarineタザリンという町で泊まる事にする。まともなレストランが少なく ガソリンスタンドに併設された飯屋で早めの夕食。もちろんスープは欠かせない。

宿のシャワーはお湯が出ずに浴びられず。。翌朝文句言ってボイラーを点けて貰う。客が少ないとこれだ。。それとも値切ったからか???





1月23日 5時には目覚める。が、なんせ暗いので7時近くまで待って走りに。

     

どうもモロッコでのジョギングは気持ちが乗らない。。。今朝も走っていて楽しいと思えなかった。何故だろう。どうもモロッコと肌が合わない気がする。

朝日は雲に隠れて見えず。村の中をぐるぐる回って宿に戻り、朝食してさらに東へ向かう。モロッコの砂漠、サハラの始まりMerzougaメルズーガの砂漠を目指す。
約200キロ弱のドライブで難なく着いた。一本道なので迷う事はない。

途中 交差点の町Rassiniラッシーニは大きな町ではあったが、やはり車を止めた途端にキャッチセールスが寄ってきて これまた行く先々しつこくついてくるので 町の散歩が嫌になる。まったく旅行客目当てのこのキャッチセールス なんとかならんものか。。。 ホンの数パーセントのこのキャッチマン達のせいでモロッコの印象が非常に悪い。断っても断っても 腕をひっぱり肩を抱き寄せ離さない。「マイフレンド」を連発する奴ほど信用出来ないとは 旅行者の間では必ず話題にされることだ。『その手を離してくれよ。。。頼むから。』
失礼にならない程度にやんわりお断り、怒った態度をあからさまに出す訳にもいかず 早足で散歩して車に逃げ込む。


メルズーガの町。

砂漠に面している。

宿は沢山あるが どこも閑古鳥が鳴いている。


今はオフシーズンなのだ。値段交渉して食事付き650から500ディルハムまで下げてもらった宿だが、食事のメニューが説明と違う、出ると言っていた湯が出ない、等々 またまたもめてしまった。どこへ行っても どいつもこいつも 本当に申し訳ないが モロッコの人達っていったいどうなってんの?  これじゃぁ、まっとうに生活しているモロッコの人達には悪いが、我々旅行者が出会うモロッコ人に正直者は1人もいないことになってしまう。精神がぐったり疲れる。
「話が違うじゃないか」と抗議すると、態度が反転して人を罵倒するような態度を取られて こちらだって心が傷つくじゃないかい。別に喧嘩する為にモロッコに来た訳じゃないよ、こっちだって。。。
今の所 モロッコはずっとこんな感じ。疲れる国だ。。。アジアの微笑みが恋しい。




1月24日  
          砂漠の町 メルズーガではラクダで砂漠のテントへ行き 夕日と星と朝日を眺めてくる予定だったのだが、予約依頼をした担当者が約束の時間に迎えに来ず、代わりに我々に店まで来てくれという電話があった。始めにOKOKと安請け合いするモロッコ人特有な性格が見て取れたのでキャンセルした。ので月の砂漠をラクダで散歩は却下、残念。。。




メルズーガからは少し北へ登ってErfoudエルフードの町でお茶する。ミント茶を頼んだが出てきたのは違う茶。「??」と聞くと「ミントは品切れなんで違うのにしたって」。。勝手に決めて持ってくる前にひとこと聞いてよ。。ったく。ま、お茶くらいで目くじらたてることもない。

ここから西へ進路を取り、ぐるりと南部コースを一回りすることになる。


岩肌の綺麗なトドラ渓谷へ。入口の町Tinerhirティネリールまでは約150キロ程度。





途中コバルトを掘り出している一帯や、







          砂ほこりの中を通過し、、



遠景では映画のセットのように美しい小さな町ティネリールに着く。


乾いた土地から遠くに緑のオアシスの中に佇む 土で固められた まるで砂の城のような或いは作り物のような家々が見えてくると 我が目を疑う程美しい。
宿はメインストリートのガソリンスタンドの隣に決める。見た目 薄汚れたしょぼい安宿かと思ったが なんと各部屋wifi完備とは気付かず、チェックアウト時にはじめて知って悔しがる。。。 見た目で判断してはいけない。管理人も今までで一番誠実でいい人だった。これで朝食付きで200ディルハム(2200円)とは御の字だ。熱い湯も出たし。



1月25日 渓谷をドライブ。透き通った川の流れも目に新鮮だ。

   

途中 山羊の放牧民に出会う。最初の言葉はやはり「お金払って写真撮って」だった。流石に連日なので そろそろタイミングを心得てきた。すれ違い様に子供達が丁寧に挨拶をしてくれる。「ボンジュールマダム、サバ?」(こんにちはマダム お元気ですか?) 「ありがとう、元気よ、あなた達は?」と聞き返すと「はい、元気です。ディルハムくれますか?」って 会話が支離滅裂でしょ、君たち。。。 まったくなぁ。。。 


毎週月曜に開催される「市 スーク」(学校で習ったなぁスークって)を冷やかしに。日本でゴミとして出されているありとあらゆるものがここでは売られている。日本のゴミの山は宝の山だなぁ。。ごっそり持ってきてやりたいくらいだ。。 運送料のほうが高くつくだろうけど。みかんとバナナとアーモンドをごっそり買って次へ。
       

隣のDadeダデ渓谷へ。ここはまたトドラとは趣ががらりと変わって 奇岩の岩肌。これも実に面白く美しい。ここに張り付くように村や町が建っていて本当に映画のセットで作ったんじゃないかと思う程 現実離れした美しさだ。

      

この景色の中で走りたくて一泊することに。
   

夕日を受けて渓谷の一本道を登ったり下ったりと約1時間半程ジョギング。村の皆さんはめずらしいものを見る目で それでも応援してくれた。こうゆう状況では、皆 普通に親切ないい人達である。ラクダと写真撮っても金よこせとは言ってこない。やはり旅のスタイルによるのだろう。バックパックかついで歩いて回れば、この国の人も結構親切にしてくれるのかもしれない。
   


オフシーズンの今は モロッコ旅にはベストシーズンかもしれない。 朝晩はかなり寒いが日中は小春日和で暖かい。 桜があちこちで咲いて空は真っ青にすんでいる。宿も値を下げるし どこへ行っても空いているのがいい。 綺麗な国だ。食事のバリエーションは少ないけど。。。 やっぱり醤油味が恋しいなぁ。。



1月26日
ダデ渓谷を後に 予定変更して南下してみた。。。が、ついたFoum Zguidという町はこう言ってはなんだがゴーストタウンに近い印象で泊まる気が失せてしまう。ずいぶん走ったのに残念。ガス欠寸前で辿り着き、一軒しかないガソリンスタンドでホッとして給油してから来た道を戻ったが、夕陽を受けて山や大地がピンク色に染まって 来たときの景色とはまったく違って見えて やけに綺麗だった。この景色を見ただけでも良しとしよう。

     

分岐点の町 Tazenaktタズナクトに着いた時にはもうとっぷり暮れて真っ暗。最初に見つけたホテルに食事付きで即決。今晩はかなり寒い。隣の部屋とその向こうの部屋から毛布をかき集めてきて 重い毛布5枚に押しつぶされるように寝たらうなされてしまった。。。
夕食はこのところずっと同じタジーン料理。野菜を多めにしてと頼んでいる。
レストランのレパートリーってホントに少ない。。。家庭では皆何食べてんだろう。。。?

   


1月27日
国立公園を目指して山道へ入る。モロッコには4千メートルを越える山がある。その近辺で走ろうと思ってくねくね山道を登っていたら雪だった。
   

のろのろカーブを登って下りて、ずいぶん行った所のOuirganeオイルガンというチャーミングな湖畔(あるいはダム?)の町で数軒宿をあたって 暖炉付きの宿に決めた。流石に標高が高いから ここもかなり寒い。
     

       

マラソン前に風邪ひかないよう気をつけなきゃな。


1月27日

風邪ひかないように。。。と 言ってるそばから奴豚が風邪だ。 『いやんなるなぁ。』
マラソンまで三日なのに 喉の痛みをこじらせて ひどい咳。昨年末に日本からチェンマイまでOMIちゃんに運んでもらった風邪薬が役に立っていてありがたい。(感謝!)

マラケッシュに向けて戻る旅、最終編はOurika Valleyを訪ねる。入口の町 Imlilは流石にマラケッシュから近いとあって観光地化されていて土産物屋やレストランも多い。
           




川沿いのレストランは 本当に川ギリギリ沿い。

頬を撫でる風もキリッと冷たく乾いてすっきりする。


よし!、マラソンに向けてマラケッシュに戻ろう。





マラケッシュマラソン2010

     まずはエキスポとゼッケンピックアップの様子から。。

エキスポ



今年初のフルマラソン。我々にとっては初のアフリカ大陸でのマラソン。
これで7大陸制覇まで残すところ2大陸になった。


穏やかな日和のエキスポ会場。海外からの参加者で賑わっていた。
モロッコは今やヨーロッパ人の旅行先としては一番人気。圧倒的にフランス人が多い。
            
 ラジオのインタビュー受けたり。。 
   



今回は奴豚がネットを通じて交流している“世界を走ろう”フランスチームと合流。カナダでも東京でも会っているなじみの顔もあって、総勢35名の大所帯。(“世界を走ろう”という名前の仏語HPがあって、その常連コメンター達と言った方がいいか?)
ランチの席もずらりと伸びて、まとまりには欠けるが、それなりに面白い。

協賛はお茶の会社なんだね。




モロッコの女性は何かとタブーが多く、果たして太もも出して走っていいものか心配していたのだが、
エキスポで既に太ももを見かけたので安心した。






                   



いざ  マラソン当日

5時40分起床。スタートが8時半とあって やや気持ちに余裕がある。
     
宿の計らいで6時半に朝食を採らせてもらい 同じ宿のメンバー5人と知人のジャガーに乗り込んで会場入り。ここで他のメンバーと合流した。

国際マラソンではあるが 荷物預けがない。トイレもない。コース上にもトイレは設置されていない。どこぞで勝手にしてくれ、ということなんだな。明るくなってからのスタートだから 闇にまぎれて、、、というわけにもいかないな。。う~む。(ま、なんとかなるさ)



牛美にとって3度目のフルマラソン。初めて天候に恵まれ 燦々と輝く太陽をパチリ。
奴豚の隣は別名“Mr.Sunshine” 
彼の出場するレースは必ず晴れるという。雨男の奴豚と握手。今朝は晴れ男の勝ち! 
雨降っていないって それだけで嬉しい。


スタート前の気温は1℃でかなり肌寒い。
少し遅れてスタート合図。広い大通りをスタートしたので ゆっくりペースでも互いにあたらず触らず 和気あいあいと出発した。

     

「最初はゆっくり」今回もこの言葉を頭に、他人のペースに巻き込まれる事なく出だしのんびり。奴豚はものすごくひどい咳をしながらも、サブ4を目指して 他のメンバーと とっとと先へ。あの咳でいったいどうやって息をするんだか、呼吸困難にならないのが不思議な程だった。

     


最初の給水5キロ地点、亀足ランナー達には 水は残っていなかった。。。
「へ??!」 ちょっとショック。この先ずっとこうなのか?と不安がよぎる。

いうのもランニングベルトを軽くしようと思い、自分の腰のボトルにはポカリの粉末だけ入れて、途中で水を加えようと企んでいたからだ。
5キロごとの給水とスポンジのみ、それも限りがあるとは聞いていたが。。。そんなときの為に店で水を買う小銭は持って来たから気にせず行こう。
沿道は応援の人達で一杯だ。皆さん暖かく声援をおくってくれてとても嬉しい。
10キロの給水でボトルゲット。良かった。
(結局 その後30K、40Kの給水ポイントの水は品切れで 親切なレストランが無償でボトルを配ってくれた。心から嬉しかった)

     



前半は身も心も軽く いい気分で応援に応えながら徐々にスピードアップ。20キロ地点からリズムに乗ってきた。これから先は抜かされることは殆どない。先行ランナーをどんどんと抜いていける余力があるというのは実に気分が良いものだ。
前者を抜く度に 沿道の皆さんが声援してくれるというのもこれまた嬉しい。

     

気分よく進みながらもだんだんとお腹が緩くなってきてしまった。多少予想はしていたのだが、問題は「どこでするか」だ。沿道の応援が多いのはありがたいのだが、御陰で人目を忍んで茂みで用を足すというのが難しいのである。
死角になっている茂みや窪地を探しながら、お腹とのタイミングを計って走る事7キロ。(約1時間近くも我慢したんだなぁ、これが。。。)
ここぞ、という所をやっと見つけた。コースから極端に外れる事なくロスタイムも少なくて済みそうな ゴミ捨て場用に掘った窪地。『あぁ、完璧』。。。

     


35キロあたりまでは調子良く進めた。これならタイムも? とか 気持ちがそっちへ行くと良くないんだわ、実は。マラソンは35キロから!なんて偉そうなことを思った矢先に ペースが落ち始めた。やっぱり疲れるわ~~。
気持ちが萎えると自分に甘くなる。少し歩いてみようか、とか ストレッチしてみようか、なんて思ったら もうその先が辛くなってしまう。
足を叩いて気合いを入れてみるも 遅くなるばかりだ。


そんな時に 後ろからきた男性に「I help you. Come with me」と声をかけられた。

モロッコ人のそのおじさんは、私が30キロあたりで笑顔を交わして追い抜かした人だった。「ムッシュ、ありがとう。でもどうぞ先へ行って下さい。私はゆっくり行きますから」と最初は断ったのだが、ムッシュはなおも「一緒に走ろう。大丈夫、まだ行ける。ほら走ろう」と私を励まし 水を与え、叱咤激励しながらフィニッシュまでの残り7キロメートルを「あと5キロ、あと3キロ、あと2キロ。さぁあと400メートルだ」とカウントダウンしながら引っ張ってくれた。
足はほとんど上がっていなかっただろう。でも止まらなかった。ムッシュの励ましの御陰でフィニッシュまで頑張って走り続ける事が出来た。ありがとう。本当にありがとう。

今まで受けたモロッコのキャッチセールスのひどさは全て水に流そう。
あなたの御陰でモロッコの印象がガラリと変わりました。
お名前をうかがったのだが、長過ぎて聞き取れなかった。。。

後日談:公式HPでゼッケンを元に検索してお名前発見。1950年生まれの御年60歳のムッシュABDLMAJID FENNICH氏。

     

マラケッシュマラソンはコースも美しく応援も素敵で、とてもよいマラソン大会だった。


奴豚は咳にも負けず なんと100枚以上もの素敵な写真を撮りながら4時間4分でフィニッシュ。サブフォーには4分及ばなかったが、あの体調でよく頑張ったと思う。
牛美は 公式タイム4時間34分
一応、奴豚、牛美共に自己ベストである。

     
二週間ぶりのアルコール。シャワーも浴びずにビールで祝杯。嬉しそうな顔だなぁ。


応援して下さる皆様には ドラマチックにタイムが縮まらなくて申し訳ないのだが、亀足が牛歩程度に進歩はしているかと。。。(どんなもんでしょか?)

     

次は4月のボストンマラソン。
ちょっと時間があくのでその間ハーフの大会を何本か走ろうと思っている。

     翌日は洗濯。火曜からまたレンタカーでモロッコを巡る旅に出ます。


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