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ちょっと寝坊したのでハナウマは後日行くことにして、楽園ビーチとか天国のビーチとか称されているカイルア/ラニカイビーチへ行った。

ワイキキからだとアラモアナで市バスを乗り継いで1時間弱。。。
。。。のはずなんだが、昨日絶賛したThe Bus がどうも不具合。

チャイナタウン近辺でエンコ? ??
待てど暮らせど動こうとしない。

最初は時間調整かと思ったのだがあまり長く止まっていたので故障か?と思い始めた頃に、代替えのバスが来て全員乗り換えてくれとのことだった。

乗り換えて5分も走ったかと思ったら、今度はトラックと接触事故でそれきり道の真ん中で立ち往生。

ヤレヤレ。。。

スーパーバイザーの到着まで車内で缶詰にされた。客の一人はありとあらゆる四文字語を駆使して難癖をつけながら無理やりドアを開けさせて降りていった。

急ぐ旅でもなし気長に待って、また代替えバスに乗り換え。



2時間以上かかってカイルア着。
持参した弁当食べて海を見ながら昼寝してたら突然の通り雨。

しっかり降るおかげでずぶ濡れ寒くなったので、海にも入らず戻ることにした。
せっかくとびきり綺麗なビーチに来たというのに。。。



帰路のバスはまたまた何故だか途中で降ろされて後続のバスに乗り換えろとな。。。故障か???

半日バスに乗って終わってしまった一日だった。



ブラッドピット主演 ワールドワーZを見てきた。
ブランジェリーナ夫婦が好きなもんで。。。

マチネ料金だと$9.25、マレーシアと比べると高いが日本よりは安い。
出来ればやっぱり映画は大画面の映画館で見たい。



ちゃんと走ってます。


ホノルル近辺では火曜と土曜にハッシュランが開催される。
他の曜日もハッシャーの集いはあるが飲み会だけのようでランは無しとのこと。


土曜の泥々ハッシュに味をしめ、火曜も誘ってもらって参加。

     

我々には未知のトレイルを走らせてもらえるのだからありがたいことだ。
火曜は参加費ただで飲食物は各自持参だと。
オアフ島で一番古いHHHHH (Honolulu Hawaii Hash House Harriers 頭文字のHが5個なので)或いは H5。

      

        

夕方スタートで距離は短めだが、滝でビールチェックしたり景色も良くコース取りはナカナカのものだったが、サークルを囲んだ途端に大雨。が、ハッシャーたるもの雨なんぞにめげることなく冷静に落ち着いてずぶ濡れになりながらもビール片手に会合は続いたのだった。

        




7月6日はトレイルレースに参加。2013 Kaena Point Firecracker レース

      




オアフ島北西にあるカエナポイント(Kaena Point)で7時スタートの10マイル(16キロメートル)トレイル。

ディリングハム滑走路を越えてさらに西へ進むと舗装路が途切れそこから先はジープのみ走行可能になる辺りがスタートだった。

       





心配していたのは暑さ。湿度が高く暑いとてきめんに走れなくなるヤワな身体(牛美のコト)なのだ。奴豚はハッシュランの時に足首ひねってるし。。。

凸凹トレイルをゆっくりスタート。参加者115名、皆 速い。

      

えぐられたジープ用の道を進むと自然保護で入場が規制されているゲートに突き当たる。レース用に特別に開けてもらい数人ずつゲートを抜けて行く。

真珠湾攻撃の際、日本のゼロ戦が最初に飛来したコースだそうだ。と言うのも高い岩の絶壁が侵入の際の壁となり人目につかずに真珠湾へ向かうことが出来たからだ。。。の高い壁が今朝は朝日を少しでも遮ってくれ多少の日影を作ってくれていた。ありがたい。

      
      

思ったほどのアップダウンはなく中間折返し地点に到達。54分経過。
唯一の給水所であるここには沢山のフルーツやスナックが用意されていた。オレンジを食べしばし談笑し、マイボトルの水を入れ替え来た道を戻った。

    
              

後半、日が登り日陰が無くなったおかげであわよくば後半挽回と思っていたがスピード上がらず、フィニッシュ前の砂地に足をとられて苦戦するわ段差を駆け上りきれずにお尻がついて来ないわで結局、牛美は1時間51分也。

奴豚は途中、写真撮りながら待っていてくれたので牛美と大して変わらないフィニッシュ。


      

テントには所狭しと皆が持ち寄った食料が並んでいた。
何でもあった。蕎麦からBBQ、サラダにポキ(マグロのヅケ)、乾き物から甘いものまで。贅沢な朝食を堪能して午前中のうちにワイキキに戻った。

        こんなレースなら毎週したい!





独立記念日。7月4日の花火。

15分で終了。。。こんなもんですかね。


アラモアナから打ち上げられているのをワイキキビーチで見るとこんな風。
ボケてる? すんません、花火撮影は難しい。








今度こそ泳ぐんだと 勇んでカイルアビーチへまた行った。ぬるーい風呂のような水温。

      




有難いコトに 誘ってくれる人あって、
隠れ家でのブルースコンサート。

BYOでそれぞれ持ち寄りの酒とさかなでロハのショー。
帰りに好きなだけ心付けを置いてくる。
大人な一夜。



ハッシャーたるものハッシュ名のネームタグくらい用意しようよと、アルファベットのビーズで手作り。

皆、自分のハッシュ名をこんなネックレスにしてハッシュランに参加するのだ。






サンディービーチは風が強く波に砂が巻き込まれ砂の洗濯機に入れられたようになるところ。

波高く荒く ボディーボーダーの遊び場。





先日、行くといいながら実は行きそびれたハナウマ湾へ。
午前中の方がお魚鑑賞には向いている。午後は波高し 水が濁ってすこ~しマイナス。
それでもお魚沢山。充分楽しい。

      




      
      沢木耕太郎 深夜特急から



ほんのちょっぴり本音を吐けば、人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血湧き肉躍る冒険大活劇でもなく、まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ。

            

深夜特急  という 超がつくほど有名な紀行文を 実は今まで読んだことがなかった。

よく 中年オヤジから(往々にして自分と同じ年代なのだが。。。)あの本を読んで憧れ 旅に出た、、と聞くことがあったのだが、そう言われると余計に手に取る気になれなかったのだ。


深夜特急が出版された1986年頃、自分はすでに海外に出ており 異国の地で色々な試練を一人で乗り切りながら、現地人に混じり社会人として働いており、当時は『今更 旅行文や紀行文なんて ちゃんちゃら可笑しくて。。。』と 偉そうな気持ちでいた事も理由のひとつにある。


自分が初めて海外に出た1980年、女子が留学だの渡航だのは 今現在の気楽さとは全く違い、(船旅ではなくもちろん飛行機で快適に飛んだのだが、)出国の際 家族は今生の別れに近い気持ちを味わったのだろうと思う。
当時の日本は、ハタチそこらの中流家庭の娘っ子が 充分な資金も持たずに観光旅行目的以外で気軽に外国に行く時代ではなかった。



 「深夜特急」の本は 最初 香港 マカオ、次にマレー半島 シンガポールと続いていくのだが、シンガポールに5年住んでいた時 知合いに会うため オンボロのマレー鉄道の硬くて痛い木の椅子に座り 何時間も平気で遅れる列車の車中で熱風に吹かれながら、マレー人の叔母さん達の入国カードを代理で記入してやりながら 国境を超えてクアラルンプールへ行ったりしていたので、旅の姿を仰々しく本にする事自体が商業目的のようで嫌だったのだ。
当時は鉄道でシンガポール/KL往復するような酔狂な奴は周りにもおらず、周りの皆にやめた方がいいと言われながらも 外国人の姿などほとんど見かけない当時の列車の車内の様子は今だに記憶に新しい楽しい思い出である。今は綺麗なマレー特急として観光の一部にもなっているようだが。



カーブース・ナーメ(ペルシャ王が王朝の滅亡を前に、息子に残した処世訓集のようなもの、と記されていたが、、、)「老齢と青春について」という項に書かれていたという部分が響く。

  【老いたら一つの場所に落ち着くように心掛けよ。老いて旅するのは賢明ではない。特に資力のない者にはそうである。老齢は敵であり、貧困もまた敵である。そこで二人の敵と旅するのは賢くなかろう。】

             う~む、痛いお言葉だ。。。



長く旅を続けていると人は 悩み戸惑い自己嫌悪になり他人の親切に心を動かされたり邪険に拒絶したりと、みな 同じような心と気持ちの浮き沈みを経験していくのだなぁと、読みながら頷く場面が多かった。
沢木氏が当時、風のように水のように流されていく感覚を好んでいたところが自分と共通していた。我が初代ブログのタイトルはまさしく「風のように水のように」であった。。。



一人旅だからこそ生まれる沢木氏と旅先の人達とのほんの短い関わり合いの記録を読みながら、あの頃、携帯電話もインターネットも無かった当時の素朴で真剣な旅を懐かしんでいる自分がいた。




全六巻読み終えて、to be continued....的な締めくくりで少しホッとした。こうでなくちゃ、なーんちゃってね。。。

書中 幾度も繰り返されていた「自分の命に対して無関心なるー」という氏の気持ちは 実は自分も旅を始めてから感じ始めた。長旅に出ている他の人もそんな風に思うのだろうか。。。

旅人に会う機会があれば聞いてみたい。



あ、、、っ 奴豚は論外です。(奴は生に執着アリアリなので)


一ヶ月の楽園生活。


お気に入り朝のジョギングコースは、

ワイキキから海沿いの道をカハラ方面 ワイアラエゴルフクラブへ行き誰もいないビーチで波と風の音を聞いてから戻ってくる。

(写真をクリック拡大するとポイントを示した点が見える)



とうとう撤収なり。あ~ぁ、、、夏は終わった気分。
いや、これから本格的猛暑に突入するというのに。。。日本の夏、心して帰ろう。



週末の朝、ワイキキビーチでサーフィンコンテスト。
波少なし、遠すぎで今ひとつ華麗なライディングがわからん。

      


のんびりのワイキキビーチ。




何気ない普段のハワイがいい。特にどこかへ行くでもなし 普通の通りの普通の生活のハワイが。きっとこの先もずっとずっとハワイはこのまま。
        



お世話になった我が家の前の通りも普通。電柱が傾いているのも気取らない外観も好きだ。
      

この一角は背の高い建物が無く威圧感がないのがいい。ワイキキにあってもここは庶民的な雰囲気で好きである。宿の名は。。。
             と言う。

鳥ちゃん達とも。。。。。 ......... でんでん虫さんとも。。。。。
      

このおっさんともお別れだ。

清潔で快適なひと月でした。
R子さん、大変お世話になりありがとう。
何処かで再会出来ること楽しみにしています。

今回お目にかかれなかったクボタさん、とてもいい滞在でした。

お世話になった皆さんに 感謝。
Thank you Hawaii.




ハワイから涼しい風を伴って羽田に降りたった我々。

猛暑猛暑熱中症とおどかされていたわりに、羽田空港のバス乗り場には涼しい風が吹いていた。

「へっ??? 涼しいじゃん」 二人顔を見合わせ喜ぶ。その夜はくしゃみが出るほど快適な温度。

一夜明けて、早朝から目覚めていたので5時にジョギングに出た。
多摩川沿いのサイクリングコースには驚くほど沢山の人出。
「涼しいですねー」と会話を交わし合う様子を横目に快調に走ってきた。涼しいっていいなぁ。


その翌日も翌々日も涼風の東京である。

実家では『ハワイから涼風を運んできたヒト』として喜ばれている。(いまのところ。。。)




帰国して十日経過。


すんまそん。サボっているわけではございませぬが、なんせホームグラウンドは何かと多忙で。。。

連日涼しくよく眠れております。まだクーラーのリモコンには手を触れておりませぬぞ。
起床5時。近所を駆けまわっております。
おのずと就寝は9時とか10時とか…健康的な毎日。

北海道マラソンまで精進いたしまする。



目が覚めてまずは奴豚に珈琲を淹れてから 自分は水だけ飲んでランニングに出る。
近所の公園だったり、川沿いだったり、河川敷だったり、その日の気分で行き先は様々。

サボらず地道に、毎朝ひとり黙って静かに走っております。


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