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カハマルカは酪農が主産業。


乳製品が豊富である。町はまだ観光客すれしておらず、おっとりのんびりだ。
中心にあるプラザアルマ周辺に必要なものは全て揃っていて便利。

乳製品 特にヨーグルトやミルクから作る濃厚なペーストを売る店、クッキーやパイ等バターたっぷりのお菓子屋、チョコレート屋と なかなか美味しい町である。



     

プラザアルマから階段で登った所にある教会とそこから町を見下ろす。

   


インカ帝国最後の王がここでスペインの征服者に捕らえられ殺された事で有名である。

クスコから度々この地にある温泉に来ていた王様は入浴中に捕らえられ監禁された。
釈放を条件に、監禁されていた部屋を金銀で満たしたのだが、スペイン人は約束を破棄して王様を殺してしまったそうだ。お陰でペルー人はスペイン人を信用しなくなったという噂ははたして本当かな?

その部屋はランサムルーム(身代金の部屋)として公開されているのだが、我々が行った時はメンテナンスで休み。




インカ文明以前に使われていた 神聖な儀式の森を訪ねる。
クンベマヨ:岩の森(ストーンフォレスト)と呼ばれる場所である。
     

岩の裂け目を通り抜ける。さらに岩の森は広がっている。
    


ここは貴重な水源でもあり、緻密な水路を見る事が出来る。
3千年も前に造られたそうな。
    

丁寧に説明してくれるガイド訳の教授の勧めで 茹でとうもろこしを購入。チーズと一緒に食べるのがこちら風。(とうもろこしの後ろに教授)


写真左)3千年前の地図。
水路設備を示した地図だったのか?マニュアルか?


カハマルカは今 雨季。連日午後から雨。
この日も途中から強い雨に叩かれながらであった。




雨季のカハマルカ


一日中降り続くことはないが、毎日昼頃から決まって雨。
部屋も湿って、小物を洗濯しても乾くまで二日かかる。
やはり雨は憂鬱だ。濡れたランニングシューズを履くのも嫌だ。どうも気合が入らない。


この町の犬達は縄張り意識が強く凶暴だ。
走っているものを見ると人だろうがバイクだろうが車だろうが狂ったように突っかかって行く。歯を剥き出しで挑みかかってくるヤツらを棒で追い払い、石を投げつける。その繰り返しにウンザリで走りに行く気持ちが失せるのだ。


せめて One day One thing (一日 なにかひとつはしよう)と決め行動。

  二日目:標高3千メートルジョギングと市場探索
  三日目:クンベマヨツアー & 散歩
  四日目:ラン航空にて先日の欠航便補償金請求と受取り & バスチケット購入
  五日目:奴豚のみ午前中ランニング。教会巡り & 散歩
  六日目:クンベマヨから町まで20キロラン と 犬との格闘


町中は車やバイクタクシーが交通ルールを無視して走り回っているのでとても走れる環境ではなく、仕方なく山まで上がる。
が、山へ行くと凶暴な犬達が沢山いるので 人里離れたクンベマヨまでわざわざタクシーで行き走って戻って来た。
“岩の森”クンベマヨは標高3500メートル。そこから町まで20キロ下るジョギングは景色も天気も良く楽しかった。
町に近づくにつれ犬が増える。嫌になるなぁ~、バカ犬どもめ。

ウシュアイアの犬達は犬種はシェパードかハスキー系で ガタイはデカイが皆 おっとりして なつっこかったが ペルーの犬達は中型の雑種で 気も小さいのかな?



  そう、ここには本家本元、由緒正しい”インカ道”がある。

クスコ近辺でインカ道と呼ばれているのは 単にインカ時代から使われていた道のひとつだが、ここのインカ道はクスコから王様が湯治に来る為に使っていた 言うなれば「王様の道」。インカの王が台座に乗り往復した道である。(ちなみに 王は自らお歩きになる事はなかったそうで。。)
雨季の今は 日によっては川のようにもなるが。。。トレッキングは可能である。




Ventanillas de Otuzco


カハマルカの町から乗り合いバスで30分程の所にあるVentanillas de Otuzco オツスコの墓跡を見に行った。



カハマルカは遺跡が町から近いので自力で簡単に行けて便利。


時の流れと共に少しずつ風雨にさらされ崩れつつある墓跡。

こんな小さな穴に埋葬されていたのか、北ペルーの墓はコンパクトだなぁ。小さくたたまれ膝を抱える姿勢だったろうと思われる。



そういえば先日、広大な国土を持つオーストラリアでさえ 埋葬方法を立ち姿勢に変え 土地の有効利用をしてはどうかという提案がなされていたニュースを読んだ。火葬の日本も団地のような(または立体駐車場のような)墓があるくらいだものなぁ。
墓ねぇ、、、子供の居ない我々は先に逝ったもん勝ちだな。。。


話がそれてしまった。


オツスコは道路脇にあり 乗合バスは正面でおろしてくれる。
南米のバスは実に便利。何処でも止まってくれる。道路脇で手を上げれば何処であろうと乗せてくれるし、ここやあそこで降ろしてと言えば 目的地の真ん前まで行ってくれる。安いし。時にはぎゅうぎゅう詰めだけど。



また話がそれた。。。


と言うか、あっけなく見学が終わってしまい これと言って特筆することがないのである。

オツスコは、そういうところである。



雨のカハマルカでカビが生えそうだったので チクライヨという町へ移動した。
チクライヨはペルーの北、海からさほど遠くない ほとんど雨の降らない乾燥地帯である。
雨季から乾季へ えらい違い。


バスは 『カハマルカってこんなに山奥だったの?』と再認識させてくれるほど 嫌ってくらいにクネクネ山道をカ~ブカ~ブで標高を下げて行く。下りきるまで約1時間半、すっかり乗り物酔いだ。
下ってしまえばあとは普通のアスファルトの道を無謀な追抜きの連続でチクライヨまで合計6時間。


ペルーのコメどころチクライヨ。
さとうきびと米畑の郊外の風景はまるで東南アジアにワープしたようだ。蒸し暑いし、タイかベトナム風。
この地の米は日本米に味が近いらしい。


さて、町に近づくと 道路脇にはゴミが散乱してひどい事になっている。なんじゃこりゃ この大量のゴミ、なんとかした方がいいんじゃありませんか?
ゴミ処理場がないのか、これが処分方法なのか。。。風にゴミが吹き飛ばされてますけど。



チクライヨは1987年に遺跡が発見発掘され、一躍世界的に有名になった町である

エジプトのツタンカーメン以来の大発見だったそうだ。なにより 発掘された墓には金銀財宝がザックザックだったのだそうだ。その後1991年に発掘された墓にも金銀が眠っていたそうだ。(こっちは日本の調査団とTBSの協力)

チクライヨでは、それらの発掘物を納めてある 立派な博物館見学が目的である。
金銀宝石と人骨、文化の勉強なり。





Chiclayo チクライヨに来たのは遺跡と博物館見学の為。


早速お目当ての博物館へ 乗合バスで行ってみた。


それにしても 名称がシパンとシカンで紛らわしいんだ。Sipan と Sican。

今回行ったのは
Museo Tumbas Reales de SIPAN (シパン王墓博物館)

チクライヨ市内からはバスで20分程度、すぐそこの隣町 ランバイヤケ Lambayeque にある。
このランバイヤケの町というのがこれまた騒々しく 特徴も面白みもない所で、これほど立派な博物館を建築したのならば、もっとどうにかプロモートしませんか?という残念な町であった。
町おこしには絶好の条件なのに 観光客も博物館前からタクシーでとっととチクライヨへ戻ってしまう、全く悲しい素通りの町になっていた。



博物館外観。新しく立派。デザインも斬新。なかなかいいぞ。



カメラ禁止。携帯電話も持ち込み禁止で入口でロッカーに仕舞わねばならぬので内部の写真はなし。
ご興味のある方は各自ご検索下さい。
内容は素晴らしく、英語のガイドさんを頼んで1時間半 充分に堪能させてもらった。
展示の説明文はスペイン語のみである。世界に誇る博物館なんだから英語表記くらいつけてくれてもいいものだろうに。。。 ガイド代稼ごうって魂胆かな? ガイド料は別途30ペソ也。




チクライヨ。 はっきり言おう  "好きな町ではない。"

博物館見学目的がなければ 端折ってしまっても後悔しないかもしれない。が、これも来なければわからないのだ。


遺跡、考古学、人骨、秘宝、ピラミッド、 これらを聞いて心がときめく人には欠かせない場所であるが。

もともと美術館・博物館が嫌いな奴豚には辛い場所だ。

到着当初は「食事の選択も多いし店も沢山でいい町だ」と発言した奴豚も三日目あたりから「リマへ帰りたいね~」と漏らすようになった。
我慢強い牛美でさえ毎日土埃に巻かれ、マンホールから汚水が溢れ出て下水道の臭い漂う通りに嫌気がさし、『カハマルカが雨でもいいから早よ帰ろうや…』という気持ちになっている。



数限りないバイクタクシー(三輪)がブインブインと駆け巡る、ブレーキを踏むことのない車達、狭くガタガタの未舗装路に汚水が乾いて風に舞い身体にべったり貼りつく町中、chaos(カオス)。
屋台で買い食いはゴメンだし、店を選ばないと腹を下す。(既に二回下している)



カハマルカへ戻るバス券は買ってあるし、カハマルカからリマへの飛行機も変更不可なのだ。
ある意味 北ペルーでスタック状態。じっと時が過ぎるのを待っている日々である。
         こうと知っていたらリマに居るんだった。。。

カハマルカもだったが、ここチクライヨも走れない、まともに走れる場所がない。。走っていたら悪い事でもしたんじゃないかとお巡りさんに捕まりそうだ。仕方なく部屋で筋トレとストレッチなり。ビッグサーマラソンはすぐなのに…。…。…。

      



それでも、

もう二度と来ない場所ならば尚更 精力的に見て回る以外にないだろうと、嫌がる奴豚のケツ叩いて博物館めぐり



宿の側に広い広い市場があるので紛れ込んで迷子になったり、暇にまかせて散髪したり。ヘアカット3ペソ110円なり。
ヘアスタイル写真から選んだ髪型にちゃんとなったぞ。満足。


宿は隅々までとても清潔、掃除がいききとどいて親切なのだが、、、

  宿泊客の皆さんは音楽好きのようで、
 朝は6時半から夜は12時までボリュームマックスなのは何故だろう?
ちょと困る。奴豚は怒って吠えてるし。。。

チクライヨは何かと騒々しい町だ。




(この日記をアップした翌日、ナスカで更なる地上絵の発見が発表された。絵は片方が片方の頭を切っているように解釈されたが、上に載せた壁画の写真もちょん切った頭をぶら下げているものである。ガイドによると戦いに負けた側の王はクビを切られたそうだ。)






    博物館めぐり



Museo Arqueologico Nacional BRUNING 

Hans Heinrich Brüning氏の名前を冠したブルニング博物館

ランバイアケのシパン王墓博物館から数ブロックのご近所にある。
ここは主に出土品のセラミック壺類や宝石、金銀細工品の展示。
当時の暮らしが分かるような生活道具や布などの展示もあり。
王の墓から出てきた秘宝類と骨を展示しているシパン博物館とは少し趣が違う。

   やる気のなかった牛美はカメラを部屋に忘れて行ったので写真なし。





Museo Nacional SICAN 

島田 泉 博士が発見発掘し名付けた シカン博物館

フェラニャフェFerrenafe(余計なお世話だが、ふにゃふにゃした名前だ)の町の端っこに建つ。

タクシーやコレクティーボならチクライヨから20分程度。

シカンとは月の神殿の意味だそうだ。TBSの援助により発掘された墓。




骸骨に肉付けする過程

 肉付け完了           で多分こんな外観
           

ここの展示にはレプリカが多いのだが、実物大模型のようで一目瞭然分かりやすくて良い。本物の人骨はシパン王墓博物館で沢山見たからね。 
    


     最大の謎は、この墓から発見された重要人物の埋葬法である。


  逆立ち状態?

 頭は切り離されて置かれていたそうである。謎は未だに解明されていない。
 置かれた両の腕といい どんな意味があったのだろう。




年代的には、シパン王のモチェ文明が古く、その後にシカン文明、そしてインカ文明と続く。チクライヨはインカ文明以前に栄えた土地である。



         
ピラミッドも沢山あるが、どれも普通の丘のようで言われなければピラミッドとは思わない。土れんがを積み上げ築いたてっぺんが平らなピラミッドである。神殿や住居になっていたと思われている。
そんな小高い崩れかかったピラミッドとは思えない山や丘が ここいら周辺に何十とあるのである。


古代の神秘に惹かれる人には 是が非でも来てみたい場所でしょ?
そんな場所にいながら 嫌いだ来るんじゃなかったなどと贅沢な不満は言ってはいけないね。


写真右)は インカ以前の壁画にも登場するヘアレス(毛のない)犬。
博物館をうろついていた。人相(犬相?)悪いけど。。。




チクライヨ から カハマルカへ戻る リネア社バスは午前10時発。

早めにバスターミナルに着き荷物を預けた。
もう思い残す事は何もないぞ。

            カハマルカへ戻るのだ。 『嬉しい』
             たとえ カハマルカが雨でもだ。

二階建てバスのパノラマ席(一番前)に陣取り 6時間強の旅も チクライヨを出ると思うとウキウキする。


バスは小さな町をいくつか抜けて、山が見え始めた。

あの高い高い山のそのまた向こうの山を越えていくんだ。




       




   「 おいら、お山へ帰るんだ   」





4月12日 カハマルカ。

せっかく山へ戻って来たのだからと 嬉々と 郊外から 宿へ10キロのジョギング。


      


おぉ いるいる、バカ犬達。 一匹吠えると ご近所皆んなが吠え始める。
遅れを取るまいと 遠くから走って駆けつけて来る奴までいる。
… が、我々の横を素通りだ??? 訳もわからず 参加しに来たってわけか。間抜けな奴め。
我々も容赦 手加減せずに棒で叩く事にした。向かって来る鼻っ面に一撃。
「キャイーン、ヒィーン」そらみたことか。ザマァミサラセ。


身体が重くて 10キロが辛いぞ。まずいなぁ。標高は2700mではあるが、アイスクリームの食べ過ぎか? 怠けたからなぁ…。。走りながら色々反省。

『もうアイスクリームはやめます。マラソンまで禁酒します…』と心で誓う。





喜び勇んでカハマルカに戻ったが滞在は二泊でリマ行きのプロペラ機に乗り込んだ。

南米で格安航空券を手配すると ほとんどの場合 往復購入が条件、片道の方が高い。で、飛行機に乗る為に戻ってきたのだ。


7時発、ラン航空のジェット機の隣に隠れるように並んでいるLCペルー機。そのあまりの小ささに愛着が湧く。(それにしてもあんな短い滑走路にジェット機が降りられるとは思いもしなかった。)
出発準備も搭乗手続きもすぐ済んで お先に失礼とばかりにラン航空を出し抜いて先に離陸。どーせ途中で抜かされるんだろうけど、あちらはジェットだもん。


プロペラ機の楽しみは飛行高度が低いので地上の景色が良く見えることではないだろうか?

8千メートル程の高さからペルーの山々を眺める。
すごい山々だ。さらに凄いのはその山の峰や尾根、急斜面に建つ家々。あーんな所に人が住めるのか? どんな暮らしなんだ? 
水は、食料は、電気は、医療は、移動は、いったいどうしているんだろう?
         
(上の写真は比較的なだらかな山並み。墨絵のようだった。)




実は鳥人類なんじゃなかろうか。皆んな飛べるんだよ、きっと。
そう思っても不思議ではない高ーい山の上に家がある。驚いた。
あそこで生まれたら一生あそこで過ごすんだろうか。

家があるのは緑が生い茂る山だけで、岩ゴツゴツの枯山にはなかったから、雨水や湧き水が確保出来、家畜の餌になる植物も生えているのだろうが 厳しい暮らしに違いないだろう、と 感心していたら、機は定刻にリマに着いた。

ミラフローレス地区の宿へ。やっぱ 都会は楽だわ。

      

着々と整備がすすむ海沿いの大規模レジャーエリア 計画。道路やスタジアム、遊歩道にサイクリング道路、ジョギングコースやテニスコートに遊園地。あと数年でリマはすっかり垢抜けるだろう。

      



飛んで来た辺りの地形をGoogleマップで見ると、山を縫うように道が記されている。それも悪い冗談の様なグルグルギザギザ悪戯書きのような道。これじゃあ絶壁から谷底へ落ちる事故は絶えないだろう。
ニュースでバスの事故を知る。カハマルカに近い所だった。

さらに、チクライヨでペスト非常事態宣言が出されるようだ。
無理もないよ、下水がマンホールからあふれ出していたのだから。
今朝の腹下しが気にかかる。気の回し過ぎか。
最後まで我が柔腹は南米には順応しなかったなぁ。
17日に南米大陸から離陸。心底嬉しい。



リマに着いて安心したのと気を抜いた為か、ランチで食べたサラダに食当たり。
熱が出て ひどい頭痛に 身体中の骨が痛くて 起き上がれなくなった。

いったい、南米 何度目の腹下しだろう。

せっかくリマでセビーチェを食べようと楽しみにしていたというのに。


7ヶ月の南米旅の疲れだろうか…
もう、この先しばらくは 旅行プランを練らなくてもいいし、宿の手配もしなくてよいので 肩の荷が下りた気がしていた矢先。

最後まで残しておいたリマ観光も これでオジャンだ。


      

         
     (かろうじて見て回った旧市街)


17日の深夜発の北米行きに乗る為、回復に務めよう。



2010年に幸運にも走る機会を与えてもらって以来、毎年この時期になると あの日を思い出し 楽しみにしていたボストンマラソン。

リマのホステルでベッドに伏せってCNNのニュースを見ていて愕然とした。

何故なんだ、なんてことするんだ。なんでボストンなんだ。
繰り返されるテレビの悲惨な画像。

こんなことが許されてはいけない。
こんな残虐な犯行がまかり通る世の中にしてはならない。


4月18日 テキサス・ヒューストンで乗り継いでサンノゼまで。
途中乗り換えで身体をのばす機会があり良かった。多少疲れを残しながらも慣れ親しんだサンノゼに着きリラックス。
カリフォルニアはいいとこだ。

ビッグサーまでもう少し。



2010年、4月。忘れもしないボストンマラソンで訪れたボストンで買ったiPad。

これが困ったちゃんで、Wi-Fi接続状況が極端に悪く 速攻でお取り換えになった。
さらにその後、同じ不具合が出て、2011年 再度のお取り換え品を使用していたが昨年中に何度もフリーズし、リストア&リインストールを繰り返しだましだまし使っていたのだが、遂にご機嫌斜めから危篤状態に。。。
容量の1%すら利用していない。アプリなどなに一つ入れていない。ゲームでもダウンロードしようものなら、頑として動かなくなり厄介な状況になるのだ。iPadとしての機能の恩恵ないじゃないか。。。


シリコンバレー(アップルの拠点)に来たのだから、とアップル店舗に持込み修復を試みるも店長は「slow death」(ゆっくりと劣化しゆく状態)で、打つ手はないという。

iPadの寿命って 短いのね? 2年でソフトがイカレるんだ? (手元のiPadは初代だが2011年に新品に取替えてもらっている)


ミニが出たので買い替えと思っている。
アメリカにはリサイクルプログラムで買取がある。
(残念ながら日本にはリサイクルはあっても買取はないようだ。何故だろう?)
何とか普通に起動する状態に戻しアップルに送り返して微々たる金額でもいいから買い取ってもらえればと思い復旧作業に励むなり。


サンノゼの気候は爽やかで走るには最高だ。
気力が戻ってきたのでやっとジョギング再開なり。





カリフォルニアに来て、気候も気分も良く、直前に迫ったビッグサーマラソンに向け 最後のあがき状態のジョギング再開。別名、付け焼き刃トレーニングともいう。

走れるかなぁ~と首をかしげながらも、近所の丘を20キロ。ふぅむ、ハーフまでは行けそうだぞ。
要は、はじめチョロチョロ なかぱっぱ走行が出来るかどうかにかかっていそうだ。
ビッグサーは橋の前の登りがネック。キロ8分で焦らずスタートしてみよう。
橋まで心地良くたどり着けたらしめたもん。あとはワインディング、ローリングコース。
制限時間内の完走を目指すなり。


さて、我がiPadをリサイクル買取部門宛 発送した。先方の判断によっては買取見積もり額ゼロの可能性もある。もしゼロの返事がきた場合は返却してもらうつもりである。



友人宅の子供達も試験だ稽古事だと多忙になってきた。以前のように彼らの部屋を占領してダラダラ長居する訳にもいかないので、そろそろモントレーに向け移動。




ビッグサーマラソン2013

2011年5月に走った時は道路が陥没してコース変更になり、目玉であるビックスビー橋を渡る事が叶わなかった。。ので 今回再度戻ってきたモントレーの町。


前回同様 コンフェレンスセンターでエキスポが開催されていた。
ゼッケンと参加Tシャツを引き取る。

フランスから奴豚の知り合い夫婦も合流。彼等は二年おきにモントレーにゴルフに来ているそうで、ビッグサーマラソンも二回目の参加。
前夜はこちら在住の仏人も加わり5人でイタリアン。滅多に食べないデザートのチョコレートケーキまで平らげてしまった。。。(これが翌日に響くとは その時は思いもしなかったのだが。。)

            

2時起床。3時15分に宿を出発した。
ダウンタウンから送迎バス。駐車場もタダ。エキスポ含め大会組織の全てがスムーズで非の打ち所がない。

牛美は何故かお腹に違和感ありで吐き気がちょっとと腹痛。。。奴豚は「昨夜のケーキと今朝のバナナの食べ合わせのせいだ」と言う。『そうか~?』と思うも口には出さずに黙ってビニール袋を準備して(もしもの粗相に備えて)バスに乗った。

      

   午前4時40分スタート地点到着。
     スタートは6時45分である。目一杯着込んで座って時間をやり過ごす。


     スタート直前 5人で記念写真           で、スタートした。
      


  大会運営陣。

 バートヤッソー氏もお変わりなく なにより。





右は今回のコースの高低差チャートだが、橋を渡る前の大きな上りと要所要所の小さな上りを抜かせば 一見ほぼダウンヒルに見える。さぁて実際はどんなだろう。。。


     

スタートから結構な勾配の下りが続いた。予想外。
不本意にも上体が前に前に出たがってしまうのを『押さえて押さえて』はじめチョロチョロ走法を守った。
(はじめチョロチョロ走法とは意識してゆっくり前半を走ることで、気分的には『日曜のロングジョギング』的感覚。)

        
   霧が晴れ青空が広がる。風が強く汗が冷え、時々寒い。

向かい風はこの5マイルのマーク辺りから始まる。マークには牛も飛ばされるような強風と書かれてある。


      
ビッグサーでPB(パーソナルベスト)を狙う人はよぽどのエリートか常連だと思う。
素晴らしい景色に思わず足を止め、写真を撮り、途中のエンターテイメントを楽しみ、ユニークなマイルマークを読んだりと、それがビッグサーの楽しみだと思うからだ。(PB狙いが悪いという訳ではない)

      

さて牛美の腹具合だが、スタート後最初のトイレに駆け込んだ。さらにこの太鼓付近で再度のトイレ待ち。待ったなし!状態でお腹グルグル冷や汗ものだったが、この後は調子が戻り身も心も軽ーい走りが出来た。

          

     長い長い上りを終える頃 ビックスビー橋が視界に入る。
上りは、景色が素晴らしいお陰で全く苦にならなかった。前半のコースは素晴らしい。2011年に走れなかった部分と思うと余計に嬉しさが増す。

      

前回撮ってもらえなかったピアノマンとの記念写真も出来て、もうビッグサーに思い残す事はないぞ。。。?

   左の景色をバックに流れる彼のピアノは 心に染み入るのである。


          

     マイルマークがユニークで 次は何かな?と楽しみになる。

       

       24、25マイル辺りも集中して走る事が出来た。

               
(写真左: 最高に素敵な26・最後の・マイルマーク と 嬉しいフリービールのサイン 右)


今回ほど1マイルが短いと思えた事はかつてない。
後半はローリングヒルとアップダウンが続いて、前回は弱音を吐いたのに、今回は頭に描いた通りの走りが出来たのだ。(トイレを除けば。。。)


牛美のタイムは5時間1分だったが実に満足のマラソンだった。

はじめチョロチョロは功を奏し、後半の足の疲れも少なく、最後まで坂で弱音を吐く事もなく、さらにはラストスパートで猛ダッシュまで見せて拍手喝采を浴び、実に楽しく42キロを走る事が出来たのである。

今までのマラソン人生(大げさな)で初めての事で 個人的にはPBより嬉しい結果なのである。

       

フィニッシュ後も元気、足の痛みも少ないのは全てを出し切っていないからかもしれないが、こういう走りがしてみたかったのだ。
痛くて辛くて弱音を吐きそうになるフィニッシュでなく、「明日もマラソンしてもいいかな?」と思える身体の余裕の素晴らしさ。
こんな気分は初体験にして大収穫なり。

       
   日だまりで輪になり、無料サービスのビールも二杯頂きさらに元気なり。


  お馴染みビッグサーのメダル。

 橋も自分の足で走って渡ることが出来た。
 やり残したことをしに戻って来れて良かったな。

     奴豚:4時間30分。

ビッグサーは各自平均所用タイムに20分加算が妥当と言われている。




車で着替えて、メダルをぶら下げたまま 我々的にはお決まりの店にランチをしに。
「ラン!フォレスト、ラン!」の店である。

禁酒解除。。。来週末もマラソンなので控えめで。。。
(奴豚はフル、牛美はハーフ)


ビッグサーマラソン翌日。
フィニッシュ後に『明日もマラソン走れそうだ』と思ったのは嘘ではない。

朝、多少足の痛みはあるものの、今までのマラソン後の状態と比べると段違い。
サンタクルーズへ移動して、ニセンマーク州立公園へリカバリージョギングに出かけた。



最近セールで仕入れたニューバランスのミニマスシューズでトレイルラン。  (素足感覚:アスファルトは辛い。。。

30分くらい軽く行きますかー、と走り出したが、とっとことっとこ山を登りに登って、このトレイルどこへ行き着くんでしょうか?? 
。。。と、行き先も解らぬまま結局2時間のロングスロージョグ。
途中、鹿に出くわし 互いにビックリこいたが、リカバリーには最適で、ジョギング後は足の痛みはすっかり取れてしまった。明日にもマラソン走れそうだぞ。




下はモントレーで人気の水族館へ行った写真。マラソン前の金曜に訪れた際のもの。通常40ドル近くする入場料が15ドルという割引券が手に入ったのである。



  水族館に行くのは久しぶりだ。

      新鮮で綺麗だー。



             右の写真は、魚の餌付け。

鮫やらウツボやら普段コワモテの魚がダイバー氏に餌をねだりに集まる。
   可愛いと言うか、怖いと言うか…(クリック拡大)



クラゲって美しいねー。海の神秘だ。見ていて飽きない。泳いでいる時は嫌だけど。。。
      


海中の花畑。
ピンクやオレンジの花のような珊瑚たち。

子供も楽しみながら学べるように、実際に海の生き物達に手でさわれるコーナーがあったり、展示方法もセンス良く綺麗だった。






先日リサイクル買取に送ったiPadだが、本日アップルから返事が届いた。
買取ってくれるそうだ。それも査定最高価格の126ドル! 朗報なり。
リストアした甲斐があったというものだ。ラッキー。






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