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マルセイユ⇒カシ は 「我慢」 「気合い」 「感謝」


ゼッケンピックアップのエキスポはベロドロームスタジアムにて木曜から土曜まで開催。
      

         前回来たのは2007年、比べると見違える程立派で組織化されていた。

レース参加者は全ての往復公共交通機関が無料で、カシからの復路には電車、バスに加えてボートの選択もあり、我々は13時発のボートを予約した。(ボートは800席で希望者は先着予約が必要)


この時期のマルセイユはマルセイユ⇒カシの話題で町が高揚している気がする。
参加枠は13500人。インターネットの申し込みは受付開始から数時間で定員に達し閉め切られてしまう人気の市民恒例行事であり、待ちに待ったハレの日なのである。


圧倒的に男性ランナーが多く 男の沽券にかかわる健脚自慢の決戦の日、というイメージさえ感じる。

大雨でさんざんだった昨年のレースの話を聞くたびに 頼むから晴れてくれ~と神頼み。。。
天気予報は快晴、夏日とのことだった。

サマータイムが終わった翌日がレース当日。
レース前夜、寝る前に時計を1時間戻す。目覚ましも慎重に 間違えないようセット。
1時間余分に眠れるというのはありがたい。



5時45分起床。7時に家を出、ランナーで満杯の地下鉄で会場へ。
8時半 従兄弟のパスカルと待ち合わせ、友人のジェロームも加わり列の前方に陣取りスタートを待つ。
      

予報通りの快晴。9時半きっかり、ミシェレイ大通りの直線コースをカシ方面へ向けスタート。
最初から皆さん速い! 約2キロの直線コースでしょっぱなから怒濤のごぼう抜きをされる。
もちろんスタートと同時に奴豚、パスカル、ジェロームは遥か先へ消えてしまい、牛美の場合はいつも通りの一人旅。


市街を抜けいよいよ登りにさしかかるまでの7キロ、138メートルの高低差は緩やかな傾斜で苦にはならない。

      

コースの最高地点 コルデ ジネストは標高327メートル、山とは呼べないが、かけ上がるには十分キツイ高さだ。
最初の給水所が6キロ地点にあり、皆、ここで気を引き締めて176メートルの登りに向かうのだが、奴豚から事前に「ここでは止まらず峠まで駆け上がるように」との指示通り 団子状態を脇に素通りする。

カランクと呼ばれる岩肌に刻まれたヘアピンの道を右に左に回り込みながらぐんぐん標高が上がっていく。
ニューヨークに立つ自由の女神の台座石はここから切り出されたのだそうだ。

みるみるうちにマルセイユの町が足下に小さくなっていく。(写真はカシ側の家々)


スタートから1時間はじっと我慢だと思っていた。ともかく「我慢、我慢」で峠まで頑張ろうというのが作戦。(作戦とは言わないか。。)
スタートで皆のスピードに引っ張られて自滅しない「我慢」と 登りの辛さに負けない「我慢」。
どんなに足が辛くても絶対に止まらないというのが今回 自分への唯一の課題。
タイムはあまり気にしていなかった。登りは得意ではないし、夏日の気温にも多少不安あり、予約した13時のボートに余裕で乗る為、2時間半以内で走れればよしとしよう、ぐらいの予想だった。

登りでもどんどん抜かれた。『こんなに抜かれたら確実にビリだな』とちらっと思いはしたが それよりもともかく「我慢だ」「気合いだ」「我慢だ」「気合いだ」を歌のように心で繰り返して登りきった峠はすがすがしかった。
登りきったところに給水所、ここで水のボトルをつかみ頭から全身に浴びせて暑さ対策。照りつける太陽で倒れる人続出。救護班は忙しそうだ。
  (翌日、レース中に亡くなった方がいらしたとニュースで聞く。大変残念だ。。。ご冥福を祈る)


ここから5キロはなだらかに下る。やっと心地よいペースに自分を持って行く事が出来 挽回のチャンス、景色を見る余裕も出る。
「我慢」と「気合い」で頑張って来て 残り5キロの表示からコースは思いっきり下りになる。


ここから先、気持ちは「感謝」に変わった。


カシの小さな港を右手眼下に見ながら快調に下って行く時の気持ちは言葉に出来ない程 素晴らしかった。
痛いと感じられる足があることに感謝、痛いと思える時間を持てることに感謝。きっと将来 こんなに痛くて辛いマラソンというスポーツが出来た自分を懐かしく思う日が来るだろうから、今はこの時間を最高に楽しもう。
   「待ってなさいよ カシ! 今すぐ飛んで行くからねー!」
なんて晴れ晴れとした自由な、そして喜びに満ちたレースだろう。

          写真右)感謝の気持ちを込めたハートを作る牛美 

カシの町に入って最後の坂は登りもキツイが つんのめる程の下りが効くーーっ!!!

フィニッシュの港は応援してくれる人で埋まっている。コの字型の港を回り込んでフィニッシュをくぐるまで凄い大歓声。
力を振り絞ってラストスパート。

牛美2時間13分。心から嬉しかった。  それにビリじゃなかったし。。。

      

奴豚1時間57分、パスカル1時間47分、ジェローム2時間02分。
ビーチでひと泳ぎしながら牛美の到着を待っていてくれた。(写真右上はビーチで泳ぐフィニッシャー達)

      

目出たく13時のボートに余裕で乗り、1時間半の遊覧クルーズを楽しみ マルセイユの旧港へと戻ったのだった。

        このレース 癖になりそうだ。。。




マルセイユ⇒カシレース後は 天気崩れて連日大雨。

こんなに降るか?!というほどの嵐で雷、稲妻、ゲリラ雨でフランス南部は洪水で床上浸水。
テレビのニュースを見ていて「あれ?バンコクの話じゃないんだ」と思ったものだった。。。というほどよく降った。
我が ガレージの家も嵐のさなか、屋根が落ちるんじゃないだろうか?と多少の心配もしたが、雨漏り程度ですんだ。
大雨に洗われて道路の犬の糞も流され綺麗になっていた。(一日と もたなかったが。。。)

家に篭って片付け、繕い物、洗濯と掃除をしていた。
ネットは満足に繋がらないし、TVは仏語でよくわからんし、本も読んでしまったしな。
そろそろ移動なので丁度良かった。
奴豚は足腰が弱くなった両親の為、家をバリアフリーにリフォームしようと行ったり来たり奔走す。

友人達とのお別れも会も済み、さて荷造りでもするか。。。って時になって、にわかに用事を思い出した奴豚。
また急にドタバタになってしまった。
、、ったく、こう言うの段取り悪いって言うんだよなー。


10日、巴里へ。

10日、鉄道ストの影響はうけずに 定刻にリオン駅に到着。
常宿にしている駅隣の二つ星ホテルにチェックイン。

今まで巴里は乗り換えに寄るだけで腰を落ち着けることはなかったのだが今回五日もあるので、すっかりオノボリサン状態。

ウン十年ぶりのベルサイユ宮殿、エッフェル塔やシャンゼリゼ、美術館。。。
う~~~む、芸術の秋。
奴豚はハッシュランに参加し城跡を走ったりと それぞれ別行動で、お互い一人の時間も楽しんでいる。マルセイユと比べるとパリの治安は随分いいぞ。皆小綺麗でお洒落だし。(マルセイユと比べる事自体が間違いか?)

それにしてもシャンゼリゼの人混みは大晦日の明治神宮並みだった。不況はどこ吹く風って感じだなぁ。
明日は懐かしい友人とランチ。巴里の再会なんてちょっと粋じゃないかい?

巴里市内の移動はメトロもバスも手軽で便利。地図さえあればほぼ迷子になる事はない。まぁ、旅の醍醐味は迷い込んで思いがけないところに出くわす事でもあるのだが。
毎日よく歩いた。テクテクと好きな方へ歩いて行って疲れたらメトロに乗って宿へ戻る。
落ち葉に埋もれる秋のパリ散策は景色も雰囲気も抜群だった。


14日、午後1時、三十年来の友人とランチ待ち合わせ。

選んでくれた店はオペラ座に近い日本食屋さん。
ここのランチセットの鯖塩が絶品であった。
お皿舐めた? てな感じに完食。あぁ、幸せ。。。「大変美味でした」
大人気の店だそうで、この日も満席。店の名を“ 善 ”と言う。パリで日本食が恋しくなったら是非!

食後に銀ブラならぬ巴里ブラ。巴里在住の彼女にくっついて歩く。長身脚長、ふわりとストールを身にまとうモデルのような彼女の横をちょこちょこと。
「ちょっと ピカソを理解しに行かない? 」さすがパリに暮らすマダムは言う事が違う。くっついていった先はポンピドーセンター。巴里市内が一望出来る。限られた時間内で、ピカソだけじゃなく同時にこの景色も見せてくれたかったんだなぁ。さりげない心遣いが嬉しい。


巴里はやはり巴里だけのことがある。芸術が同居しているってのは素晴らしいものだ。今まで縁遠かった芸術を前にして、ひそひそとあーでもないこーでもない、と謎解きのようなピカソの絵から何を学び取ろうか。。。



女同士のランデブーの間 芸術と全く縁のない 奴豚はひとり、約30キロの市内観光ランニングをしていたのだった。

11月15日 早朝パリを発つと、16日の午前5時半クアラルンプールのローコスト空港に着く。エアアジアX、2人で6万円弱、格安。 機内は空いていて3席使って横になれた。御の字。

入国審査もMM2Hビザ所持者はマレーシア人用窓口で手配が可能でスムーズだ。入国カードを記入する必要もない。気分は「ただいま」である。
あぁ、帰って来たなと ちょっとほっとする。

午前中はホテルにチェックインさせてもらえないだろうから、空港でゆったり過ごして時間つぶし。
ローコストターミナル(以後略してLCCT)にはローカルのフードコートが隣接していて便利。まずは懐かしいマレーフードの朝食を採り、コーヒーショップでただネット。LCCT内では3時間までネット無料。


今年の始めに泊まって虫に刺され散々なめにあったホテルはやめ、今回は少しグレードアップしたアパートホテルにしてみた。
      
チェックインは14時まで待たされたがアップグレードしてもらったワンベッドルームスイートは74㎡、以前住んでいた東京の賃貸マンションよりはるかに広く、いちいち物を取りにいくのも遠く感じる。(嬉しいんだけど。。。)


17日。
午前中、奴豚のパスポート更新でフランス大使館へ行き、その足で中国ビザセンターを訪ねる。
新年を中国で迎えたいと奴豚が言うので、「中国の新年は二月だよ」と訂正してやったのだが、そんなの知ってるよてな表情で、それでもいいから年末年始は中国で過ごしたいらしい。(何も特別な行事はないだろうに。。。)

夜はクアラルンプール在住の友人と山頭火で夕食。新しく出来た東京ストリートに案内してもらい、喜々と歩き回る。どんどんクアラルンプールは便利に綺麗になる。
友人の子供達の成長を見るのが楽しい。愛くるしいとはこんな気持ちを言うのかな。穏やかな母の表情の彼女が眩しいほど綺麗。外見だけでなく、聡明さと内面の美しさを併せ持った素敵な女性。(お世辞じゃないよ、ホントだよ、◯◯ちゃん!)

      久しぶりのラーメンは心和む美味しさだった。(感謝)






この時期 東南アジアのこの周辺は雨期である。

毎日 必ず ピカピカゴロゴロと稲妻をともなった大雨が降る。
気長に待ってれば いつかは止むのだが、せっかちな我々は雨合羽を着て 結局ずぶ濡れになって歩いてホテルまで戻る。

18日。昼まで部屋でのんびりしてから昼食に出たら、案の定降られて戻る。そのまま夕方までシトシト降り続いたので部屋で映画見たりネットしたりで夜になる。
せっかく屋上にプールやジムもあるのに利用せず。ないと「あったらいいのに」と思うくせに、あると利用しないもんなんだなぁ、、これが。
マルセイユ⇒カシレース以来、ちっとも走っていない。走ろう、という気持ちが湧いてこないここ二週間である。


19日。夕方の便でシンガポールへ行くので荷造り。

朝食用に買っておいたNZ産のシリアルを皿に盛り まさに食べようとした時に懸命に這い出そうとする虫の幼虫を発見す。その時たまたま見ていたテレビの遭難映画で、生き抜く為に森の中で虫の幼虫を食べる場面と重なって絶妙なタイミングに絶句する。昨夜もそういえばニューギニアに暮らす現地の人の好物が虫の幼虫だったなと思い出し、「これは食べよ、というお告げか?」と思うも、幼虫を取り除いて残りのシリアルを食べたが、まぁ昨日も一昨日もこのシリアルを食べていたのだ。
卵がお腹で孵化するとか、、、ないよね。。? 


バス停に着くまで 降らないでくれよ~、と空ばかり眺めているが、今のところ本日快晴なり。



19日、夜、シンガポールの友人宅着。

前回来たのが今年の始め、丁度旧正月でカジノは新年の運試しの人で満杯だったのだった。

雨季とは知っていても肌が常にじっとりしているのに慣れるには少し時間が必要そうだ 。
ガーデンシティーの名の通り緑と花に囲まれた小さな美しい島。雨の文句は言うまい。

今回のシンガポール滞在は、いつも世話になっている奴豚の友人から「来れば?」と連絡を貰って急遽決めたのだった。
来年早々に転勤が決まっている彼から、これで最後になるだろうから、今のうちに遊びにおいでとのこと。実は年初に来た時、もうこれで最後と思っていたので、彼に預かってもらっていた服や本など、全て処分しておいた。まさかまた来れるとは思いもせず、とても嬉しい。



20日(日)時差ボケはまだ治らない。

ヨーロッパ時間をひきずっている我々は早朝から目が覚めている。と言うか牛美は眠れない。
奴豚は6時にシンガポールのランナー仲間と28キロのトレーニングランへと出掛けて行った。12月4日にフルマラソンが控えているので、トレーニングせにゃならん。
牛美はもう3週間走っていない。完全休養 トカナントカ。。。
フランスでつけた贅肉を落とそうとダイエット気味。食材を買出しに行きサラダの夕食。
奴豚は今朝のトレーニングが余程堪えたとみえ、帰宅してから気絶したように寝ていた。
身体が気候に順応していない。。。



21日(月)午前中に中国ビザセンターへ。

マレーシアと比べてどっちが取得しやすいかと思ったら、マレーシアはMM2Hのビザがある分、手続きが簡素であったが、日程を考慮してシンガポールで取ることにする。必要書類は往復航空券と宿の予約コピー、仏人には余分に銀行の残高証明が必要。申請書と写真、パスポートのコピーである。これで3ヶ月のツーリストビザが取れる。手数料は75シンドル。所要時間4日。

デジカメの不具合修理のため ソニーのカスタマーサービスへ。国際保証書持参で無料で修理可能とのことで喜ぶ。レンズを保護するガラスカバーに亀裂が生じ、写真の中央に線が写ってしまっていたのだった。


その足でシンガポール在住の友人と豪華ホテルビュッフェランチへ。牛美とは30年来の旧知の仲である。
先日、巴里でピカソを一緒に見た友人も、去年メルボルンで泊めてくれた友人も、今年の震災時に励ましてくれた大阪の友人も、皆、ここシンガポールで同じ釜の飯を食った職場の同期生。シンガポール航空の現地ベース乗務員第一期生だった。
28名のうら若き乙女が慣れない異国の地で共に学び、この国の習慣や暮らしに順応し、逞しく楽しくそして真剣に仕事に取り組み 共に青春を過ごした仲。衣食住を共にした絆はかたく、30年経った今でも信頼できる素晴らしい友たちである。世話役をかって出てくれた有志がたち上げたブログのお陰で世界中に散らばっている同期同士の情報交換も瞬時。サンキューラ~~。
と言うわけで、シンガポールは牛美にとって特別な場所のひとつである。


さて、中国のビザ申請手続をしながらふと思った。そうだ、中国ではこのブログはブロックされたままでアクセス不可能なのであった。ふぅむ、ドナイシヨ。。。







22日(火) シトシト降りやまぬ雨。

夕方までネットで探し物やブログのアップ。
雨が止んだので中華街へでも行くか、と家を出たところで、ランナー仲間から電話が入り 行き先変更一緒にナシレマを食べに行く。ご飯に好みのおかずを盛るのだが、ちょっとずつあれもこれもで山盛。気楽な雰囲気で味も良い。完食して 皆に皿が綺麗だと冷やかされる。



23日 (水) 昔の職場の友人が飛んでくると言っていたが、、、

待ちぼうけ。。。運悪く行き違い 結局会えず。牛美は航空会社を転職したのでこちらは二番目の会社の方の友人。「来週またフライトで来るよー」だとな。日本に居るより友人との遭遇率が高いこの頃。

夜、奴豚とバスで中華街へ行き小雨の中散歩と夕食。なかなかいい雰囲気。中国行きも悪くないかも?とチラリと思う



24日(木) 中国のビザ申請に行く。

先日言われた書類を揃えてイザ提出へ。
仏人は指紋押印あり。すんなり受理され 4日後に支払いと受け取り。
ぷらぷら歩いてマーライオン公園、マリーナへ。MRTと呼ばれる地下鉄で帰宅し夕飯。
奴豚はランナー仲間からお呼びがかかり大雨のなか外出。


中国のビザを取得するのに往復航空券が必要だったのでとりあえず往復の足を確保。
ビザ申請して やっとその気になり中国のプランをたて始めた。予定が決まれば俄然張り切るタチなんで 一心不乱状態。集中力とはこのことを言うナリ。


ついでに中国番外編として新ブログを別に立ち上げてみた。これは我がブログが中国ではアクセス出来ない為の策なんだが、色々検索して分かったのだが、我がブログがブロックされているのではなく、使っているDTIやYahoo、はてな、アメブロ、FCブログ等 がセキュリティー上の理由でアクセス遮断されているのだそうだ。 、遮断されていないgooというのにしてみた。うまくいったらお慰み。






シンガポールの英語はイングリッシュではなくシングリッシュ
この国特有の発音がある。文法もかなり簡素化されている。
米語、英語に慣れている人には、初めて耳にする時は英語に聞こえない(と思う)。奴豚もいまだに会話についていけず、時々通訳してやっている。

かく言う牛美も初めて聞いた時は中国語だと思った。気の強かった同期生が「申し訳ないけど英語で言ってくれる?」と真顔で尋ねた時の相手の面食らった顔は30年たった今も忘れられない。が、5年も暮らした牛美はネイティブシングリッシュスピーカーである。
に入っては郷に従うワタクシの場合、シンガポールに来ればシングリッシュ、米国ではアメリカ英語、英国へ行けばブリティッシュイングリッシュに自動的に変換するようになっている。というのは嘘で、相手の話し方が移るだけなんだが。

最近、アメリカ人の若者が喋る英語に違和感を持つようになった。抑揚がなく平坦、早口でlikeを多用する 薄っぺらな響きが好きになれない。
日本の若者言葉に訳すと「…っていうか~~、…っていう感じぃ~?」に近い。
最近の日本の若者の話し方を聞いておらず、若者の友達もいないので偉そうなことは言えないが、多分今もそう大差はないだろうと思う。

言葉はどんどん変化する。流行言葉しかり、昨今のモバイル端末用短縮言葉には感心する。発想力だなぁ。
パソコンは便利で手放せないが、そのせいで漢字が書けなくなってしまった。漢字というのは頭よりも手が覚えているのであろう。
立派な筆跡の人には賢人、美人が多かった。性格や生活態度まで想像出来た。最近は履歴書の筆跡が人生を左右することなどないのだろうなぁ。



25日(金) Bugis Streetを散歩。
東京のアメ横、御徒町を彷彿させる場所。
路上に椅子を出して営業している昔ながらの気功治療の先生に 数日前から痛みだした足を治療してもらった奴豚、効いたようだ。

夜はランナー仲間集結。
東京を走ったメンバーに、メドックで走ったメンバー、ロックネスで走ったメンバーが加わり大人数。
まくしたてるトップスピードのシングリッシュ会話の渦の中で、普段は人の三倍もお喋りな奴豚がシー~ーンと静かなこと静かなこと。。。







11月26日(土)

奴豚はランナー仲間に促がされて、朝のうちに しぶしぶ近所の貯水池へ走りに。
貯水池まわりはトレイル道で気分のいいコースなのだが、こう連日大雨が降っていると多分ドロドロだろうと思い 牛美は庭のプールでのーびのびしていた。

午後 スーパーへ買い物に出掛けて 帰路、極ウマのチキンライスの夕食。いつも満席だが待つ甲斐のある味である。NOVENA駅 徒歩3分、安くて美味しい名店。



27日 (日) 1ヶ月ぶりにジョギングする。

7時起床で貯水池まで往復、約1時間走って戻る。朝のうちはまだ暑さに耐えられる。
奴豚はランナー仲間と今度はイーストコーストを走りに。5時起き。マラソンあるから頑張るね。だが走っても走ってもお腹が出て来るのはナゼナンダロウカ。。。?

フライトで入ってきた友人と待ち合わせて昼食へ。
1986年以来の長く密なつき合いの仲で、ブログにも何度か登場しているが、我々の旅を始めるきっかけとなった自由の翼をくれた恩人でもある。奴豚は家に残して熟女二人の昼下がり。優雅にアフタヌーンティーなんて時間が持てるのもシンガポールならではかもしれない。
もうこれ以上はいただけませんっ!。。てほど食べておいて、夜は知り合いに誘われて懲りずにインドカレーをお腹に収めてしまって大後悔の夜。



先週木曜に申請した中国本土のビザが取れた。
( ビザ申請に必要な書類に関しては先日のブログを参照願う)

30日間滞在の予定表を提出していたので、きっちり30日のビザだった。当たり前と言えば当たり前なんだが、へぇ~と思った。
料金はビザが50シンガポールドル + 手数料25ドルでひとり75ドル也。
急ぐ場合は割増料金を払えば二日で出来上がるようだが我々は四日。
行くのは 杭州、蘇州、上海、南京、北京、天津とその周辺、万里の長城も歩いてみたい。
地図上で日本のサイズと比較しては、その広さにちょっと面食らっているのが本音。




ジプシー生活をしていると、行く先々で生活必需品を補充するので、何かにこだわっているわけにはいかない。唯一こだわるのはランニングシューズで、これは計画的に履き替え買い替えをしている。化粧品や薬に不自由する事もないし、よっぽどの秘境にでも行かない限り問題は無いだろう。

散髪も同様。28日 (月) 髪を切りに行った。

最寄り駅に10ドルカットのスタンドがあったので丸刈りの小僧や年輩男性に交じってチョキチョキ。日本でもここのところずっと千円カットだが、10ドルは今の換算レートで600円なり。
難しいスタイルでもなし、パーマをかけるでもなし、河童にされたことは一度もない。皆さん手さばき良く上手で満足。
プノンペンで行ったサロンで剃刀でジャリジャリ削がれた時はあまりいい気分ではなかったけれど。。。
ちなみに奴豚の散髪は牛美がしている。今や慣れたもんだ。完成度より当人の満足度重視ね。



29日(火) 三日坊主で終わらせまいと朝のうち近所をジョギング。

    
  
こんもり茂る木々の下を走る。

これが最近お気に入りのジョギングコース。




この近辺は大邸宅と呼ぶにふさわしいコロニアルスタイルのお屋敷が多い。
広い敷地に大きなお屋敷。



木陰を選んで走るも 10時をまわると流石に暑く、戻ってプールで頭を冷やす。

 ☜ 友人宅と庭のプール。



中国ビザセンターへビザを受け取りに行った帰り、ボートキーと呼ばれる川岸の遊歩道を歩いていて大雨に降られ、地下に逃げ込み電車で帰宅。




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