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オリャンタイタンボ


略してオランタ。

クスコから車で1時間45分。
乗合バスだと10ソル(300円)、ツーリストバスだと20ソル。
途中下車なしだと聞いたのでツーリストバスにした。
        

          途中の風景

        


定員一杯のミニバンで田舎道を飛ばして着いたオランタはとても小さな村であった。


当然ながら山に囲まれているが、その山が凄い。
      

インカ時代の遺跡がむき出し(当たり前かぁ)目の前に 『はいどうぞ』てな感じだ。その真ん中に村がある。

      

簡素な泥作りの家々、生活も質素。川の水で何でも洗う。あまり綺麗とは言えないが野菜を洗っている人もいた。水道はきちんと整備されているが。
ほんの少し倉敷に似ている。細い路地に高い石作りの壁、夜はポツンポツンと明かりが灯り、暖かい印象。空には満天の星。

        

マチュピチュへ行く際の通過点で、マチュピチュへ向かう電車の駅がある為、ほとんどの観光客は泊まらず通過するか、ツアーに含まれている遺跡巡りで数時間立ち寄って行く程度のようだ。



小さな村の狭いメインストリートは大型のバスやトラックがこすりあう様にすれ違って行く。

        

それでも我々のように数日滞在する客もいるので 観光客向けのレストランも数軒ある。値段は高いが衛生管理された店で食事をしている。川の水は使っていないそうなんで。


今のところ腹下しはしていないが、常に膨満感がある。すっかりベジタリアンである。

スープはどの店もとても美味しい。





ピスコサワー(カクテル)を飲むなら一押しのハッピーアワーバー

      


四季の花がいっぺんに咲きほこり、皆 挨拶を交わし合う、優しい気持ちになれる素敵な村である。

来て良かったな。



オリャンタイタンボに四泊。

毎日違う場所を走ったり歩いたり。ワン子と一緒に。。。豚もいるよ 

      

小さな村を出たら、周りは畑。とうもろこしやカボチャ、じゃがいもが主流だが、気候が良いので作物はなんでもある。どこも自給自足なんだろうな。
      


              

山は登り放題で誰もいない。無駄に山なんて登る暇人は存在しないんだろう。

      

         

   オランタの遺跡 聖なる谷
        


     ウルバンバ川(別名インカ川)渡しの筏に乗る 船頭さんは中学生かな?

      



カプチーノコーヒーがすこぶる美味しい店があり、朝食は決まってそこに、それ以外は儲けの全てを近隣の恵まれない人達に寄付しているボランティアの店で食べた。食事はどれも美味しく量もたっぷり、野菜もたっぷりでペルーの食事は評価高し。



オランタの宿はネットで予約、着いてみたら拡張工事中で、「休業中か?」と第一印象が非常に悪く、せっかちな奴豚は早々に引っ越ししたそうな勢いだった。


庭を見渡す部屋自体は清潔で、時間は限られているが暑い湯が出るし静かな立地で、牛美には満足の宿であった。

WiFiが弱いのが唯一難点、夜は接続を切られて、奴豚の怒りが頂点に達する。「ここが気に入らないなら他所へ行けば」とまでご主人に言われた初日であったが、、、


、、、が、実際のところ 今ではオーナー夫妻家族一家とは大の仲良し、人間関係はどう転がるかわからない。魚心あれば水心なのである。

WiFiの電源を切るのもルーターが過熱しない為の措置で、今では必要とあればいつでも勝手に電源をいれてくれと言われている。早朝走りに行く奴豚の為に、ガス湯沸かし器のスイッチも奴豚が出掛けたすぐ後につけてくれている。英語を話す息子達からは色々な情報を貰っている。
働き者の嫁達、寡黙な母マリア、実直で頑固な父フェリックス、素敵な一家である。



クスコへ来る迄、マチュピチュ計画には随分時間を割いた。
電車の予約と入場券の手配は同時にせねばならぬと散々聞いていたし、雨季に入るこの時期、せっかく手配した日が土砂降りだったら滞在を延長して 長期戦か?とも思っていたからである。

  遥かマチュピチュくんだりまで来て、雨や霧で何も見られないのは悔しいではないか。ワイナピチュ山に登れないのも残念じゃないか…


     で、実際にクスコに来てみれば

ピークシーズンを外せば何の心配もいらなかったのである。
           そんなもんさね、だいたい何事も。

予算に制限がなければ電車の席はなんとでもなるし、マチュピチュ入場券もワイナピチュ山にこだわらなければ当日でも購入可能。



バックパッカーに人気のマチュピチュへ安く行くルートも雨季前であれば楽にアクセス可能。

安いルートの簡単な説明:
クスコ(またはオリャンタイタンボあるいはウルバンバ)⇄サンタマリア間 乗合バスのコレクティーボ
サンタマリア⇄サンタテレサ 間も 乗合バスのコレクティーボ
サンタテレサ⇄水力発電所(ハイドロエレクティコ)間も乗合バスのコレクティーボ
水力発電(ハイドロエレクティコ)⇄マチュピチュ  徒歩または電車

通常一日かけてこの方法で格安でマチュピチュへ辿り着ける。
多くのバックパッカーが利用しているので乗合バスも楽につかまるそうだ。
雨季で道路や橋が崩れない限りは…



我々は楽チン電車利用。それくらいの予算はあるぞ。
何本もある電車の中でも最安値を利用。片道ひとり45ドル(3600円)
車内で飲み物とつまみのサービス付き2時間弱、ウルバンバ川沿いのガタゴト線路をのんびり堪能なり。

      

さて、オランタ発のマチュピチュトレイン会社の12時36分を購入してあったのだが、三日前に窓口に確認に行くと、前日に再度確認に来てくれと不安な事を言われる。何故に?と聞くと「時間変更の可能性あり」なんだそうな。。。う~む、マイナー会社だからか? メジャーなペルーレイル社にしておくべきだったか?  ま、なんとでもなるさと気楽な牛美と変更に対処し辛い奴豚は憤慨気味。


結局、前日確認に出向くと、我々の便はキャンセルで、他の会社インカレイルに振り替えされていた。「インカレイルの方が高いんだ、へへっ」とほくそ笑む牛美であった。

従来の予定より早めにマチュピチュ入りだ。




昼前にマチュピチュ村 アグエスカリエンテスに着く。



電車が到着する頃、駅には宿の客引きがごまんといるから宿の心配や予約など必要ないと誰もが言っていた、他所様のブログにもそう書いてあった。

     ので、無論予約なしで来た。




が、駅まえには だ~れもいなかった。客引き? どこに?

淋しく奴豚と歩き出す。目星をつけておいた一軒目…  どうやら休業中のようで鍵がかかり誰も出てこない。
ふぅむ…   次行ってみよう、で 二軒目。値段を聞いて、さらに次へ。
三軒、四軒、五軒と部屋を見て歩き、二軒目に値段交渉してチェックイン。
どの宿もピークシーズンの疲れがでたか、ちっとも熱心さがなく「泊まるの? 面倒臭いな」的な表情であった。

バストイレ付きツインルーム、朝食付き、24時間温水、WiFiは夜10時まで、で60ソル=1800円也。駅のそば、裏道なので静かだ。
朝食は朝4時半からサービスしてくれるとの事、マチュピチュ観光は朝が早いのでこれは嬉しい。


小さなバックひとつで来たので身軽。チェックインしてすぐ散策へ。
まずはマチュピチュ遺跡行のバス乗り場チェック。
毎朝雨が降っているので 徒歩で遺跡入口へ登る価値を感じられず迷わずバス券を購入。


村は 日本のどこか田舎の温泉地のようだ。
実際アグエスカリエンテスとはスペイン語で アグア=水 & カリエンテ=熱い そう!熱い水。その名の通りの温泉地である。ショボい温泉が一軒ある。
ウルバンバ川(別名インカ川)が中心を流れ 川沿いに店、線路が通っている。建物は粗末で色はチグハグ、一見するとボロボロの村だなぁ。

これがマチュピチュ村 アグエスカリエンテスの第一印象である。






いざマチュピチュへ


ワイナピチュ登山希望者は事前予約制。
午前7時と10時の2回に分け各200人ずつの登山を許している。
我々は天気を予想して10時の回を買った。

それに合わせて遺跡入場時間も計画。
  … とか大そうな事を言わなくても、11月ともなると入場前から長蛇の列なんてことはなく、バス乗り場でも待つ事なくスムーズに山のてっぺんの入り口まで行けた。
ゲートが開くのが5時なので一番乗りしたい人はお早めに。


バスを降りて15分程度は並んだが、6時には既に遺跡内に入る事が出来、深い霧の中、幻想的な遺跡の見学が始まった。



マチュピチュは山の上にある。実際 に来てみると本当に高い所にあるんだなぁと実感する。

まして霧だか雲だか 周りが真っ白い靄に霞んでいるとまさに天空の遺跡にふさわしい感じ。








遺跡巡りは階段ばかりなので健脚でないとくまなく巡る事は難しい。インカの人達はよっぽど丈夫で頑丈な脚を持っていたのだろう。



        

神殿、住居部分、炊事場、倉庫、牢屋、天体観測所、150世帯、約500名程の人達が住んでいたのだそうだ。今だに謎が多く、今後も新しい発見がなされて行くのだろう。

        


遺跡は立派に保存、整備されており、監視員やガイドにより 観光客がアホな事をしないよう注意している。



ワイナピチュ登山に合わせてまずはざっと廻る。
いい具合に段々と霧が晴れ始める。10時にしといて良かった。
7時では霧で何も見えなかっただろう。
案の定、7時の回の登山者達は雨と霧で濡れた登山道が危ないという事でぐるりと回る事が出来なかったそうだ。なかなか下山出来ずに10時の回の登山開始が遅れて 並んで待った。






さて、我々の番。

階段ばかりの登山道をよいしょよいしょと登って行く。
普段運動していない人にはかなりキツイだろうが、こちとら鍛えてますと言わんばかりに嫌味にグイグイ登って30分で登頂。

別に偉くも何ともないけど自己満足。




   上からの景色だが、ちょっと遠すぎ…
        晴れて綺麗に見えた事が何より嬉しい。
        




食べ物の持ち込み禁止だが、丸一日過ごすのだから飲食物は多少持ち込んだ。

前日マーケットで買ったパンとチーズで簡単に昼にする。
皆さん同様に腰掛けて似た様なランチタイム。
多少ならばお目こぼしあり。

マチュピチュでランチ、考えただけで贅沢、味は何でも構わない。




ゆっくり休み下山道へ。これはちょいとスリルな急階段。幅が狭く踏み外すと真っ逆さまの怖さあり。ここで初めて奴豚が高所に弱くなった事を知る。これを加齢と呼ぶのである。以前は何でもなかった事が段々出来づらくなる。牛美も同様に滑る事が怖くなって来た。高い所は大丈夫なのでスルスル降りて奴豚を待っていた。


さて、改めてもう一度 ゆっくり見学しなおし。
霧の中と霧が晴れた後では また違って見える。


途中、雨。色々な天気のマチュピチュが見られた。

       




    夕方 インカ橋へ。

     恐ろしい所に橋作ってますね。

        蜘蛛ですか?インカの人達は。







      こちら側からの景色が一番綺麗だと思う。
  
             

マチュピチュ閉園は5時。流石に人も少なくなりシーンとした園内。
リャマの母子は夜に備えて小屋に帰る。それにしてもリャマの子供の愛らしさは言葉に出来ない。いいなぁリャマ。

約10時間過ごして、それでも少々名残惜しく 帰りのバスに乗る。
あっという間で夢を見ている様だ。
遠い遠いと思っていたマチュピチュ探訪が静かに終わった。


マチュピチュは霧があった方が断然神秘的幻想的で綺麗だと強く主張する。11月はオススメよん。




沢山写真を撮ったのでアップしとこうっと。




マチュピチュへはインカ道を歩いてくる事も可能。
インカ道とは誰が名付けたか知らないが、マチュピチュへ通じる山道のひとつ。他にも山道はあるのだが「インカ道」という名前が今やブランド化、超人気で予約は何ヶ月も前に埋まる。と言うのも一日に山道へ入れる人数制限があるからである。
約45キロの距離を四日かけて歩く。荷物は荷役が担いでくれるので飲み水や雨合羽程度を自分で持てば良いそうだ。荷役が先回りして全食事とテント設営をしてくれる、王様のようなトレッキングである。
ガイド付き、マチュピチュ入場料付き、帰りの電車付き、お値段はまちまちだ。

本来、健脚ならば二日で歩けるコースらしい。ガイドに言わせると、自分達は一日半で歩くが、お客様は飲んだり食べたり写真撮ってお喋りしてと、止まってばかりで先に進めない、のだそうだ。

トレッキングをしてみたいのはヤマヤマであったが、我々は自分の荷物は自分で担ぐ。自分で担げない山歩きはしない主義なのでインカ道には縁なし。
名もない山道を勝手に歩き回って充分楽しんできた。



  翌日の帰りの電車はメジャーなペルーレイル。

       

インカトレインの方が窓が開けられ、サービスの飲み物も菓子も良かった。

ペルーレイルのエクスペディションというバックパッカー専用車両だから、質が落ちるのかも。

まぁ、楽にオランタまで戻れるのだから文句なんてない。







オリャンタイタンボには素晴らしい遺跡がいくつもあるが、最後の最後まで取っておいた残りのひとつへ。




もちろん ここも階段ばかり。登って下りて。。。

が、登る価値ある素晴らしい光景。
まずは 入口周辺。





火、水、土、風   四大元素を元に都市が築かれている。
感慨水路はどの遺跡も素晴らしい造りだ。
        




こんな階段を見ると やはり登りたくなってしまう。

ついつい、次へ次へと はーはー言いながらも登り続ける。






インカ遺跡は石ばかり。緻密に組合わされた、ナイフでスパッと切ったような、パズルのような積上げ具合は芸術と不思議の域。

      

      




写真右)

回り込んで左上の遺跡までえっちら登ったはいいが、、、

石ころだらけの急斜面をズルズルとまるで雪崩か土砂崩れのように下ってきた。

後から見上げて呆れた。。。






オランタ最後の夜は村で一番と評判のレストランで食事。



写真上左 :ピスコサワーカクテル 右上:ブリトー …… 写真下左:アルパカ肉のステーキとほうれん草のピューレ



オリャンタイタンボから乗り合いバスでクスコに戻る

田舎は簡単。電車の着く頃合いを見計らって 駅付近で荷物を持って立っていれば必ずクスコ行きのバスの運ちゃんが声をかけてくる。
あとは値段交渉して乗るだけ。
ちなみに 我々は一人10ソル。

予約してあるAir B&B宿へ

大邸宅だが古い。床がギシギシするが不思議とその音が心地良い。
素敵なご夫婦で、接客熱心なご主人とさりげなくほっておいてくれる奥様がいいコンビネーション。部屋は狭いが清潔。毎日掃除してくれる。

プラザアルマスという中心からすぐ、警察の隣で立地抜群なり。





   クスコに着いてまず 郵便局へ。

     こんな立派なポストに絵はがきを投函。

           腕 噛みきられそう??





ボレトツーリストカード(BOLETO Tourist Card) という10日間有効 遺跡と美術・博物館巡りチケットを買ったので、元を取らねば と 早速クスコ近郊へ出かけた。

このカードには10箇所の遺跡と6箇所のクスコ市内の美術・博物館が含まれており、個別に入場券を買うよりずっと得なのだが、買った以上はいかねばならぬと…… 結構忙しいのだ。



まずはクスコの南、TIPONPIKILLAQTAを目指す。

PIKILLAQTA (ピキラルタ): 行き方は URCOS 行のコレクティーボバス乗り場(町の南側)から乗車。2・25ソル(70円?) 約50分程度で着く。。予定が、途中検問で停められ過剰乗車を注意され 立っている乗客が数人降ろされ 遅延なり。何時ものことの様で皆慣れっこ。

遺跡近くの道ばたで降ろしてもらい、遺跡らしき方向へ歩いて行く。

チケットにハサミ入れてもらい入場。誰もいない。。。。。

      

ここはインカ以前の遺跡。マチュピチュが建てられたのが1500年頃なので、その前の遺跡。石の積み上げ方に緻密さは見られないが それでも真っ直ぐというのが凄い。

      

        城壁は二重。中には住居跡と思われる遺跡。
        快晴で 周りの景色が綺麗だ。


さて、次はTIPON(ティポン)へ行くのだが ティポンはクスコ名物クイで有名な場所。話の種に食べておいでと言われたので、クイテリア(クイ専門店)を覗いてみた。


      


クイ = ハムスター/モルモットのような小動物である。
それを丸焼きにして食すのである。

我々にはグロテスクに見えるが好きな人は好きというヤツである。
食べる部分はあまりなく、全身そのままなので 食べるには勇気がいるかも。味は乾いたウサギか鶏肉的、皮はゴムのよう。
付け合わせには 茹でたジャガイモ、パスタ等。ミントソース付き。



TIPON:行き方は ピキラルタから路上でバスを拾い、ティポンで降ろせと頼む。運賃1ソル(30円)
クイテリアが道の両側に見え始めたら そこがティポンの停留所。
タクシーが待っているので値段交渉して遺跡まで行くのが良い。我々は8ソルにて片道のみ。帰りは下り坂なので徒歩なり。

      

ティポンは12段からなる段々畑が美しい。感慨水路設備も見事。
水が流れる爽やかな音を楽しみながら 山の上を目指そう。

            

山の上に登ると 如何に貴重な水資源を全ての田畑に行き渡らせるか、その構造が全て解る遺跡が見られる。
景色も良い。


      



インカの遺跡にはこんな階段がどこにでもある。

素敵な階段というだけでなく、それぞれの設置位置が憎い程 調和がとれてシンクロされている。



また今日もひと山登って いい具合に疲れ、バス停までトボトボ歩いてぐったりと。。。バスに乗ってクスコに戻った。






本日も遺跡巡りなり。

クスコ近郊の四カ所を一度でまわる。
当初 二カ所の予定が馬で回らないかとのセールストークに牛美がなびいてしまったのである。

だって、70ソル(2100円)で3時間乗馬って言うもんだから。。。それを50ソル(1500円)に思い切り値切ってスタート。(馬二頭だよ、格安~)

      


まず向かったのは プカプカラというインカ時代のミリタリーヘッドクオーター。
 関所でもあり兵隊参謀司令室と倉庫

Pukapukara(プカプカラ)


10分程ぐるっと回ったらそれで終わり。

あまり感心して見る程のところはないので 次へ。







Tambomachay(タンボマチャイ)とはインカ語でリゾートの意味。
水が豊富であったのだろう。幾重にもなった水場と綺麗な山に囲まれた静かな場所。クスコからすぐなので 憩いの場所であったのかもしれぬ。


      


遺跡を見た跡はまた馬に跨がり 次のケンコを目指すが、、、
値切ったからか 途中寄る約束だった”月の神殿”をすっ飛ばされて、牛美が抗議
困った顔の馬番君、仕方なく戻ることになり 月の神殿を回ってから 三カ所目の遺跡 ケンコへと。




Q'enqo(ケンコ)
ここで下馬。馬番君は嬉しそうに二頭を連れて厩舎へ戻って行った。

Q'enqoとはインカ語で”迷路”の意味だそうだ。
一枚岩の大きな遺跡で 儀式に使われたであろう跡と地下深く穴が掘ってあり 地下世界への入口だったと言われている。

日が射さない岩の合間は気温が低く夜は零下になるので、生ものの保存場所にも使われていたそうだ。
      



Saqsaywaman(サクセイワイマン)

家主がサクセイワイマンと発音出来ない奴豚に「セクシーウーマン」と言えば良いよと教えていた。  座布団一枚!

サクセイワイマンはクスコのすぐ町の上、徒歩で行ける遺跡。
広く立派だ。遺跡保存も良く石造りの積み方も素晴らしいパターンが見れる。
最も大きな石が70トンもあると言うが どうやって積み上げたのであろうか。

      

競技場や集会所のような遺跡もある。
連日沢山の人で賑わっている クスコ観光のハイライトでもある。


      



遺跡内にリャマやアルパカが放牧されているのは草を食べてくれるので草刈りの手間が省けるからだそうな。


ふわふわ~~







ここ、セクシーウーマン遺跡からはクスコ市内が一望。メイズのような積み木の様な 美しいクスコの町。







PISAQ (ピサック)を訪れるなら 日曜がいい。


この近辺で最大級と称されるローカルマーケットが開催されるからである。




近隣の村から各々特産品や農作物を背中に沢山背負った明るく元気な女性達が集まって、賑やかに市が始まる。

新鮮野菜や肉、魚の露店を囲む様にアルパカ土産物屋、彫物置物、敷物飾り物、ありとあらゆる店が軒先を並べる。青いビニールシートが風に揺れる。

      


部落ごとに衣装が違うのかな? 色が鮮やかだ。
皆、帽子に花を飾って 色もコーディネートして とてもお洒落。
どんなに年を取ってもフレアースカート。御年配も大きく重そうな荷を背負って 一歩一歩ゆっくり歩いている。


      

この日は 屋外仮設ステージで 歌の披露あり、ファッションショーありで出演者は拍手喝采を浴びていた。

観光客よりローカルの皆さんが一番楽しんでいた様子が素晴らしかったなぁ。

          


     さて、午後からは遺跡に登る。
          遺跡巡りとは 別名「山登り」である。


何処も山の上の上にあるので、せっせと段々畑を見ながら高度を上げる。

      

ピサックの遺跡はだだっ広い。上に登りつめたかと思ったら、今度は先へ先へと進む。
山の頂を回り込み段々畑はあちらにもこちらにも作られている。

      

儀式に使われたであろう水場や住居跡。

           

要塞もある。
ぐるりと巡るには健脚でなければならない。インカ遺跡はどこもそうだが…。。

      

マーケットが5時に終わるので、それまでには下山予定でいたのだが、意外に広い遺跡に時間がかかってしまい、下山は走って下りてきた。
下りは易し。楽しいランニングであった。

帰路はピサックのバス停でクスコ行のコレクティーボをつかまえて、2・20ソル払って戻るなり。



昨夜、11月11日、ピサックから戻り、その足で夕飯へ行ったのだが、
連日 口にいれる物には気を付けていたのに、サラダに食当たり

レストランは観光客向けのお高めの場所を選んでいるのだが、この夜の店は駄目であった。

Trip Advisor(トリップアドバイザー)にも上位に選ばれているJack's Cafe (ジャックスカフェ)で地中海風温野菜サラダを食べた。温野菜というところがお腹を気遣っている事実が判るだろう。

  ……が、温野菜の下に敷いてあった大量の生レタスが犯人だったのだろうと思う。

宿の奥さんが、「レタスは避けた方がいいのよ、」と翌日教えてくれた。

その前の夜にも生サラダを食べたが、その店は大丈夫だったので つい気を許してしまった。



    12日は終日 起き上がる事が出来ず 寝ていた。
      水とコカコーラで一日過ごす。
家主が淹れてくれたフレッシュミントティーがスーッとしてありがたかった。

                   そんな訳でブログが滞っていたのであります。





腹具合は上向きながらもまだ全快には至らず。
いったいレタスにどんな菌が付着していたんだか。

そんな訳でお腹に力が入らないので 13、14、15日とクスコ市内に留まって市内観光。

ボレトツーリスティコカードに含まれている美術館や博物館は全く迫力も面白みもないヤツばかりで ささっと終わってしまった。
唯一、カルチャーダンスショーはである。




  丘の上に立つ クリストブランコ (白いクライスト)

     前にあるのは照明装置である。
     夜は闇の中に白く浮かび上がる。
   高い丘の上に 浮いているようにも見える。







  丘からプラザアルマスを見下ろす。

   中央にある緑のスクエアがプラザアルマス。




11月16日


ボレトツーリストカードの有効期限の最終日。(有効期限は購入日を入れて十日間)
体調 復活したので(と言うか、お腹の不安が消えたので)乗合バスのコレクティーボに飛び乗りムライを目指す。

ウルバンバ行のバス停で「ムライへ行く?」(その手前の)「マラスへ行く?」と 何度も車掌に確認した。ひとつ返事で「行く行く」と言う。
しつこく聞く「本当にマラスまで行くの?
笑いながら「シーシー」(シーとはスペイン語でYesの意味)と頷く車掌。
客の女性が後ろで首を横に振っている。 ほら、やっぱり 行かないんじゃん。。。内心思った。

スペイン語が堪能じゃないから仕方ない。
大体予想はつく。車掌が行くと言っているのは、あながち嘘ではないが、多分マラスへ行く道の交差点で降ろされるんだろうな。… で、その通り 交差点で降ろされた。
でも車掌の男の子はちゃんと我々の事を覚えていて、停留所に近づいた時に もうすぐだよと教えてくれたのだから、悪気があったわけではないのだ。

さて、停留所から我々の目指す遺跡 ムライまでは、まだまだ遠いのである。
マラスという小さな村を抜けて延々と未舗装路を行かねばならぬ。距離にして14キロ。
走るか? と 思ったが遺跡巡り前にぐったりしそうだ。。。そこからサリナレスという塩田へも行くとすると、さらにプラス10キロ。

タクシーの運ちゃんと値段の交渉をしていたら、タイムリーにチリ人カップルがやってきたので、四人でタクシーをシェアすることにした。

サリナレスとムライを回って戻ってくる行程で四人で70ソルと言う。
「さっき二人で50ソルって言ったよねー」と突っ込むと、60まで値を下げる。もう一声、と言いたいところだったが、一見して極貧バックパッカーのチリ人の若者が「相場がそんなものだから良いのではないか?」と発言したので黙っていた。『我々は値切りがシビアー過ぎるのだろうか?』

で、行ってきました。が、しかし、宿にカメラを忘れてきた。。馬鹿。(写真はiphoneで撮ったもの)


Salinerasサリネラス : は 山間の塩田


   高台から見下ろすとこんな感じ

   



斜面の傾斜を利用してテラスを作り、山からの水を流し込み、約二週間程かけて日干し、乾燥させて塩を作る。

      

      塩の結晶、自然の美。
          太古からの知恵。
        
山から流れ出る水がものすごーく塩っぱい。海水よりずっと塩っぱい。細い溝を掘って水を塩田へと引き込む。
              何とも言えぬ美しさであった。



Morayムライ:インカ時代の実験的円形段々畑

      
       調和のとれた美しさ。円形の柔らかさに感心。



また乗合バスコレクティーボをつかまえて次の遺跡、チンチェロへ。

Chincheroチンチェロ : 過去、インカの要塞だった跡地に建つ教会が有名。




物凄く古いが内部はほぼ当時のままの姿なのだそうだ。
今まで訪れた教会の中で最も胸うたれる場所であった。

撮影禁止のため写真なし。一見と言うか訪れる価値あり。



外には遺跡、段々畑。

子供達が楽しそうに岩の上で遊んでいた。



サリネラス、ムライ、チンチェロ、写真を見た時点で実は見なくてもいいや、と思っていたのだが、実際我が足で訪れてみて、写真で見るのとは大違いだと強く思った。
どんなに素晴らしい写真でも映像でも写しきれない何かがある。それは[来ればわかる、来ないとわからない]ものなのだろう、きっと。




主だった遺跡はほとんど回ってしまった。
同じ遺跡に二度行きたいか?と言うと、それほど深い興味があるわけでもないので、クスコ市内をぶらついている。

      

クスコでは珍しいランニングイベントに遭遇。4キロのダウンヒルコースのようだった。

        
 

            




12角の石や14角の石を見に行ったり、教会を覗いたり、アウトドアショップをひやかしたり…

          角が12の石               こちらは14
        

こんな風に納まっている。          普通の石壁だって十分綺麗だ。
    


天気も不安定で 急に雷、稲妻、大雨が降るので、出掛けてもすぐ宿に戻ったりだ。

15日に二軒目のAir B&B宿に引っ越した。
一軒目は立地抜群だったのだが、予約が7日間しか取れなかったのだ。
移った二軒目は、部屋がとて~も広く、中心から少し離れるが静かで、これまた快適。


     プカラ(レストラン)の土曜昼限定の和定食:本日は角煮定食なり! 完食。
      



12月2日にフルマラソンを控えているのに、牛美はまったく準備をしていない。

奴豚はちょこちょこ走っている。オランタでも走っていたし、ここクスコでも朝に晩に走りに出ている。が、何故か走る気になれない牛美である。
観光で忙しいとか今後の計画を練るので疲れるとか、高地であるとか、腹下ししたとか、まぁ 色々。。。
クスコではたった一回だけ、8キロだけ走った。

走る気になれない者を押しても引いてもダメなので、次のマラソンは[準備をせずにフルマラソンを走るとどうなるか?]という体験リポートをしたいと思っている。

乞うご期待。







11月19日はクスコでの一軒目のAIR B&Bの家主の誕生日に招かれていた。

既にチェックアウトして別の宿に移っていたのに、是非来てね~と念押しのメールも頂いたので、嬉々と押しかけて行った。

この夫婦とは初めから心が通って、引っ越し前は別れ難く チェックアウトの前夜(14日)は奥さんの誕生日も兼ねて(夫婦共に誕生日が近いんだ)ピスコサワーナイトで四人で盛り上がってしまったのだった。


この夜の旦那さんの誕生日も 多分四人でピスコサワーかな?と軽い気持ちで来てみたら、なんと親しい友人達も集まり ちゃんとした誕生会の支度がされていたので、焦って 外のリカーショップへワインを買い出しに行った。 手ぶらじゃねぇ~~~、いくらなんでも。

一天にわかにかき曇り、大粒の雹が降り始め、ワインを抱いて走って戻った。ずぶ濡れじゃ。。。

素敵な夜だった。

古いが立派な屋敷の滅多に使わない大広間に皆でワイワイ集まり、一緒にピスコサワーを作った。すっかりマスターしたぞ、ピスコサワー。

記録映画の撮影にも利用されたという年代モノの立派な居間、クスコ生まれクスコ育ちの旦那さんは我々と同年代。英語とスペイン語で笑って語って、バースデーケーキを頂いて、お暇する時はすでに寂しくて、、、あったか~~い宵であった。

人と人の関わり合いというのは素敵であり、不思議でもあり。。。





3週間過ごしたクスコ(マチュピチュ&周辺を含む)に別れを告げる日。
11月21日、スターペルー機で午前のうちにクスコを離陸する予定が、、、 … …。

いつ迄たっても飛ばない。 と言うか 飛行機が来ない。

リマから来るはずの飛行機が軒並み遅延。大手のラン航空、ペルー航空、タカ航空、我々のスターペルー航空、全ての航空会社が遅延で、小さなクスコ空港ターミナル内は人で溢れて、座る椅子さえ既にない。ごった返す出発ゲート。

ま、そうこうするうち、2時間遅れで無事リマへ飛ぶ事が出来た。文句ない。
さよならクスコ、ありがとう。もう来る事はないかもしれないが、いい時間を沢山貰った。

1時間10分のフライトはアンデスの山々を見ているとあっという間であった。



余談:インカコーラの味はいまひとつ… 学生の頃、駄菓子屋に置いてあった 量が多くて安かった炭酸ジュースにちょっと似ている。(チェリオだったか?? まだあるのかな、チェリオ)

忘れていた。



クスコには ”小股の切れ上がった”  白バイガールズがいるのである。

思わず、姉さん!と慕いたくなるような、毅然とした悪を許さじ という凛とした態度と、バイク用のびた~~っ!としたタイツが腿に張り付き黒のブーツにキチッと編み込んだ髪といい、サングラスといい、ともかく格好いいのだ。

白バイだから主に車道の取り締まりをしている。
バイクを路肩に停めて次々と車を脇へ寄せさせて証明書を確認している。有無を言わせぬその生意気そうな態度、見ていて小気味良い。

クスコの道路交通整理も見かけたのは全て女性であった。


いいなぁ、あのタイトなタイツ。。。


女性が制服をビシッと着こなしメイクをすると戦士が戦闘準備を整えたような気迫があって好きだ。



21、22日 ペルーのリマにチラッと寄ってから。。。

23日チリのサンチアゴに舞い戻る。

24日、懲りずに ハッシュランに参加。



       今回は サンクスギビング ハッシュ 也。


町の中心から地下鉄に乗り、郊外でバスに乗り換えて さらにずっと郊外へ。。。 
         結構遠いぞ。。。  山が迫ってきた。

         メンバーのお宅が会場。広い庭だった。


さて、お決まりのサインの説明とサンチアゴ特有準備体操も済み 走りに出る。



       夕方4時半というのに 日差しが強く 暑いこと。。
               木陰を選んで走る。



以前も言ったが、サンチアゴハッシュの面子は ビールに重きを置いているので ランナーは少なく、皆さんゆっくり走る。。 ので、奴豚とワンツーフィニッシュを飾る。


ウォーカーグループは暑さに負けて 近道をして先に戻り、すでに飲み始めていた。。。 




輪を囲み会合開始。
なんだかんだと理由をつけて 皆それぞれ駆りだされ ビールを振る舞われる。

お酒に弱い人は 次第にろれつが回り辛くなる。
  (ハッシュでは当たり前の光景)


本日はメンバーのハッシュ名 命名の洗礼が三人あって、皆で名前のアイディアを絞る。

名前はもちろんふざけたお可笑しな名でなければならぬ。

名前が決まり、小麦粉とビールで洗礼を受けるメンバー達。(決していじめではありません)
   


       

皆で持ち寄った食材でバーベキューが始まる。

つまみ、サラダ、フルーツ、デザート、ワイン等々 何でもありだった。ちなみに我々が持ち込んだのはチキンの丸焼き。

次第に日暮れて キャンドルの明かりのなか 宴は延々と続いた。








   次回のクリスマスハッシュまで 

        サンチアゴのHHHの皆様、お元気で!







11月26日、チリのサンチアゴからバスで約2時間(実際は1時間45分)、海沿いリゾート“ビーニャ・デル・マーレ”に来たのは、12月2日開催のコスタルマラソンを走るため。

なんだがーーー、

到着翌朝 奴豚と些細な事で大喧嘩。気分悪いったらありゃしないと不貞腐れていたらその夜 速攻風邪を引き、以来、風邪薬服用 + ビタミンC + のど飴舐め舐め、お陰で舌が麻痺してモノの味が分からない。何を食べても同じ味、食欲もわかない。
不思議なものだ…どれも同じ味だと食欲ってやつは出てこないもんなんだー、妙に感心してしまった。

走る準備が出来ていないうえに風邪、多分完走は無理だと思うが、、、
準備せずにフルマラソン走るなかれ、と以前のブログで書いた。その通り、どんな目に遭うかは分かっているのだが、、、、、痛ーい思いをしたボストン

……気が済むまで走ってきます。

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