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ほんの一週間のアイスランド滞在。
あっと言う間に時が過ぎてしまった。

朝早くから夜中まで中身の濃~い日々にお別れ。
寒かったが素晴らしいところだった。
夏の南極より 春のアイスランドの方が寒いんじゃないかと思う。 
流石北極圏に近いだけのことはある。

次回は8月に開催されるレイキャビクマラソンをターゲットに また必ず来ようと心に誓う。



6泊のうち三日はオーロラを探して夜中の海辺へ行ってみた。
spaceweather.comでオーロラメーターをチェックして アイスランドがすっぽり入ったところを見計らって いざ!と期待してみたが オーロラは現れてくれなかった。
ま、そんなに簡単に永年の夢が叶ってしまうと次の楽しみがなくなるから 今回はこれでよしとしよう。いつかどこかで。。。きっと。



4月1日。

アイスランドエアーでボストンへ。
途中グリーンランドの上空を通過。
こちらのほうがはるかに寒そうですわ。。。
        






ひさびさアメリカにやって来た。

レイキャビクから5時間、映画を2本見たら着いてしまった。快適だった。
アイスランドエアーのサービスは実にのんびりで、クルーは年配の方ばかり。飲食のサービスに異常に時間がかかってず~~っと通路を占拠していたが、親切で優しかった、文句ないない。

アメリカ入国審査に一抹の不安があったのだが あっさり通過。
アイスランド出国の際に パスポートのスタンプが沢山ありすぎて「今回のヨーロッパ入国分が見つからないが、ま、いいさ」と移民官にブツブツ言われたが。。。



ボストン空港の隣にあるホテルに一泊して 翌朝予約していたレンタカーを引き取りに行った。
ホットディールという ”その日の特価サプライズディール”で どんな車が回ってくるのか見るまでわからなかったのだが なんとマスタングであった。 「・・・」絶句。。。 


でかい。。
外から車内を覗くと我々の場合、まるで子供が座っているよう。
助手席側の牛美は座高が低過ぎて外が見えにくい。
ジャケットをクッション代わりに尻に敷いて、さらには首を伸ばしてのナビゲーションは疲れる。
背筋のびまくり。。。



さて、ボストンに来たのは ボストンマラソンを走る為である。

     4月19日(月) そう! ボストンマラソンは月曜日なのである。


ボストンマラソン インタラクティブコースマップはなかなか面白いサイト
こんなコースを走る訳である。

いかにしてボストンを走る事になったのかという話は次回に。。。

現在はピカピカのマスタングをぶいぶい言わせながら ロードアイランド州のニューポートでマラソントレーニングに励んでおりまする。
          


ボストンを中心とするニューイングランド地方に来た限りは “これは外せない” ものがある。

その前に ニューイングランド地方とは
   
   マサチューセッツ州
   ロードアイランド州
   コネチカット州
   ニューハンプシャー州
   バーモント州
   メイン州
この6つの州のことで 現在我々はマサチューセッツに続きロードアイランドに来ている。

さて、その外せないものとは :





何故か本日は写真のサイズが調整出来ないので いきなり大きくなってしまった。
 (別に食材にコーフンしてわざと大きくした訳ではないのでご理解を。。。)


上は見ての通りロブスター、下はニューイングランドスタイルクラムチャウダー。
クラムチャウダーはこってりねっとり系がお気に入り。

これは食べておかねばね。
  

ボストンマラソンはマラソンランナーにとって特別の大会である。

走らない人にはまったく興味がないであろうが、ここでひとつウィキペディアから引っ張ってきて歴史を紐解いてみよう。(エラそうに言ってもコピペするだけですんまそん。。)

第1回オリンピックの翌年、1897年に開催され、オリンピックに次いで歴史の古い大会で、2009年4月現在開催されているマラソン大会開催数では世界一。
誰でも走れるわけではなく、参加には参加資格タイムをクリアしている必要がある。
女子での日本選手の優勝はまだない
」そうだ。

古い歴史のある、エリートが集まる世界で最も認知度の高い大会である。
ちなみに上記の参加資格タイムとはどんなもんかと言うと::: 以下参照

有資格取得<男女別、年代別タイム>
年齢 18-34  35-39  40-44  45-49  50-54  55-59  60-64  65-69  70-74  75-79
男性 3:10  3:15  3:20  3:30  3:35  3:45  4:00  4:15  4:30  4:45
女性 3:40  3:45  3:50  4:00  4:05  4:15  4:30  4:45  5:00  5:15

もちろん資格がなくても走る方法はある。
海外からならパッケージを購入すれば走ることが可能だ。ただしリミットは6時間。
いつか走れたらと思っていたが、幸運にも今回奴豚に道を開いてくれたのは2008年のウシュアイアマラソンで知り合ったテキサス出身のMr.Fの御陰である。
Mr.Fはレントゲン技師ながら、余暇を盲人マラソンのボランティアで米国各地を走り回っているナイスガイである。本人はフルマラソンを2時間台後半で走る。流石に盲人のサポートをして走る為にはやっとこさ4時間が切れる程度では役に立たないであろうと思う。長年ボランティアをして何度もボストンマラソンも走っているので知り合いも多いのだろう、なんと奴豚に出場切符を捻出してくれたのである。残念ながら牛美分はない。あと数日先に迫った今でもMr.Fは牛美の為に奔走してくれているのだが無理だろうと思う。ま、私はいい.


ただ世の中いつも いつどこで何が起こるかわからないから 
  準備だけは怠らずに。。。



ニューポートは魅力的で綺麗な場所。

ヨットのアメリカズカップで名高い町だ。町の中心にはアメリカズカップアベニュー大通りが走っているし、13年間もカップを守ったニューヨークヨットクラブが格調高く佇んでいる。
残念ながら近年は負け続けだったが今年2月の大会でカップをアメリカに持ち帰って来た。
今時の最新鋭トリマランヨットはまるで飛行機のようでヨットという概念を大幅に変えてしまった。操船にはグライダーの飛行技術も必要とするようだ。世の中変わったなぁ。。。



ヨットのお金持ちが多いのか、はたまた歴史的に裕福な州だったのか、豪奢な建物がごまんと建っているのには驚く。
本来 マンションとは こういう建物のことを呼ぶ。

 





町の雰囲気に惚れ込んで 延泊延泊で4泊もしてしまった。


それにしても どんなお方がお住まいなんだろう。。。






あまりに居心地の良かったニューポートをあとにして、朝から雨で移動にはぴったりのお日柄のなかをマサチューセッツ州の州立森林を目指して走るも、感動する景色に出会えず、そのままヴァーモント州へ抜けてみたところ、素朴ながらも優しい柔らかい景色に魅了されて、ホワイトリバージャンクション近辺の宿に入ったのは6時過ぎ。

         


もうちょっと走るとカナダのモントリオールだ。
気温はぐっと下がった。翌朝は雪。アメリカは広い。

   



午後から晴れて、湖周辺を約1時間半走る。
ニューポートの海沿いも気分良かったが森の中もこれまた格別。

       あゝ幸せ。



ヴァーモント州の自然と言うのは厳しくなく険しくなく、優しく柔らかく来る人を招いてくれるいいところだ。これまた気にいって二泊なり。
こんなふるさとを持てる人は幸せ者だと思う。

翌々日はニューハンプシャー州。
ボストンへ戻る途中の立寄り的に一泊のみ。
アメリカには州税のセールスタックスゼロの州が6つあるが、ここはそのひとつ。
店頭表示価格と支払う際の価格が同じなのは分かりやすくて有難い。
その分はどこかでまかなっているのだろう。テーマパーク系の有料遊園地が目につく。




これが今回マスタングで走った地図。

マサチューセッツ、ロードアイランド、ヴァーモント、ニューハンプシャー州と走った。
今の季節は実に爽やかで花が咲きほこっていて、何処へいっても素晴らしい。



さて、ボストンマラソンに向けて予約しておいたボストンのアパートへ移動する。
ここは日本のエイブルのボストン支店HPで見つけたのだが、この時期市内のホテルは軒並み値をつり上げて、予約もすでに前々から埋まっているのだが、うまい具合に見つかった掘り出し物件。
どんなアパートなのか これから十日間 楽しみである。



マスタングをきちんと時間内に返却し(奴豚は別れを惜しんでいたが。。。) まず最初にしたことはappleストアへ行った事だった。

昨年からマック二台体制だったのだが、先月 マルセイユに古い方を一台置いてきた。
家庭内でのマック奪い合いに辟易したので、早いところ もう一台手配しようと思っていたのだった。



事前調査の結果、ipadが宜しいのではないか?という了解のもと、訪れたappleストアで タイムリーにも「今入荷されました」状態だったものだから即決即買いしてしまった。





軽量、小型で持運びも使い勝手もよい。
キーボードも慣れればそう悪くはない(時間かかるが) 。
出先でのメール、ネットチェック、検索や読書?(ネットブック読?)にはバッチリである。



これでマック争奪戦におさらばだい。



前回ボストンに来たのは 20年前だった。寒い時期だったことだけは覚えているが、今回は季節も良く見違える程 いい町に見える。

ボストンに住みボストンを愛しボストンを舞台に書き続けた作家Robert B Parkerが今年1月に亡くなって、作中の愛すべき人々と もう会えないのかと思うと心から残念だ。
行く場を失った私立探偵(主役)スペンサーが 彼のBack Bayのオフィスの窓からボストンの町を見下ろしている姿を思い浮かべる。。。 そして今、そのBack Bayのアパートに泊まっている自分を思う。

ボストンには 世界的に有名なハーバードやケンブリッヂといった大学のほかMIT, 医学、音楽、料理他 各種の名だたる専門学校が密集しており、街全体が巨大な学園都市のように学生で溢れている。
市内を歩いているとまるでキャンパス内を歩いているかのようであり、キラキラと活気の溢れる 実に躍動的な健康的な街だ。


土手の桜は既に葉桜にかわり、木蓮や水仙が美しい。

この時期ボストンに来たらきっと一目でこの街の虜になるだろう。。。 が、宿泊代はべらぼうに高い。
長期でアパートを借りるに限る。




中心のショッピング街を散策しているとボストンマラソンの垂れ幕や店の前に「ランナーは飲み物無料!」と書かれたチラシが貼ってあったり、マラソンの為に来たと言うと十人に十人が「おめでとう!」と言ってくれる。それもかなり情熱的に



NIKE TOWN店内のディスプレイもボストンマラソン一色に染まっている

こうやって、いくつもの地域の看板を走り抜けて行くのだなぁ。




街全体がマラソンに向けて躍動している感じだ。

まるで住民全員が走るかのように、ジョギングしている人の多い事多い事。だが、国内の人達には参加資格のタイムをクリアせねばならないという高~いハードルがあるので、ボストンを走れる、というだけで 皆 もうすでに「おめでとう!」なのである。
TVの天気予報のお天気お姉さんまでが、月曜のマラソンデーは晴れ と言っている。
街頭の応援のすごさを体験するのが楽しみだ。


テキサスのナイスガイ Mr.F→ が土曜日の午後に牛美分の参加資格枠を持って テキサスから飛んでくる事になった。(さぁ大変!)あぁ、これで晴れてボストンを走れる。だんだん その気になってきたぞ~~。
体調はイマイチなんだがMr.Fや支援してくれる人達に胸が張れるよう、精一杯走ろう。
 (写真右 ’08年ウシュアイアマラソン時の奴豚とMr.F




先月末(3月末)我々が見に行ったアイスランドの火山噴煙は呑気な具合(呑気具合は写真でチェック)だったが、再び活発な噴煙と火山灰を上げ始めたエイヤフィヤトラヨークトル氷河の影響で空の便は大混乱状態らしい。

ボストンで再会を約束していた奴豚の知り合いの ”世界を走ろう” フランスチーム(勝手に命名)のメンバー達の便も欠航で、どう頑張っても参加は無理そうだ。。。 
牛美も彼等とマルセイユとマラケッシュを走っているので、今回の合流を楽しみに待っていたのだが。

本当に近頃は「いつどこで何が起こるか全く予想がつかない」状況になってきた。
桜が咲いても雪が降ったり、地震や洪水のニュースは絶えることがない。
一日一日を悔いのないよう生きよう。。。

  そうそう、昨日は映画 Crash of the Titans 3Dを見て来たのだが、$14.00という大枚はたくには勿体無い内容でがっかり。

これを書いているのは ボストン時間午前4時22分。

よく眠れて気分はよい。
もうすぐスタート地点へ向かうバスに乗る。

愛する人達よ、よく眠れていますか?
あなた達の御陰で ここまでこれました。
ありがとう。

楽しんできます。

エキスポの模様やレースの詳細はまたあとで。では!

世界最大級のマラソンエキスポは街中のコンベンションセンターで開かれる。
ゼッケンピックアップも手際良くボランティアのひとりひとりが本当に親切で的確にテキパキと作業を執り行ってくれていた。
流石に長い歴史の大会だ。全てに感心する。
   

          



        Team Hoyt の父上と握手。
         著書のサイン会も兼ねていた。
  



ゼッケンのグッディバッグにはタイミングチップや長袖TECHシャツの他に水やパワーバー等が入っており、レース前後のパーティのチケットもあった。(行かなかったのだが)
出店舗も多くみて回るのにかなりの時間を要した。たいそうな賑わいだった。

テキサスからわざわざ我々の為に飛んで来てくれたMr.Fと仲良く三人で楽しいひとときを過ごさせて貰った。
盲人の伴奏をして走る時のことを色々学び、ボストン本部のボランティア会合にも招待してもらったが、これは素晴らしい経験であった。 胸がじ~んと熱くなる貴重な時間だった。

   



トリニティー教会の掲示板 

 「ランナー達よ、
   追い風がつねにあなた方の背にあらんことを」



さて、それらの熱い思いから力をわけて貰った気持ちになっていた牛美は、練習不足をそれらの勇気で補うつもりでいたのだが、いざマラソン、走り始めてみたら、全くもって身体がついて行けなかった。
思えばアメリカに着いてから膀胱炎になり口内炎になり左顎がゴルフボール大に腫れ、今回は走れないかもしれないと悔し泣き、練習も満足に出来なかった。



マラソン当日Patriot's Day. 今日はマサチューセッツ州の休日。
お天気お姉さんの予報通り快晴。風が冷たいが絶好のマラソン日和

   

スタート地点のホプキントンへは用意してくれたバスで向かう。
23000人を運ぶには少なく見積もっても400台以上のスクールバスが必要だろう。
次から次へとスクールバスがランナーを乗せて行く。
パトカーと白バイで通行規制された道を、料金所も速度を落とさず 何百台もの黄色いスクールバスが爆走していく姿は必見だ。

   

コースが全体的に下りであるという利点を利用してなんとかタイムの縮小を目論んでいたのだが、スタートしてみたら大間違いだった。

   


ハーフでもう走れなくなった。これは配分ミスではなく、明らかに練習不足。
20キロから先は、給水ポイントの端から端まで歩いた。上り坂も上りきれず歩いて登った。
止まる度に視界が濃い霧に覆われるように白くなって視野が狭まって行く。完全に貧血症状である。頭に酸素がのぼっていかない。身体のあらゆる筋肉が痛む。
倒れたら棄権を言い渡されるかもしれない。それだけは嫌だ。
歩いてでもフィニッシュラインはくぐりたかった。



こんなに辛いマラソンは初めてだった。42.195キロが どんだけ遠かっただろうか。。
せめて5時間は切りたかったのだが、及ばず5時間2分
甘ちゃんですみません。でも辛かった。。。




  列車が速度を落とし汽笛を鳴らし続けて応援を送ってくれる。
     沿道のみんなが声をからして声援を送ってくれる。

「You can do it!」 「Go!!Get it Girl!」(牛美はこちらでは小柄なのでGirl扱いである)


     シャツに名前を書いているランナーには 名前を連呼して声援してくれる。
  皆 なにかしらシャツに書いている。誰かの為に走る人、両親に感謝して走る人、癌撲滅の為に走る人 色々だ。


    「痛みは一瞬、感動は一生」とか、

      年齢を書いているひともいる。

71歳。人生まだまだこれからだ」とか。





目の前が真っ白になって ふらふらと歩いていたら 塩を差し出してくれた人もいた。
     大丈夫か、何か必要なものはあるか? 何か出来る事はあるか? 
       「大丈夫」と応えると 「よし! じゃぁ走れ!」と。。。

みんなに後押しされて走り出す。そう、まだ行ける。自分に甘いだけだ、こんなことでどうする。



残り7キロ、見慣れた看板が見えてきた。
[Going Home] そう思った時に突然足が軽くなった。
行けるところまで行ってやろう。突然疾走。ipodに合わせて歌いながら走った。

「そうだその調子!」と熱い声援に応えながら、皆に感謝して。

目頭が熱くなる、胸にぐっとくると呼吸が困難になって困った。




        




フィニッシュラインが見えて来た。だがスパートはもう続かない。
ゆっくりゆっくり まるでスローモーションのようにフィニッシュラインが近づいてくる。

長い長い42キロだった。。。
やっと終わった。。。



体調管理の悪さと練習不足を除けば、ボストンマラソンは今までに経験したどの大会より素晴らしく、沿道の大大声援、胸が熱くなる応援に涙した。
走っているだけで、ただそれだけでヒーロー扱いだった。
終盤足を引きずって走っていたときに、頑張れとハイタッチに来てくれたミンナありがとう。声を限りに叫んで元気を分けてくれた女子学生達、ありがとう。ーー沿道の応援はきれることがなかった。すごい街だ。

     

レース終わってゆっくりゆっくり家路を歩いていると、すれ違う皆んなが良くやった、良く走ったと誉めてくれる。自分では胸を張れない結果に伏し目がちだったのだが、フィニッシュしただけでおめでとうと言ってもらえる大会だった。

もうちょっとマシに走れたら良かったのにと思うと残念だがこんな経験もしてみなければわからない。もしまた機会があれば必ずボストンを完走しに来よう。必ず。


奴豚は中間地点の女子大生達が鈴なりに並んで「Free Kiss」を送ってくれるあたりで どうやらかなりの時間を費やしたらしい。本人はそのせいで時間がかかったとか言い訳こいているが、やはりかなり疲れたらしい。
写真も沢山撮っていたが 4時間8分だった。

大会組織やボランティアの活躍が素晴らしく、流石にボストン!と思わせてくれる素晴らしい大会だった。


フランスから飛んで来れなかった友人の兄がボストン在住で今回は初マラソンということで、一緒にスタートした。
     

新しい出会い。新しい友。マラソンはいつも何かを与えてくれる。

 


今回の教訓は
 
きちんと練習せずにフルマラソン走るなかれ」 

               である。



ボストンマラソン終わって 二日ゆっくり休んだ。
洗濯、荷造り、アパートの冷蔵庫整理。
4月1日にボストンに来てから約3週間経過。


22日にカリフォルニアへ飛んだ。

サンノゼの友人宅へと移動。庭のプールが菜園に変わっていた。
ここの兄弟も幼児から少年へと変わって行く年齢にさしかかっている。
背が伸び、上の子は少し無口になり自分の世界を持ち始めている。部屋にはコロンとかヘアージェルなんかある。


再会を喜びワインやシャンペンで乾杯しているうちに目を開けていられないほど眠くなり、子供部屋を占領して熟睡の第一夜目。

次なるマラソンは5月1日。
名付けて Wild Wild Westマラソンなり。
10マイル = 16キロ

まだ ジョギングを再開する気にはならない。。。

サンノゼに着いた翌日の金曜、さっそくキャンプへ行った。(やれ忙しいこった)


5家族 総勢18人の大グループ。内訳は大人10人、子供8人 いやはや 野猿の野放し状態。
子供のエネルギーというのは尽きる事がないようだ。滑って転んで、木に激突したりと 体中ところ狭しと傷を作って楽しそうに遊んでいた。
こちらの親は太っ腹で気持ちいい。大きな怪我でもない限り ほったらかしている。
消毒だの、走ると危ないなんてことは一切言わない。



春の野歩きは目ににぎやかで楽しいものだ。
          しばし眼下に広がる景色をのんびりと楽しんだ。
   



フランス人なんで
     ペタンク遊びはかかせない。。。








   野猿が、家に戻るとこんな具合に。。。

    題して 「今時の子供」

 1人に1台アップルコンピューター
『ビジネスマンの顔をして』とのリクエストに応えて。



サンノゼでは銀行と自動車免許局とスポーツ店へ行く以外、これと言ってやらなければいけないこともなく、連日オサンドンで食事の支度と洗濯係を引受けていた。

料理というのは想像が膨らむ楽しい作業だ。
冷蔵庫にあるもので献立を考える。
大人も子供にもうけの良い多少工夫を加えた夕食を作っては1人悦にいっている。
これで少しは居候の肩身も広くなるか???


二年前に取得したカリフォルニア州の免許だが、その後長期のビザを取らずにほったらかしておいたら、正式な免許証に切り替えること叶わず、去年期限が切れて失効してしまった。
アメリカの長期VISAなんて今どき簡単に認可される訳ないわけで、初めから予想はしていたのだが、ダメモトで再発行に行ったのだが やはり答えは [NO] だった.


やっとジョギング再開。

1番好きなジョギングコースである近所のFootHill Parkの砂利道を走った。
ほんの数十メートル登っただけで町と遠くの山が一望でき、静かなジョギングが堪能出来る大好きな場所。何故かRod (Stewart)のバラードが似合うコースである。

5月1日のWild Wild West 16キロレースはネバダ州との州境、デスバレーで行われる。
車でyosemite国立公園を横切るメインルートは雪で通行止めなので、一旦南下してBakersfieldを抜けて北上するルートを取る予定。
練習のつもりで景色を楽しみながらのリハビリレース。
キャンプ道具満載で ラスベガスやグランドキャニオン、さらにはユタ州のモニュメントバレーへも足を伸ばそうと思っている。



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