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寒いポトシをそそくさとあとにし、タクシーでスクレの町へ向かう。
バスも走っているが乗り合いタクシーならば2時間半程度。三人以上で割り勘すればひとり15ボリビアーノ(200円程度)。ドアーto ドアーで雨に濡れる事なく楽にスクレ着。

Sucreスクレはボリビア第二の都市。

白壁、コロニアル様式、ユネスコ世界遺産の街並みがチャーミング、綺麗な町だ。
        


ここでカーニバルの四日間を過ごすのである。



ウユニからトゥピザへ一緒に旅した英国人女子達は一足先にポトシ入りしたのだが、1人が高山病にかかり一晩入院したそうな。高山病も重度になると低地へ移動する以外対処方法はない。ので 退院してその足でスクレへ移動したとメールで連絡があった。果たして回復しただろうか。。。



スクレの宿はフランス領事館内にある部屋を予約していた。
領事館が宿を営んでいるのか? 面白そう。

                

タクシーで領事館に横付け。フランスの国旗がはためき、ちゃんと領事館と書いてある。
これほど安全な住まいは他にないだろう。

後で知ったのだが、元々ホステルを営んでいたフランス人が、政府から頼まれて領事館の仕事をボランティアで引き受けているという面白い実態であった。領事館としてはそれほど忙しくはないのであろう。

実際そこには一泊だけして引越ししたのだが ベッドは心地良く羽根布団も気持ち良かった。建物は古いが。。。興味ある方は こちらを参照。
何故 引越したかと言うと ネット接続状況が良くなかったからである。
引越し先は 宿主が自ら薦めてくれた ホステルだった。
ドルチェビータDolce Vitaという宿の我々の部屋は20畳程もあり、広々快適な場所だったのだが、生憎南京虫がベッドに潜んでいたようである。。。首と顎を刺され、人相がちょいと変わったのであった…




さて、カーニバル。

金曜の夕方は 楽団を引き連れた団体が いくつも町を練り歩いていたが、これと言ってカーニバルの感じはなかった。

土曜。午前11時ごろから中央広場の周りでダンスが見られると言うので行ってみた。各チームに分かれて着飾ったグループが踊り歌いながらのんびり行進していた。

      

         

      

次々とくるわけではなく間が空くので待ちくたびれる。人垣をかき分け、背伸びして 見ていたが、カーニバルクイーンの登場で終了した。

      


約2時間程のイベントだった。
その後は、水かけ合戦。


日曜日も月曜日も火曜日もずっとずーーっと水かけ合戦。
練り歩く楽団に向かって集中砲火ならぬ集中放水。

風船に水を詰めた水爆弾の投げ合い、ハイテク水鉄砲、旧式バケツも登場で誰彼かまわず水を掛け合うのがスクレの祭りであった。
老若男女、町民総出の水かけ合戦。おばあちゃんまで割烹着の下に隠した水爆弾をシュパッと投げてくる。
誰一人怒ったり泣いたりする者はいない。


だもんで、外出時は雨具で防御し、水爆弾をよけ応戦しながら。
これが結構面白くて 一度濡れると根性も座って 進んで戦地に赴くのであった。気温低くずぶ濡れになると寒い。
高山病から回復した英国人二人娘達と一緒に連合軍でボリビア勢と渡り合った。


      


。。。が、二日目、三日目ともなると飽きて、最終日は外出すらせずであった。
楽団と共に練り歩く人達も酔いが回ってきたようだが、終日ぐるぐると町を回っていた。


          



カーニバル中は店も閉まり、買い置きしておいた食材で自炊して 宿でネットしたり旅程を練ったりしていた。





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